第14話 泥をかぶる

 夕方の町の中を2人で歩いていく。影が伸び、並んで歩く2人をさらにはやし立てる。


「……」「……」

 2人して無言だ。……と、ここで俺が……


「なんかこれ……デート……みたいだな」

 そう口走ると、黒嶺はいつものように烈火のごとく怒……


「……!……で、ですね」

 らない!?

 どうなってんだ黒嶺……なんか悪いものでも食ったのか?……黒嶺に限ってそれはないか。赤城じゃあるまいし。


『いやあたしだって食べないよ!』




 地図通りに行くと、駅の近くにクレープ屋を見つけた。

 赤城の話が確かならこの店に……この店に……


「……なんで買ってるんですか」

「……小腹すいたんだよ」

 俺の手にはチョコバナナクレープが握られている。甘いものはとりわけ好きでもないが、嫌いでもない。

 それを口に運ぼうとしたあとで、


「……食うか?」

「!?」

 と、クレープを黒嶺に見せる。


「い、いりません!男性が買ったものを女性が食べるなど……ふ、不埒です!」

「不埒ってお前……いいだろ同じクラスメイトだし」

「だ、ダメです!そもそも私、バナナが……」

 キョロ。


「ば、バナナ……が……」

 キョロ。キョロ。


「……ほら、俺あとで買いに行くから食えよ。バナナ好きなんだろうが」

「……」

 俺からそっと手に取る黒嶺。


「せ、正式にはチョコバナナが好きなんです。昔、お姉様によくお祭に連れていってもらいましたから」

「素直じゃないなお前。最初から食べたいって言えばよかったろ」

 はむっと、クレープを食べる黒嶺。……こうしてみると、普通の女の子だな。おいしいようで、目を細めている姿も。

 ……祭か。そう言えば最近行ってないな。今年の夏祭り、空が熱出してしまったし。


「んー、おいしいです」

 満面の笑みを浮かべる黒嶺。と、頬に生クリームが付いている。


「お前、生クリームついてるぞ」

「え?」

「ほら、ここだ」

 それをそっと人差し指で取った瞬間。


 ボンッ!


 と言わんばかりに黒嶺の頭から蒸気が出た(気がした)。その顔は耳まで真っ赤になっている。


「わわわわわわ私が自分で取りますから灰島さんは何もしなくて大丈夫ですっ!(超早口)」

「わ、悪い!妹が食ってる時みたいに自然にやっちまった!」

 顔を真っ赤にしたままうつむく黒嶺。しまったな。悪い事をしてしまった……


 ドクドク ドクドク ドクドク ドクドク


(落ち着け……落ち着け私……灰島さんだって、わざとじゃないはずだもん……)

「……で?白枝はいるか?」

 あたりを見回す。そうだ、クレープを食べに来たわけじゃない。白枝 すずを探しに来たんだ。


 ……ついさっきまで忘れていたが。黙っておこう。


「うーん……見渡す限り、いなさそうですね。もう帰っちゃったんでしょうか」

「参ったな……だったら明日何とかするしかないか」

 そう、あきらめかけていた時だった。


「おい、そこのお二人さん」

「え?」

「そこどいてくれるか?ベンチに座りてぇんだよ」

「あ、あぁ。すいません……」

 俺はその白いウェーブがかった髪の女から少し離れて……

 ん?白いウェーブがかった……髪?


「白枝!」「白枝さん!?」

「あ?」




 ベンチに3人して腰掛ける。


「確かにオレは白枝 すずって名前だけど。なんで風紀委員の黒嶺と灰島が俺に用あんだよ?」

 カシャっと、買ったイチゴクレープをスマホで撮影する白枝。しかし……制服の上からでもわかるくらい、体の筋肉がすごい。ボクシングやる上で邪魔にならないだろうか?

 もう1度写真を撮る白枝。


「それ、SNSに上げるのか?それともItubeに動画あげるのか?」

「どっちか決めてねぇ。多分SNSの方だと思うけどな。やっぱこう言う食べ物系は動画よりそっちの方が撮りやすいし」

「イチゴが……好きなんですね?アイスクリームの動画でもそうでしたし」

「まぁ、すっぱいイチゴはあんま好きじゃねぇけどな。甘いイチゴの方が……」


 ・ ・ ・ ・ ・


「はぁ~!?なんでお前らオレがSNSやItubeやってるって知ってんだよ!?」

「遅っ!?」

 激しく狼狽する白枝。知られたくなかったのだろうか……?


「たまたま動画で見つけたんだよ。俺のクラスメイトがな。で、お前この間ラウンドテンで会っただろ」

「え?……あぁ、飲食スペースでオレにぶつかりそうになった奴だなお前」

 そう言いつつ、クレープを食べる白枝。……何だか動きがいちいち男らしいな。女なのに。


「で?お二人さん、オレに何の用だよ」

「あの……ヴァンパイア喫茶に行った動画を削除してほしいんです」

 ……バカ。そんなこと言ったら。


「……なんで?」

「なんでって……そ、それは……」

 こうなるだろう……?


「あの動画別に悪いとこないだろ?オレはあの店に体験しに行っただけだし、別に成人向けのコンテンツでもあるまいしさ。ちゃんと店員さんの顔は映らないように撮ってるだろうが。それとも{風紀委員だから}とかうすら寒い事言うんじゃないだろうな?」

「あ……うっ……」

「自分の好みだけで人に強制させる。んなことで動画削除。まっぴらごめんだね」

 目が泳ぎ出す黒嶺。これは俺に助けてほしい。と、いう事なのだろうか?


「違う。その動画の中にこいつの……」

「こいつの……なんだよ」

「そ、そうだ。お姉さんが後ろ姿で映ってるんだ」

 『本当か?』と動画を見返す白枝。


「……あぁ、こいつか?」

「そう。そいつ。こいつのお姉さん、極度の恥ずかしがり屋らしいから」

「じゃあなんで最初からそう言わずに言いよどんでんだよ」


 ・ ・ ・ ・ ・


 至極、ド正論だ……


 『邪魔だ』と言わんばかりに視線を送った後、クレープをもう一度食べ始める白枝。

 その姿を眺めるしかない俺と黒嶺。


「……気になるんだが」

「あ、あぁ。すまん」

 食べ終えたようで、クレープの持ち手部分に巻く紙を丁寧に折りたたみ、カバンの中に入れる。

 そして立ち上がる白枝。まずい。ここで帰られたら……

 ……ええい、こうなったら……


「あ、あぁ。あの動画で映ってたの、こいつのお姉さんって話、嘘だったんだ」

「……やっぱりな。どうせそんなことだろうと思ってたんだよ」

「あれ、俺なんだ」


 ・ ・ ・ ・ ・


「「…………は?」」

 当然な反応が返ってきた。いや、まぁ。自分でも玉砕覚悟でやったことだけど。


「クラスの奴らにはめられてさ、俺が女装して、それであそこの店で働くことになったんだよ。でもまさかそんな様子が撮られてたなんて俺は知らなかったな……これじゃ学校中の笑いものだ。今はまだ知られてないっぽいけど、ここで黒嶺に聞かれたらこれは大変なことになってしまうな」

「え?ええっと……」

 当然のごとく戸惑いを隠せない。まぁ、人の心を読むのが苦手って前から言ってたもんな……

 だが、少し経った後でキリっとした眉毛になって、


「なんですって!?」

 と、黒嶺が切り返した。俺は心の中で『ナイス!』と言った。


「そんないじめが横行していたなんて、風紀委員として見過ごせません。風紀委員として、その動画の削除をお願いします」

「え?あ、んなこと言われてももう50万再生も行ってるし」

「削除をお願いします!」

 語気を強める。白枝はそれに気圧されたのかどうかはわからないが、スマホを手に持ち、


「わ、わかったよ……」

 と、Itubeにログインし、動画を削除した。


「このことは今度の全校集会で、徹底的に詮索させていただきますからね!灰島さんも、嫌なら嫌と断ってください!」

 以前までの黒嶺に戻った気がする。俺は『へいへい』とうなずいた。

 その姿を見た白枝は、途端にバツの悪そうな顔をして俺に頭を下げる。


「その……悪かった。気付かなくて」

「いや、別に構わない。もう消してくれたんだろ?」

 俺の後ろで黒嶺が手を合わせ、ごめんなさいと何度も謝る。


「とにかく、俺が言いたかったのはそれだけなんだ。悪かったな。邪魔をして」

「えぇ。動画撮影はいいですが、度を超えるのはダメですよ」

「わかってるって。今度からは気を付けるからよ。……ところで風紀委員さん」

 黒嶺に白枝が歩み寄り、何かを耳打ちした。

 それを聞いた瞬間、黒嶺がびくりと肩を怒らせて、そして俺に視線を送って……

 白枝がこちらに手を振った。


「何の話だ?」

「い、いえ、何も」

 なぜか黒嶺は、顔を赤らめていた。……あいつに何を言われたんだ?

 とにかくこれで、黒嶺に関する事件は終わったはずだ。もう時間も時間なので俺は青柳に謝罪のメールを送っておくことにした。


───────────────────────


「あいつに感謝しろよ?お前の代わりに泥被ってやったんだからな」

「!?」

 白枝さんが、私にそう言ってきた。


「な、な、何の話ですか?あれは灰島さんだって……」

「バーカ。カツラの上からティアラ乗っけてバランスがとれるかよ。それにこの動画がバレたらやべぇのはあいつの方だろ?お前と同じ髪型なわけだからな」

 私の額に脂汗が浮かぶ。白枝さんは……私の正体がわかってる……?

 少し体が震えだした。


「安心しろよ。お前の正体はバラさねぇ。誰かを不幸にしてまで再生数とかを稼ぐやり方はあんまり好きじゃねぇしな。その代わり……」


「また、オムライス食べに行っていいか……?」

 その言葉を聞くと、黒嶺は笑みを浮かべた。


「もちろんですよ。今度は動画撮影とかじゃなく、堂々と食べに来てくださいね」


───────────────────────


「……すいません。灰島さん」

 駅の前で黒嶺と別れようとして、黒嶺がそう言ってきた。


「元はと言えば私の責任なのに、灰島さんには何もお返しできなくて……」

「あー、いいって別に。もともとそう言うお礼は期待してないしな」

 それでも申し訳なさそうな顔をする黒嶺に……


「あー、でも恩を返したいって言うのなら……」

「え?」


「……お前、勉強は出来るか?」




 翌日の昼休み……


「……」「え?」「お?」

 学食で待っていたいつもの3人。その前に俺は立っていた。

 ……もう1人、黒嶺も連れて。


「あー、こいつもお前たちの勉強を見たいって言ってな。仲間に入れてもらえるか?」

「もちろん!」

「勉強は人が多いほうが楽しいですからね!」

 歓迎ムードの2人。


「……」

 すると黒嶺は、カバンからドスンと大きな音を立て……


「言っておきますが。私は灰島さんに頼まれただけです。ですが、私の見ている前で赤点を取られるのは本当に悲しいので、ビシバシ鍛えるのでそのつもりで!」

 カバンの中からは、大量の参考書が覗いている……しかも2年のみならず、1年のものも。


「よろしいですね?」

「「あっ……はい……」」

 黒嶺はにこりと笑っていた。……いや、お手柔らかに頼むぞ。本当……

 そんな中青柳は……




 ……なぜか、心ここにあらずな顔をしていた。




問14.『風邪』の正式名称は何というか、『炎』と言う漢字を使って答えなさい。

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