第25話 失敗は成功の母

「……」

 ここで表面をゆっくりと焼いて……端に寄せて……

 そして、そこにもう一度卵を流し込んで……

 これを何回か繰り返す……厚焼き玉子の……


 ……厚焼き、卵の……


「……」

 出来上が……り……な、わけがないか……

 目の前には真っ黒に仕上がった、厚焼き玉子……とはいいがたい何かが出来上がっていた。

 やっぱり私には……日の丸弁当以外作れないんだろうか。作れないというか、あれは作った内に入らないかもしれないけど……


「……」

 よし、もう一回だ。……せっかく玉子を買ったんだ。ちゃんと作らないと。


 ドンドンドンドン


「?」

 突然ドアを叩く音が聞こえた。私は『はい』と言って扉を開けると……


「あっ……灰島君」

「窓開けてたらなんかすごいにおいがしてたから気になって見に来たんだ。ごめんな。表札見て勝手に」

「……いや、私こそごめん。入っていいよ」


───────────────────────


 中に入ると、焦げ臭いにおいが周辺に漂っている。


「お前……何やってたんだ?」

「い、いや、あの……白枝さんが作った厚焼き玉子がおいしかったから、私も、作ってみようかなって思ったんだけど……」

 結果は見た通りだろう。


「なんで厚焼き玉子なんて、難しい食べ物を作ろうと思ったんだ?」

「……て、定番だから」

「定番って……まぁ、確かに弁当の定番は玉子焼きとかから揚げだが……」

 冷蔵庫の中には、卵はあと6個しかない。と言っても俺も料理出来ないしな……

 白枝の連絡先はまだ交換してないし、いっそ空を呼ぶか……?でも確か空、今日見たいテレビがあるって言ってたし呼ぶのは悪いな……親?考えに至りません。


「と、とりあえず作ってみるから、灰島君、見てて」

「あ?……あぁ。でもいいのか?あんまり卵ないけど」

 俺の言葉を遮るように、青柳は卵を割る。……これくらいは出来るようだ。まぁ、俺もだけど。

 そしてそれをそのままフライパン……


「おいおいおいちょっと待て」

「え?」

「フライパンに入れる前に、味付けとかいいのかよ」

 少し考える青柳。


「調味料……そう言えば何もないから……」

「限界集落か!」

 自分でもよくわからないようなツッコミ。それを聞いた青柳はシュンと肩を落とした。


「しょうがない。3分くれ」

「え?」




 結果的に15分後。


「空からもらってきたぞ。醤油、砂糖、塩だ」

「あ、ありがとう……」

「……」


 ――なんで野暮用で出かけるのに調味料がいるの?


(正直言いくるめるのにあんな時間かかるとは思わなかった……)

「?」


 ついでに厚焼き玉子の作り方も教えてもらったので、それを青柳に教えながら作ってもらう。

 基本的な厚焼き玉子の作り方は……


 1、卵、醤油、砂糖、塩を混ぜ合わせる。


 バシャバシャバシャバシャバシャバシャ

(絵の具を落とす時じゃねぇんだから……)


 2、油を敷いたフライパンにそれを流し入れ、


 ダバーーーッ!

(ご、豪快だな……)


 3、奥から手前へ箸でつかみながら巻いていく。


 カシャカシャカシャカシャ!

(ひっかきか!?)


 4、巻いたものを奥に寄せ、油をもう一度引き、もう一度混ぜ合わせた卵液を……


 いや、混ぜ合わせる奴がもうない!


「も、もういいやこのままで」

 いいのか!?


「完成」

 器に盛られたのは、焦げまくった黒い『棒状のもの』だった。

 真っ黒に仕上がった『それ』はおぞましい見た目をしており、すさまじいにおいを放つ……


「……え、ええっと」

「食べてみて、灰島君」

 箸でそれを切り……口に恐る恐る運ぶ。


 ゴリッ ボリッボリッ


 玉子焼きを食べた時には絶対に鳴らないはずの効果音が、口の中で反響する。

 身はパサついていて、表面は噛み切れず、味も何か入れ違えたのだろう。めちゃくちゃ甘い。


「ど、どう?」

 この場合、なんと言えばいいんだ……?


 ―パターンA―

 仮に、俺が『すっげーおいしいぞ!』と言ったとする。

 すると青柳は俺を見たあと……


「気を使わなくてもいいから……(どよーん)」


 ―パターンB―

 仮に、俺が『まずいな……』と言ったとする。

 すると青柳は俺を見たあと……


「……だよね……(どよーん)」


 ……あれ?詰んでないか?

 と、とにかくどうすればいいんだ……どう解答するか迷っていると……


「わかってるよ……まずいんだよね」

 先手を取られたー!まぁ、何も言わなかったらそう思われるのも無理はないか……と、とりあえず飲み込め俺。がんばれ俺。


「……やっぱり、勉強以外何やってもダメだね、私」

 落ち込む青柳。


「……ごめんね。変なことに巻き込んじゃって」

「……」

 俺は立ち上がると、スマートフォンを動かし始めた。


「……まず、作り方が違うんだ。いっぺんに入れちゃダメだし。それに調味料を入れる量も違うんじゃないのか?」

「う……甘いほうがおいしいかなって思って、砂糖をたくさん入れちゃった……」

「やっぱりな。だから熱で砂糖が固まって硬かったのか」

 料理は出来ないが、基本的なことはわかるはず。とにかく俺も手伝うか。と、スマートフォンのサイトを見る。


「もう一回作ってみるか?」

「え、でも……また失敗したら灰島君に……」

「{失敗は成功の母}だ」

 人差し指を立てると、青柳の視線は俺からそちらに移動する。俺は卵を割り、持ってきたボウルに入れると、そこに卵を入れ軽く混ぜ合わせる。

 そこに醤油と塩と砂糖を入れて、さらにさっくりと混ぜ合わせる。


「ここからやってみろ。まずそれを油を引いたフライパンに全部じゃなく、3分の1くらい入れて……」

「う、うん」

 ジューっという効果音が、家の中に反響する。


「……」

 真剣なまなざしで、黄色い玉子を見る。


「そ、そのまま、混ぜ合わせた玉子を……こうやって寄せて……油を、引いて……」

 今まで見せたことのないような真剣な顔だ。そのままぎこちない手際ではあるが、ゆっくりと玉子を巻き付けていく。

 緊張しているようで、頬には汗をかいている。……料理ってこんな緊張しながら作る奴なのか……?




 5分後。


「……で、出来た……!」

 形は不格好だが、先ほどに比べれば大幅の進歩だ。ちゃんと厚焼き玉子の形になっているし。


「……灰島君、食べてみて」

「お前は食わないのか?」

「私は……あとでいい」

 一口入れてみる。……うん。ちゃんと仕上がっている。


「うん、おいしいぞ」

「本当!?」

 青柳も一口。


「……本当だ。おいしい……!」

「だろ?」

 そのまま2人で、厚焼き玉子を食べきった。


「……その、ありがとう、灰島君。私1人じゃ、絶対作れなかった」

「まぁ、俺はスマホで調べてただけだけどな。作ったのはお前だし」

 わざとらしくスマートフォンを動かす。


「……でも、なんで急に厚焼き玉子なんて作ろうとしたんだ?白枝の厚焼き玉子は確かにうまいけど……いきなり難しい厚焼き玉子なんかに挑戦しなくたってよかっただろ」

「……」

 すると、青柳は突然押し黙ってしまった。


「青柳?」


───────────────────────


「……」

 本当は、白枝さんに対する嫉妬に近い憧れだった。

 『俺もひとつ貰うよ』と言って、いつもおいしそうに食べている灰島君が……まぶしい笑顔を浮かべていた。

 白枝さんに少しでも、料理の腕を近付けたくて……

 ……だから言おう。うん。言うんだ


『玉子焼き、灰島君のために作ったの!』


 よし、これだ。言おう!


───────────────────────


「た……た……!」

「?」

 青柳が、こちらに目を向けて言った。




「玉子焼き!白枝さんのために作ったの!」


「……」「……」


(……え?私今なんて……?)


「……そうか。だから俺に味見してほしかったんだな。そう言う事なら先に言ってくれ。もっと熱心に教えたのに」

「あ、あ、あ、いや、そそそ、そうじゃなくて」

「照れるなよ。この味ならきっと、白枝も喜ぶぞ」

 俺はそれだけを言うと、スマホの画面に目を落とす。


「やっべ、こんな時間か。あまり遅くなっても空に怒られるな。その調味料はそのまま使っていいから、明日頑張れよ!」

「は、灰島君!」

 それだけを言って、青柳の部屋を出た。


───────────────────────


「また……やっちゃった……」

 部屋の中でうなだれる私。

 灰島君に言ってしまった以上、白枝さんに作るのは作るが、目的が違う……私は布団に突っ伏した。


 ピロリン!


「え?」

 そこにスマホからメールが届く。


「もしかして、灰島君……!実は気付いて」


 To:青柳 凛

 From:灰島 奏多

 Subject:


 ごめん、やっぱり作り終えたら調味料取りに行くわ。

 今空にめちゃくちゃ怒られた(笑)




 ……私は布団の上でもんどりうった。




 ちなみに玉子焼きは翌日、ちゃんと作った。


「うん、うまいな。ありがと!青柳!」

「う、うん……」




問25.次の英語を日本語に意訳しなさい。

『Skeleton in the closet』

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