第15話 急性上気道炎
それは灰島君が図書室に来なかったあの日の帰り際。
To:青柳 凛
From:灰島 奏多
Subject:
悪い、ちょっと用事が長引いてしまって、今日は図書室に行けそうもない。
緑川と……もし来たら赤城にも伝えといてくれるか?
To:灰島 奏多
From:青柳 凛
Subject:Re:
うんうん?全然大丈夫だよ。
こっちもついさっき終わったところだし(^ω^)
また明日、学校でね( ^^)ノシ
そのメールを送ろうとした時、電話が鳴った。……非通知だった。
「はい、もしもし」
「久しぶりだな。凛」
「!?」
この声は……出来れば二度と聞きたくない声だった。
「……父さん」
「どうだね?そちらではうまくやっているかね?うまくやっていないとは言わせんが。何しろ俺の期待を裏切り、自由を取ったのだからな。お前にはすこぶる失望したよ」
「……勝手に失望しててください」
強い口調で言ったつもりだったが、まったく効いていないようだった。
いや、むしろ楽しんでいるようにも思える。私のこの言葉を聞いても、せせら笑う余裕すらあるのだから。
父は……青柳 武志(あおやぎ たけし)は元陸上の、マラソン選手だ。
メダルを取ったこともあり、私も尊敬できる父親……『だった』。
だが、父は変わってしまった。
自らがメダルを取った。そのことについての快感が身についてしまったのだろう。父は私たち4人きょうだいを無理矢理陸上の道へと走らせた。
当然、体力的な問題でついていけない人物が現れた。……私だ。
父はそんな私を見捨てて……家の中に私の場所は……
「聞いているのか?」
父の声で我に返る。
「……はい」
「やはりお前の思う通りに過ごされるのは少し腹が立ってきてな。それにお前がいないと俺の{作品}たちは誰1人やる気を見せたがらないんだよ」
作品……きょうだいたちの事だ。兄、姉、弟。それらを作品だと言い張る父に、反射的に怒りがわいてくる。
「本来なら今すぐ戻ってきてほしいが……まぁ俺も鬼じゃない。お前にチャンスをやろう」
「……チャンス」
父の言葉は、あまりにも無慈悲だった。
「次の中間テストで全教科100点を取れれば、その学校にいてもいい事にしてやる。取れなかった場合は……」
「即刻こちらに戻ってきてもらうぞ」
───────────────────────
時はさらに過ぎて、翌週の水曜日の夜中、つまり木曜日。中間テストまで残り4日だ。
「ふぅ……」
トイレを済ませた俺は、自分の部屋に戻って再び布団に入る。
と、そこで……
「……」
また、少し違和感。
普段なら窓の外は真っ暗なはずだが、ぼんやりと光が映っているように見える。
恐る恐るカーテンを開け、窓も開けると、目の前の家の明かりが点きっぱなしだった。
「おいおい……」
目の前の家……つまり青柳の家だ。これで4日連続……今週に入ってずっとだ。
彼女は夜中にも明かりをつけて、熱心に勉強している。……勉強、しまくっている。
俺がメールを送っても、『大丈夫だよ』としか送ってこないが、どう考えてもおかしい。
天才である彼女には何の心配も造作もないはずの中間テストだ。それの何が恐怖なのだろう?何が不安なのだろう?
翌日の放課後。
「ですから、この式に関してはこちらの計算方法の方が楽ですし手っ取り早いです」
「お~……素直に目からウロコだよ」
「{good}の比較級、最上級はそれぞれ{better}{best}です。そのまま{er}や{est}を付けてはダメです。同じように{bad}も{worse}{worst}と書きます」
「そ、そうなんですね……でも覚えられるでしょうか」
「グッドベターベスト、バッドワースワースト。ひとまとめに覚えるといいですよ」
大分慣れてきている様子の黒嶺。しかし教えるのうまいな。
「ん?どうしました灰島さん?」
「いや、結構教えるのうまいなと思ってな」
「いえ、そんなことないですよ。現に私の苦手な文系は灰島さんの方が教えるのが上手ですし。……ところで灰島さん」
黒嶺は教材を見せてきた。
「あぁ、{羅生門}か。ここの人物の心境がわからないとか、そんな感じなのか?」
「うう……」
図星だ。
「だ、だから国語って苦手なんです。人の心境なんて考えたことないですから……」
「よくお前それで接客業やれてる……」
「「え!?」」
「あっ」
ぎゅううううう
「ごがががががががが!」
「な、何もないですよー、何もないですからねー」
少なくとも人の首絞めながら言う言葉じゃない!
と、そこで青柳の顔が目に入ってきた。
その顔は、何か思いつめたような顔だった。簡単に言うと、猛獣に追い込まれた獲物。と言った感じの表情。
「青柳?」
「……?」
「お前、どうしたんだ?ここんところずっと様子が変だが……」
「……」
――即刻こちらに戻ってきてもらうぞ
「……なんでも、ない」
「……そうか。まぁなんでもないならいいんだ。でも悩んでるなら相談くらい」
「乗らなくていい!」
立ち上がりながら、珍しく大声を上げる青柳。なんだ?急に……
そのまま座る青柳。それに噛みついたのは……
「それは言い過ぎではないですか?青柳先輩」
緑川だ。
「灰島先輩はあなたの事を心配して言ってるんです。それを乗らなくていいだなんて突き放し方はひどくないですか?」
「……これは私の問題だから」
「でも灰島先輩は」
「私の問題なの!関係ない!」
徐々にヒートアップしていく2人。赤城はあたふたと見守るしかなかった。
「どうしてそんなこと言うんですか青柳先輩!ひどいです!」
「だから言ってるでしょ!?私の問題なの!これは!私の問題だから、みんな放っておいて大丈夫だから!静かに勉強させてよ!」
「そんなことを言っても……」
今にも掴みかかりそうな緑川と青柳。それを見た黒嶺は、間に入り込んできて……
「まず図書室では静かにしなさい。いいですね?」
「「だって青柳先輩(緑川さん)が」」
「い い で す ね?」
黒嶺は怒りのまなざしを2人に向ける。
……途端に馬鹿らしくなったのか、青柳は体から力を抜くと、本をカバンにまとめだした。
「気分が悪い。帰る」
そしてそそくさと、図書室を出てしまった。
「……あいつ……」
「放っておきましょう。またここに戻ってくるかも知れませんし」
黒嶺の言う通りでもあった。仕方なく青柳を抜いて、勉強を教えることとした。
だが……結局青柳は戻ってこなかった。一体どうしたんだあいつ……?
そして……その日の夜も、彼女は一晩中部屋の明かりを消さなかった。
メールを送っても、ついに返事も来なくなった。
翌日……中間テストまであと3日。
いつものように学校にたどり着く。今日は生憎の雨だ。
「さすがに雨が降るとこの時期は寒いな……」
と、校舎の中で青柳の姿を目撃した。
「あ、青柳」
俺は青柳に歩み寄るが、何やら様子がおかしい……
「青柳……どうした?」
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
なんとその場に倒れてしまった……
「青柳……青柳!?」
体を抱きかかえる。顔はほんのりと赤くなっており、息が荒くなっている。
「すごい熱じゃないか……!?でも、なんで?」
なんで。いや、理由は簡単なものだった。
ここのところずっと電気を点けっぱなしにして勉強していた青柳。きっと無理が祟り、ついに体に限界が来てしまったのだろう。
授業に遅れそうだが、このまま彼女をここに放置しておくわけにもいかない……
「ん?」
そこに通りかかったのは……
「白枝!」
「あぁ。確か……灰島だっけ。……って、おいおい。どうしたよその子」
「熱がある。息も荒いんだ。保健室に運ぶの手伝ってくれるか?」
「いや、保健室に運ぶ必要はねぇよ」
すると白枝は電話をかけているようだった。
「あ、もしもしいずにぃ?そうオレ、すずだけど。今学校にいるんだけどさ、なんか熱出して倒れてる子がいんだよ。うん。今から来れる?ありがと」
電話をし終えると、俺の方に向き直った。
「ん~、とりあえず体温を一定に保ったまま、いずにぃの到着を待とうか」
「お、お前……何者なんだよ」
はぁ?と言った後。
「オレは白枝 すずだけど」
「いや、そう言う意味じゃねぇよ」
そしてカバンから何かを取り出す。……紙製のマスクだ。
「お前がうつっても大変だろ。これ使っとけ」
「あ、あぁ。悪い……」
そうしている間に、マスクを付けた白枝は青柳の胸に耳を押し当てたり、大きく口を開けさせて、喉を見たりした。
「あー、こりゃ風邪だな完全に」
「マジかよ……」
「ま、薬飲んで休めば治るだろ。とりあえずウチの診療所連れていくけど、それでいいよな?」
『ウチの診療所!?』
「ん?あぁ。実家が診療所ってだけだ。兄貴がおふくろの手伝いをしてる。別に不思議じゃないだろ?」
「不思議だわ!十分不思議だわ!」
青柳の事は白枝の兄に任せることにした。
「すいません。初対面なのにこんなこと押し付けてしまって」
「いやァ、構わないよ。すずのために色々するのが俺の役割だしねェ。とりあえずこの子はウチの診療所で様子見とくから、キミは授業に集中してていいよォ」
「ありがとうございます」
俺は白枝の兄に頭を下げると、彼は親指を立てて返事をした。
そして青柳を乗せたその車は、やがて見えなくなっていった。
「んじゃ、オレらも行きますか」
「あぁ。そうだな」
放課後、あいつのところに行ってやらないとな。
そして放課後、俺は図書室に集まった3人に今日の朝の事を話した。
「嘘……りんりんが……?」
「試験に影響が出ないといいですが……」
心配する2人に、
「灰島先輩のやさしさを踏みにじったから、きっとバチが当たったんです」
冷淡に言い放つ緑川。
「あさちゃん!それはひどくない!?」
「事実を言ったまでです。確かに同じ図書室で勉強をさせてもらったんですが……灰島先輩に見せた昨日の態度は許せません」
他人のために怒れる。緑川の気持ちもわからなくはないが。
「俺は青柳を信じるぞ。だから今からあいつの所に行く」
「う、うん。任せるねがり勉君」
「……あと、お前らに渡しておきたい奴がある」
俺はそれぞれにノートを手渡した。
「こ、これ……」
「こっそりぼちぼち書いといた。特に赤城には割と凝りっ凝りに書いてやったから、試験前の勉強の時でも読み返してくれ」
「あ、ありがとうございます」
3人とも受け取る。
「……あ、でも試験終わったら返してくれ。残りのページを次の試験とかに使うと思うから」
「意外と節約家!」
その3人にノートを渡した後、俺は図書室を出て行った。
「……」
その背中を見守る黒嶺が、こう思っていたのを知らずに。
(自分以外が第一なんですね。{あの時}から、ずっと)
問15.『何事もやりすぎずやらなさすぎず、ほどほどが良い』と言う意味を持つことわざを答えなさい。
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