第18話 起死回生

 ……放課後、今日は昼赤城が部活の練習をしていたので、俺たちはこの時間に初めて集まった。

 そして、俺たちはテストを見直すことにした。


 俺:国語:94 数学:100 理科:92 社会:94 英語:94 合計:474

 黒嶺:国語:80 数学:88 理科:91 社会:90 英語:95 合計:444

 緑川:国語:84 数学:70 理科:72 社会:76 英語:80 合計:382

 赤城:国語:42 数学:40 理科:41 社会:44 英語:40 合計:207


 そして……


 青柳:国語:100 数学:98 理科:100 社会:100 英語:100 合計:498


「ファ~ンタ~スティ~~~ック!!」

 大声を上げる赤城。それは、俺と青柳のテストを見てだ。……せめて今は、俺のテストだけに集中してくれ……


「すごいよりんりん!ほぼ全部満点じゃん!」

 ……やっぱりそっちに行っちゃうか……


「……」

「一体どんな勉強してたの!?すごいよ!本当に!あ、でも数学じゃがり勉君に負けちゃってるけど……1問くらいの違いだもんね!」

「……」

 何もしゃべらない青柳。そしてそれを察し、同じく何もしゃべらない緑川。


「……あ、あれ?みんな……?」

 ぽかんとする赤城。


「あ、赤城!お前、全部の教科で赤点回避してるじゃないか!ずいぶんな成長じゃねぇか!」

 話を何とかして切り替える。赤城は1学期の期末からすさまじい成長っぷりだ。


「そう思った!?先生からもビックリされたんだよね!?{赤城!お前どうしたんだ!?}って!だから言ってあげたの!{あたしが本気を出せばこれくらい}って!」

「結果は?」

「{じゃあ最初から本気出しなさい}って言われた……」

 ド正論。正論中の正論だ……


「ともあれこれで補習はないっぽいからうれし~!」

「まったく、はしゃぎすぎですよ。赤城さん」

 黒嶺はふうっと息をつきながら、自分のテストをまとめていた。


「灰島さん……その、ありがとう、ございました」

「え?」

「私……国語だけは本当に苦手だったので……こんな80点なんて、取れたのは初めてなんで……」

 にこにこと笑いながら、なぜか左胸をおさえながら話す黒嶺。

 左胸をおさえている理由はわからないが、とにかく黒嶺が嬉しそうでよかった。


「れいれい!あたしにも今度教えてよ!色々とさ!」

「れいれい!?それ、私のことですか!?」

 いやお前以外に誰がいるんだよ……


「てか、あさちゃんもすごいよね!本当!すずっちに教えてもらったけど、全部平均点以上出してるじゃん!」

「えっ……え、えぇ……」

「……?」

 疑問に思う赤城。


「……」

 その様子を見て、もうこらえられなくなったのか、青柳は立ち上がった。


「?りんりん?急にどうした」

「ごめんなさい!」

 青柳が立ち上がって頭を下げることに、赤城と黒嶺が面食らっている。

 しばらくの間、誰も何も話さなかった。


「隠していたことが……あるの……」

 静かに喋りだす青柳。


 今回の中間テストで全教科100点を取れなければ、父の元に戻らなければならない。という事。そのせいで体調を崩してしまったこと。それを隠していたこと。そして……それが原因でみんなに冷たくあたってしまったこと。


 それを聞いた黒嶺は、唖然とした表情を浮かべた。


「で、では……青柳さんは……」

「うん。……この学校には、今日までしかいられない」

 ……冷たい沈黙が続く。


「……知ってたよ」

 それを破ったのは、赤城だった。


「え?」

「知ってたんだ。実は、りんりんがそこまで追い込まれてたって」

「どうして……」

「……ごめんなさい、灰島先輩。青柳先輩。私……話してしまったんです。赤城先輩に……」

 緑川が罪を白状する。


「えっ」

 そう言ったのは黒嶺だった。……え?あ、あれ?ナチュラルに黒嶺無視してない?

 キョロキョロとする黒嶺。……ごめん。マジで。


「……本当は……言わない方がよかったと思ったんですけど……でも、でも……我慢できなくなって」

「……」

 泣きそうになっている緑川。内緒にしているのが……つらかったんだろうな。

 それを横目に青柳は、何も言う事が出来なかった。


「ねぇ、りんりん。本当、なの?」

 無言でうなずく。


「りんりんは……それでいいの?」

 無言でうなずく。


「お父さんには逆らえない……もし、私が言う事を聞かなければ、私のきょうだいを使ってでもどうにかして私を連れ戻すつもりだと思う」

「どういうことだよ。お前のきょうだいって……」

「私たちのきょうだいは、みんな陸上をやっている。うち、兄と姉は将来を有望視されている。私が帰ってこないことでそれを利用すると思う。私が1人で勝手に暴走して、青柳家の陸上のキャリアをめちゃくちゃにした。と。そうすれば、私にマスコミは殺到するだろう」

 あまりにも冷淡に話し終えると、周りの人物は誰1人として何も話さなかった。


 ……待て。待てよ。


 その言葉が、出てこない。

 どうして。青柳を止めるんじゃなかったのか?青柳を……助けるんじゃなかったのか!?なんでこんな時に、気の利いた言葉が出せないんだ俺は!?

 なんとか言えよ。そう自分に心の中で言っていた時。


「……」

 青柳のスマホが鳴った。待ち受け画面には『お父さん』と出ている。


「……もしもし」

「ぼちぼち中間テストが返ってきただろう?結果だけを教えろ。出来なくても言い訳は聞かん。それに、嘘も無駄と知れ」

 青柳は、静かに語りだした。


「……国語、理科、社会、英語は100点を取りました。……数学は……」

「ふん。よりにもよって唯の得意科目だった数学で、お前は100点を取れなかったのか。思っていたより阿呆だなお前は」

 唯……?


「……申し訳、ありません」

「ふん。噂によればお前は、同じクラスの輩に点数で負けたようだな。青柳家の一員として、敗れは許さん。お前が帰ってき次第、監禁して徹底的に教育してやる」

「……兄さんも姉さんも……祐輔も、そうやって陸上を教えたのですか?」

「手段など選べんのだよ。成功するにはな」

 それを聞くと、青柳はびくりとも動かなくなった。


「分かったか?お前がどれほど唯を目指そうと、お前には無理だ。無意味だ。無駄だ」

「……」

 体が震えだす青柳。見ていられなくなって、俺はスマホを奪おうと歩み寄る。

 が、その時横から何者かが目にもとまらぬ速さで、


「え?」

 青柳のスマホを奪い取った。


「聞いているのか?無能」

「人が電話を代わったのに、見ず知らずの他人に無能と呼べるほど、あなたは偉いのですか?」

 ……黒嶺だった。


「……それは失礼した。そして、何の用だ?」

「私は、この学校で風紀委員をしている黒嶺 麗華と申します。先ほど、今日の活動の報告のため職員室に行った時に数学の河原先生が申していたのですが」




「1ヶ所出題のミスがあり、全員が不正解をしてしまったため、全員を正解扱いとする。と」




「!?……黒嶺さん……!?」

 堂々と嘘をつく黒嶺に、青柳は両手で口を押さえた。


「ですからあなたが言っていた{クラスメイトに点数で負けたと言う噂}自体が誤りです。また、その問題は1問2点であるため、青柳さんは結果100点となります」

「偽りではあるまいな」

「ここに来週配布予定の証拠のプリントもあります。それとも、親子はともかく、赤の他人の言うことまで信じられない、と?」

 黒嶺は立て板に水と言う言葉が似合うように、すらすらと喋り続ける。


「……ふん。それは済まなかったな。そう言う事ならば今回だけは見逃してやると、あの無能に伝えろ」

「青柳さんですね?」

「無能を無能と呼んで何が」

「青柳さんですね!?」

 大声を上げる黒嶺に対し、電話先の青柳の父親は『はぁっ』と大きくため息をついて。


「まったく、これだからバカと話すのは疲れる。ともかくそう伝えておけ」

 とだけ言って、プツンと通話を切った。


「……黒嶺、さん……」

「……水臭いですよ。青柳さん」

 スマホの画面を汚れ拭きでふき取り、青柳に渡す。


「悩んでいるなら、相談してください。私は、人が悩んでいる姿を見るのは大嫌いですから」

「……」

 そして青柳は、もう一度頭を下げた。


「みんな……ごめんなさい……色々隠していて……色々……1人で背負い込んでしまっていて……ごめんなさい……!」

「……でもよかったよ、りんりん!」

 赤城の突然の言葉に驚く。


「だってりんりん。やっと本当の事話してくれたもん。隠し事なんてなしだよ!」


「あたしたち、友達でしょ?」

 そして笑みを浮かべて、右手を差し出して青柳の手をとった。


「あ、赤城先輩、ずるいです!あたしだって、青柳先輩の事はお友達と思っていますからね!」

 続いて緑川も。


「……でも、本当によかった。青柳さんの事も知ることが出来たし、青柳さんを助けることだってできましたから」

 そして黒嶺も続く。


「女の子と手をつなぐのは偶発でもない限り照れるからやりたくないんだよな……」

「も~!台無しだよがり勉君!」

「よくないです!灰島先輩!本当によくない!」

「見損ないましたよ……灰島さん……?」

 集中砲火。変なこと言わなきゃよかった!


「……ま、まぁ、以下同文だ!」

 そして俺は右手を伸ばす。大小4つの手が、青柳の右手をやさしく包む。


「……う……うぅ……!」

 その瞬間、青柳は涙を流し始めた。




(あぁ……どうして私は……こんなにやさしい人たちに、隠し事なんてしてしまったんだろう……!)

 考えていることは俺にはわからなかったが、青柳は心の底から安堵している様子だった。




 家に帰った後、夕食を終えて部屋でのんびりと過ごしていると、


「?」

 メールが来た。


 To:灰島 奏多

 From:青柳 凛

 Subject:


 直接話したいことがあるんだ。窓、開けてもらっていい?


 ……言われるまま窓を開けると、そこに青柳が立っていた。


「……大丈夫か?」

「うん。だいぶん落ち着いてきたから……」

 青柳はあの後、子供のように泣きじゃくっていた。本当に……追い詰められていたんだろう。相当怖かったんだろう。父親の元へ帰るのが。

 秋の夜風がそよぐ中、窓越しに話をする。


「黒嶺に感謝しろよ?あいつのついたとっさの嘘のおかげでお前も……俺も、助かったんだからな。まさに起死回生だった」

「うん。もちろんだよ。……本当に……嬉しい」

 頭をポリポリと掻きながら、照れたような顔を見せる。


「……灰島君も」

「え?」

「灰島君に……{信じてくれ}って言われたから、私は自分を……黒嶺さん、緑川さん、赤城さん、灰島君を信じられた」

「そうか、まぁ、青柳のためだったから……」

 開いた手を前に向け、制止する青柳。……急にどうしたんだ?


「……凛」

「え?」

「凛って、呼んで。あの時……みたいに」


 ・ ・ ・ ・ ・


「あ、の、と、き?」

 まずい。何にも記憶がない。


「……!?」

 すると青柳は、突然顔を真っ赤にして……


「な、な、なんでもないっ!おやすみ!」

 ピシャン!と、窓を閉める青柳。


「……」

 え?俺……いつ青柳を下の名前で呼んだんだ……?俺はその日、悩みながら眠ることになった。


───────────────────────


「……」

 布団をかぶり、悶々とする私。


 ――また、テストの日に元気に会おうぜ、凛!


「やっぱりあれ……聞き間違いだったんだ~!うわあああん!ごめん灰島くうううん!」


 その日、私はうなされながら眠ることになった。




問18.『体は小さくても才能や力量を秘めており、侮れないさま』と言う意味の言葉を答えなさい。

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