第10話 馬脚を露す

「……」「……」

 目の前に届いたアイスコーヒー……いや『黒き深淵に注ぎし冷たき雫』か。とにかくそれを置いたまま、目の前のシャルロットを見る。


「あ、あの……シャルロット黒嶺?」

「その名前と私の名前をくっつけないでください!ぶっ飛ばしますよ!?」

「あ、す、すまん……」

 改めて見てみると、すっげーきわどい見た目してるな……

 へそ出しだし、胸の部分は軽く覆われてるだけだし、スカートも短い……

 黒色のツインドリルヘアの天頂部分には、ティアラ(の、ような造形物)も付けている。

 これがあの風紀委員の黒嶺 麗華なのか……?


「……と、とにかく……お前、ここで何してるんだよ」

「何って、見て分かりませんか?ここ、私のバイト先なんです」


 ……いや分かるか!


「と言うか……灰島さんこそ何しに来たんですか。いつもモノレールを使って通学しているのでは?ここ駅と逆方向ですよ?」

「かくかくしかじか」

「適当にしようとしないでください」

 とりあえずコーヒーを飲もうと、アイスコーヒーに手を伸ばす。


「と、ミルクが欲しいな」

 コーヒーに入れるミルクに手を伸ばそうとした瞬間、それをシャ……黒嶺が制止する。


「今シャルロットと言いかけましたね!?」

「……何言ってんだお前」

「と、とにかく、儀式をやらせてください」

「儀式?いいけど……」

 するとそのミルクの容器を自分の手前に近付け……


「レーナ・クシイオ・モテト。レーナ・クシイオ・モテト。レーナ・クシイオ・モテト……」

 手を動かし、呪文のような物を、ミルクに注ぎ込み始める。


「レーナ・クシイオ・モテト。レーナ・クシイオ・モテト。レーナ・クシイ」


 ……注ぎ込み。


「こらー!まだ呪文の途中でしょうがー!」

「めんどくせぇんだよそういうの!てか何が呪文だよ!{とてもおいしくなーれ}って逆から言ってるだけじゃねぇか!」

「でもこれが私のルーティンなんです!人気あるんですよ一応!」

 一応かよ……

 そう言いつつ、俺はミルクが混ざり合ったコーヒーをグイっと飲む。


「……うまいな……普通に」

「ふん。このお店は直火焙煎で1から作ってあるんです。他の安い喫茶店と同じにしないでください」

「あぁ、正直なめてた」

 渇いた喉に、アイスコーヒーは至福だった。

 あっという間に喉の渇きは癒え、ふうっと息をつく。

 そして改めて黒嶺の姿を見る。


「あ、あまり見ないでくれますか?恥ずかしいです。特にあなたには」

「なんで俺だと恥ずかしいんだよ。大体なんでお前こんなところで働いてるんだ?」

「そんなこと言うわけがないでしょう!?飲んだなら早く退店してください」

 いや、黒嶺ほどの真面目な奴が、こんな場所で働いているという事……それ自体がおかしい。

 俺はここで引くわけにはいかない。こうなったら……


 ピンポーン!


「……!?」

 俺は呼び鈴のボタンを押した。


「……ほら、店員の仕事しないといけないだろ?シャルロットさん」

「……!……」

 すると黒嶺は、少しだけ目を閉じた後……


「ワラワを呼んだか?新たなる使徒よ」

 声色を変え、顔も少し変えた。……すごい。プロだ……


「じゃあ、紅く染まりし山岳にそびえる黄金の丘を頼む」

 少し腹が減っているし、オムライスを頼むか。


「ふ……よかろう。我らの奉仕を受け取るがよい」


 8分ほど待って、


「さぁ、受け取るがいい」

 手にはオムライスが乗っていた。チキンライスの上に、ぷるぷると揺れるオムレツが乗っている。

 これは……世に言う『タンポポオムライス』だろう。


「これが山をも裂く、我が比類なき一閃よ!」

 そこに黒嶺がナイフを突き立て、トロトロのオムレツを横に広げていく。


「後はうぬに任せよう。うぬが血の雨を思うがまま、この大地に降らすがいい」

「言い方」

 ケチャップをほどほどにかけ、口に運ぶ。

 トロトロの玉子と、パラパラのチキンライスが口の中で絡み合う。


「うまいな……これお前が作ったのか?」

「……」

 再びうつむいて目を閉じる。


「一応料理の心得はありますから。でも、店員として{お客様}に作っただけです。別に灰島さんのためではないですよ」

 はい出ましたツンデレ。


「ありがとな」

「だから、違いますって!もう、あなたなんて嫌いです!」


「そうか?俺は好きだけどな」


・ ・ ・ ・ ・


 ……あ?今俺とんでもない事言った気が……?


「は……?私を口説いてる気ですか?」

 その証拠に黒嶺がカーミラと言うよりは、悪魔のような目をしてるし。


「りょ、料理のことだったんだが……」

「なら最初からそう言ってくださいっ!」

 と、怒りつつも、顔を赤らめる黒嶺。

 その時だった。


「おい!店員!」

 いつの間にか端に座っていた男が、大声を上げた。……いかにも柄が悪そう。

 黒嶺はうつむき、再び『シャルロット』になった。


「あまり騒ぐな。……何の用だ?」

「ここの作った紅茶のせいで舌火傷しただろうが!どうしてくれんだよ!俺はこれから彼女に会うんだぞ!?」

 見ると紅茶が置いてある。


「ほう?熱い故飲む時は気を付けよという、我が同胞たちの忠告を聞かなかったと見える」

「何開き直ってんだテメェは!」

 いきなり男が黒嶺の両肩を掴む。


「ちょっやめてください」

 面食らった黒嶺は、すっかり縮こまってしまう。


「うるせぇ!どうしてくれんだよ!?俺のこの火傷でデートが台無しになったら、どうしてくれんだよ!?」

 ……そもそもなんでそんな大切な時ならホットティーなんか頼む?飲むのに手間取ったら彼女を待たせることになるんだぞ。

 そしてこの男の言葉……


「オラ、客を危険な目に遭わせたんだぞ。謝れよ。手をついて」

「いや……あの……」

「早く謝れよ!そうしないとSNSに書くぞ!」


「あとこの紅茶、ただでいいよな。俺を危険な目に遭わせたんだからよ」


 ……なんだ。そう言う奴か。


「え、えぇっと……!」

 しかし慣れていないためか、黒嶺は男の恫喝に怯えるばかりだ。

 仕方ない。ここは黒嶺の手前、ひと肌脱ぐか。


「どうかしましたか」

 俺はその男の前に歩み寄る。


「あ?この紅茶が熱すぎて、俺舌火傷したんだよ!しかもこの女、謝りも」

「それは大変だ!今すぐ病院に行きましょう!」

「えっえっ?」

 俺はスマホを操作(する振りを)して、更に畳みかける。


「あった、この近くにちょうど消化器内科があります。さぁ、早く行きましょう!」

「い、いや、あのっ火傷……その、あの女の人が謝ればそれで済む話なんすよ!だから」

「早く早く!紅茶代は私が支払いますから!」

「だ、だからその……」

 そして男は言った。


「てか火傷してないのに消化器内科で見てもらえるわけないでしょうが!」


・ ・ ・ ・ ・


「ほう、なるほど。つまりあなたは嘘をついた。嘘をついた上に彼女を傷付けようとし、さらにはタダ飲みも図った」

「い、いや……てか、アンタはなんなんだよ!関係ねぇ奴が首突っ込んでくんな!」

「申し遅れました。わたくしこの店の店長の灰島と申します」

 店長。大いなるハッタリだが、この男には効果てきめんのようだ。みるみるうちに、男の顔が青ざめていく。


「男子高生のコスプレをして抜き打ちで店の様子を見に来たのですが……従業員の彼女の危機となるなら話は別だ」

 徐々に男は後ずさりしていく。俺は男を逃がさないように、ゆっくりと歩く。


「彼女、人気のある方でね。あなたの嘘の果てに彼女がケガでもしてしまっては、このお店の痛手になるんですよ。それにタダ飲みを図っているなら、店長としては見すごせませんね」

「あ、あはは……そ、そうなんすね」

「……最悪、出るとこ出ますよ?」

 それを言った瞬間、男は歯をがたがたと震わせながら……


「ひ、ひいい!すいませんでしたあ~~~!」

 紅茶の代金をレジに置き、大急ぎで店を出て行った。


「はぁ、やれやれ」

 それを見た店員たちが、俺に向かって拍手をする。まぁ、悪い気分ではないな。


「大丈夫か?黒嶺?」

 黒嶺の体を見るが、特にケガはしていないようだ。


「……黒嶺?」

「え?……あ、はい、大丈夫……です」

 そして彼女は何故かもじもじしている。




「私、昔から人の心や考えを読むのが苦手なんです」

 座りなおしてオムライスを食べていると、黒嶺から話しかけてきた。


「だから、こう言った場所で修行の意味合いを込めてアルバイトしているんです。吸血鬼喫茶と聞いたんで、それを題材にした漫画やアニメも見て、参考にしたりしました。ですが……灰島さんに迷惑をかけるようでは、まだまだですね……」

「接客業してたら自然と身に付くかも。そう思ったんだな。だからお前ヴァン好きって奴の話題に噛みついたし、インキュバスの事も知ってたのか」

「ですが、それも今日で終わりです」

 物悲しそうな顔をする黒嶺。終わり……?


「灰島さんに知られてしまった以上、同じ学校の私はこの場で働き続けることは許されません。灰島さんも構いませんよ。私がこんないかがわしい姿で働いていたというのをばらしても」

「ばらすわけないだろ」

 ぽかんとする黒嶺。


「ばらされたくない秘密なんか、誰にもばらさないさ。だから秘密なんだからな」

「で、でも、灰島さんには迷惑をかけましたし、何もペナルティがないなんて、私が許せません!」

「真面目過ぎるんだよお前は」

 オムライスを平らげ、水を飲む。カランと言う氷がぶつかる音がコップの中で反響する。


「俺が{いいって言ったからそれでいい}じゃダメか?」

「……!」


 トクン……トクン……


 左胸を押さえ、顔を真っ赤にする黒嶺。顔はケチャップのように赤くなっていた。


「じゃ、そろそろ帰る……って、そうだ、道わかんないんだった」

「あ、あぁ。チラシでよければ、駅までの地図はお渡しできますよ」

「お、悪いな」

 そのチラシを見る。そうか、こうやって来てたっけ……




「闇は光より寛容だ。また来るがいい」

 と、レジ係の男に言われる。ツッコミどころはいろいろあったが、中々いい店だ。

 さてと、早く帰らないと空が心配しているだろうな。そう思い、階段を降りようとした時、


「灰島さん!」

 後ろからの大声に振り向くと、黒嶺が深々と頭を下げていた。

 別にそこまでしなくてもいいのに。と思いつつ、俺は黒嶺に対して……


「また、オムライス食いに来るから、その時は頼む」

 と言った。


「……!?」


 トクン、トクン、トクン、トクン、


 それを聞いた黒嶺は、また顔を真っ赤にしていた。




(落ち着いて……落ち着いて、私……灰島さんに話しかけるくらい、なんてことない……はずなのに)




「……」

 俺の家に帰ると、すでに空が夕食を用意していた。


「じゃ~ん!今日はお兄ちゃんの大好物のオムライスだよ!料理サイトを見ながらだけど、タンポポオムライスに挑戦してみたの!」


「……………………」




問10.主に1対1の競技の試合前に相手を挑発し、心理的な動揺を誘うことを英語で何というか答えなさい。

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