第17話 危急存亡の秋

 翌週の月曜日……


 中間テスト、1日目。


 1限目、国語。


 2年D組の教室。


「……」

 問題に向き合う私。

 今回の中間テストの問題は、芥川龍之介の『羅生門』から多く出題されている。

 灰島さんと勉強してきたんだ。この辺りは楽に解けていける。

 ただ最後の方は難しく、やはり躓いてしまうのは……


 問7:※の部分の文章から、下人はいかな心境になっているのか答えなさい。

 ※下人は、太刀を鞘におさめて、その太刀の柄を左の手でおさえながら、冷然として、この話を聞いていた。勿論、右の手では、赤く頬に膿を持った大きなにきびを気にしながら、聞いているのである。


(うう、この問題……!)

 この問題は本当に苦手な私。こうなったら勘で答えるしか……?

 ……と、その時あのノートを思い出した。……灰島さんから渡されたノートだ。


『お前は本当に人の心情を読むのが苦手なんだな。だが大丈夫だ。文学の登場人物の心情は簡単に読めるようになる』


『その人物に、お前がなるんだ』


『そうすれば、{お前ならどうするか}で答えがおのずと見えてくるはずだ』


(登場人物に……私がなる……)


『それでもわからないなら、その前の文から色々考えてみろ。そうすればわかるはずだ』


 目を閉じ、考えてみる。


「ワシはこれをせねば飢え死んでしまうのじゃ。故にワシは、死人より髪を抜き、かづらにしてそれを売らざるを得なかった……どうかワシの事を見逃してたも……」

 着物を着た老婆を目の前にイメージする。


「ほう、なるほど」

 それに対し太刀を持ってキッとにらむ下人げにん(私)。右の頬のにきびをつぶして、左手で太刀の柄をおさえて……


「……?」

 これでは話を聞いているのかどうかわからないじゃないか。……そう言う事……なのか?

 世に言う『ながら行為』つまりこの老婆の話を右から左にして、注意力を落としている。

 と、いう事なのだろうか。……いや、そのはずだ。大丈夫。間違いないはず。間違いないはずだ。

 カリカリと、ペンを走らせている。……わかったことが、すごく気持ちがいい。


(灰島さん……)

 また彼に助けられた。私はにこりと笑顔を浮かべた。


───────────────────────


 2限目、社会。


 1年D組の教室。


「……」


 問4.『非政府組織』を表す言葉をアルファベット3文字で答えなさい。

 『NPO』


 問22.海洋法に関する国際連合条約に基づいて設定される、主権的権利や人工島・施設の設置などの管轄権が及ぶ、その国の基線から200海里までの水域を答えなさい。

 『領海』


(こ、これくらいはなんとか……)

 あたしは丁寧に答え続ける。うん大丈夫。すべて埋めた時点で残り15分ある。見直しはしておくべきだ。

 ……答え漏らしはない。全問正解しているとは思わないが、とりあえず平均点は取れるはず。


「……」

 平均点は取れる。でも、それでいいのだろうか?

 そうだ。灰島先輩のノートに書かれていた言葉を思い出してみよう。


『前にも言ったが、お前はいろいろ慌てすぎなんだ。それで点数を落とすのは本当にもったいないぞ』


『自分がオッケーと思っても、もう一度確認してみろ』


『そうすることで、気付くことも結構あるはずだ。文字の間違いとかな』


「……」

 もう一度答案用紙を見てみる。そして、気付いた。『NGO』と書いたつもりだったが、『NPO』と書いてしまっている。『NPO』は非営利団体だ。

 慌てて書き直す。そして22問目の『領海』も……正しくは『排他的経済水域』だ。『領海』は12海里までだ。

 他にも誤字を見つけた。……これを放置していたら、また前と同じことの繰り返しだっただろう。


(ありがとうございます。灰島先輩)

 その後も見直すために、何度も何度も答案用紙とにらめっこする。

 これほどまでに余裕を持ってテストを受けられたのは……いつぶりだろうか。


───────────────────────


 3限目、理科。


 2年A組の教室。


「うぅ……」

 ペンが止まってしまった。これで何回目だろう……?


 問10.次の3つの気体を集めるには、どの置換法がそれぞれ適しているか答えなさい。なお3つの置換法、すべてを答えに埋めること。

 『二酸化炭素』『硫化水素』『アンモニア』


 ダメだ。考えても……何も出てこない。このまま無視して次に……

 いや、待って?覚えがあるような気が……それに無視して次に進んだら、その先もわからない場合何もわからなくなりそうだ。

 落ち着いて、がり勉君に言われていたノートの内容を思い出す。


『お前は知らないことを知らないまま、終えようとする。でもそれだとあまりにもったいない』


『出来ないことを出来ないままでいるから出来ないまま変わらなくなるんだ』


『大丈夫。お前は昔から記憶力がよかったから、思い出せるはずだ』


 ……がり勉君の期待には答えたい。……お願い。思い出して……

 あたしは目を閉じて、色々と会話を思い出してみる。


「違う。確かに二酸化炭素は下方置換法でも集められるけど、二酸化炭素は水に溶けて蒸発しやすいから水上置換法の方が集めやすい。硫化水素は空気より重いし、水に溶けることで別の元素になってしまうから、これは下方置換法だな」


「……!」

 そうだ。がり勉君がそう言っていた。つまり答えは……『水上置換法』『下方置換法』『上方置換法』だ。

 その後も悩んだら目を閉じて思い出し、悩んだら目を閉じて思い出しを繰り返す。

 どうしても思い出せない問題のみ、わずかな記憶と勘を頼りに埋める。そして残り3分になったが、答えが全部埋まった。

 ……そうだったんだ。答えが埋まる答案用紙って……こんなにくっきり見える物なんだ。


(……)


 ――赤城、お前は俺がいる限り落第なんてさせない。これだけは賭けてもいい。絶対にだ!


(うん。大丈夫。期待には答えるよ。{奏多君})


───────────────────────


 中間テスト、2日目。


 1限目、数学。


 2年D組の教室。


「……」

 カリカリと、丁寧に式を書いていく。途中式を飛ばして、ケアレスミスなんてしたら目も当てられないからだ。

 大丈夫。大丈夫。数学は得意中の得意だから。きっと大丈夫。

 絶対に負けない。お父さんには、絶対に。

 私を思ってくれるみんなのためにも、絶対に負けられないんだ。


 ――俺たちがいる。少なくとも、誰もお前を応援しないわけじゃない。


 ――お前自身を信じてくれ。そして……出来なくったっていい。

 ――俺が……俺たちがなんとかしてみせるから、俺たちも信じてくれ。


 きっと大丈夫。灰島君が、私の事を信じてくれる限り、きっと。

 カリカリとペンを運ぶ音色が、そのスピードを上げていく。

(大丈夫、心配しないで。緑川さん、赤城さん、黒嶺さん、灰島君……!)

 私は半分は灰島君たちに、半分は自分自身に言い聞かせるように何度も心の中で言った。


───────────────────────


 2限目、英語。


 2年D組の教室。


「……」

 何度も何度も答案用紙を見直す俺。ちゃんと全部埋まっているし、見ている中では出来ている方だ。


(……頼む。頼むぞ。青柳……)




「んあ~~~!お~わった~!」

 校門を出る際に、大きく伸びをする赤城。


「テンションが高いですね、赤城さん」

「だって、テストが終わった後のこの解放感、これが醍醐味みたいなもんだよね!」

「そう言うお前はテストは出来たのか?赤城」

 するとこちらに親指を立てた。


「がり勉君のおかげで、空欄は全部埋められたよ!」

「そうか!それはよくやった!」

「えへへ、ありがと~!」

 にっこりと笑う赤城。……まぁ、これほどまでに成長できているのなら、教え甲斐があった。

 黒嶺もこちらを見ると、静かに親指を立てる。


「あたしも、頑張りましたよ先輩!」

「よくやったな。緑川。これ平均点以上取れたら、お前の父親驚くかもしれないぞ」

「えへへ……」

 そんな中、1人だけ浮かない顔をする青柳。


「……どうした?青柳」

「……やっぱり、不安。ちゃんと出来たかどうか……」

 歩く速度がゆっくりになる。


「あなたでも、不安なことってあるんですね」

 黒嶺は、青柳に静かに言う。……そういえば、黒嶺と赤城には青柳の事をまだ言っていなかったな……


「うん。今回は……特に……」

「……ごめんなさい」

 空気を察したのか、謝罪する黒嶺。

 そよぐ秋の風と、揺れる木の枝のみが、静かな空気に音を醸し出す。


 バシッ!


「「!?」」

 その時、勢いよく何者かが黒嶺と青柳の両肩を持った。……赤城だ。


「そんなこと!今はどうだっていいからさ!今日は終わったってことで、クレープでも食べに行こうよ!」

「えぇ!?でも、私お金あんまり持ってきてない……」

「あたしのおごりでい~よ!駅前においしいクレープ屋見つけたんだ!いこいこ!」

「ちょっ赤城さん!押さないでください!わかりました!わかりましたからぁ!」

 ……やるべきことはやった。あとは待つだけだ。

 赤城の言うとおり、今はどうだっていいかも知れない。今この瞬間を、楽しめれば。それで。


「あー!ずるいです抜け駆けなんて!あたしだって行きますよ先輩方!……灰島先輩も行きますよね!?」

「……あぁ。もちろん行くぞ。疲れた体には、甘いものが効くしな」

 俺たちは、5人そぞろ歩きで駅に向かっていった。


「……」

 それを眺める、1人の女の視線など、どこ吹く風で。




 その週の金曜日……

 テストが返って来る日だ。何故だろう。俺は緊張していた。

 多少は出来たはずだ。だから俺が緊張することはないはず。一番緊張しているのは、青柳なのだから。

 そして1時間目の数学。


「では、この間のテストを返却する」

 久々に登場の『モーツァルト先生』が、テストを返そうとする。


「……まず、クラスの中で1位なのだが……灰島」

「え?俺ですか?」

「あぁ。なんと灰島、100点だ!」

 クラスのみんなが俺に向かって驚きの声と、拍手を送る。俺は喜びのあまり跳びはねそうに……


 ……いや、ちょっと待て。待ってくれ。


 俺が……100点。という事は……青柳は……!?


「……おめでとう、灰島君」

「……」


 そして青柳が、席に戻ってくる。


「……」

 目を閉じ、座る青柳。その答案用紙からは、


 『98』と言う赤い数字が見えていた……




問17.次の英語を和訳しなさい。

『Oasis in the desert』

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