第9話 カーミラ
翌日。
「……」
俺はずっとスマホの画面を眺めていた。……昨日送られてきた青柳のメールだ。
しかしまさか、女の子から……メルアドの交換をされるとは……
「……もっかい見るけど……夢じゃないよな……」
普段は不快なモノレールの揺れや、満員の車内すら幸せに思える。
……が、その幸せは突然にして終わりを迎える。
「……ちっ。そう言えば今日はこの日か……」
学校の校門の前、仁王立ちしている風紀委員の黒嶺。
「……」
こちらを見つけたようで、にらむ様な視線を送る。
「おはよーございまああああああす!」
俺は嫌味たっぷりに、大声で挨拶をした。
「あら、何かいいことがあったんですか?灰島さん」
「あぁ、いい事があったぞ!お前にはわからんだろうがな!」
「……ふん」
そのまま立ち止まる。
「……早く行きなさい。もうあなたに話すことは何もないです」
「いやいや、もっと褒めてくれてもいいんだぜ。元気に挨拶しただろ?お前の言う通り」
「言ったはずです。あなたに話すことはないと」
そして俺から目を逸らす。
取り付く島もないやつだ。俺は結局挨拶もそこそこに、学校の中へ入っていった。
その日の昼休み。
「この漫画!ハマっちゃって!人間の女子高生が男子に恋しちゃうんだけどさ、実はその男子がなんと、吸血鬼で、女の子と契約を果たして女の子も吸血鬼になっちゃうの!」
と、スマホの画面を見せる赤城。
「わかります!{ヴァンパイアを好きになってしまいました}略して{ヴァン好き}ですよね!あたしも全巻持ってます!あたしは紙派なんで、家でしか読めないんですけどね」
「……それ、面白いの……?」
「面白いですよ!今度青柳先輩にも貸しますね!」
女3人で話している。青柳には少しだけおかずを分けてあげた。
「……」
――うわぁ……ありがとう、奏多君!
あの時のあの言葉……聞き間違いなんかじゃない……よな。なんでいきなり俺の事を名前で呼んだんだ?
「ねぇ、がり勉君はどう思う?」
あ、今はいつも通りか……
「興味ない」
「え~?けろろほろろ~ん」
「それを言うなら{けんもほろろ}な。大体興味ないことに興味を持つこと自体エネルギーの無駄だよ」
そう言えば……ゲームはやるのに、漫画やアニメには全く興味なかったな……
「もったいないなぁ~。面白いのに」
「漫画は昔から読まないからな……ん?」
俺は学食の中に、黒嶺の姿を見た。
食べているものは……牛すき定食!?しかもご飯を炊き込みご飯に変えているだと!?
牛すき定食800円。ご飯を炊き込みご飯に変えるので200円。これだけで1000円!?しかもデザートにプリンまで!?お前どんだけ贅沢してるんだよ!?
「……風紀委員は贅沢の仕方が違うなおい」
「……?」
「あぁ、そうだ」
と、ここで突然赤城が……
「金曜日教えてもらった、連用修飾語と連体修飾語、結局よくわかんないんだけど……」
「ん?あぁ、あれか。その時電話かかってきて、ちゃんと教えられてないからな……緑川も聞いてくれ」
俺は国語の教科書を取り出す。3人の視線が、その物語に落とされる。
「連用修飾語は動詞、形容詞、形容動詞を修飾する言葉だ。だからこの{彼は思わず吹き出した}の場合{思わず}が連用修飾語になる。反対に連体修飾語は体言を修飾するものだ。例えるならこの文。{花に集まる白い蝶}の場合{白い}が連体修飾語になる」
「うぅ~ん……やっぱりよくわかんないぃ……」
「要は、文の最後が動詞、つまり動いているものを示している場合は連用修飾語。動いていないものを示している場合は連体修飾語と考えるといい」
「えっと……じゃあ……」
と、さっきの漫画を見せる。
「お前結局漫画なのかよ」
「だってその方がわかりやすいと思って!……で、これはどれがれんよーで、どれがれんたいなの?」
俺はその漫画を軽く読む。
「{お前のその赤い血をオレによこせ……そうすることで、お前は永遠の命を得ることが出来るのだ。さぁ、早くオレの贄となれ}……なげぇよ。お前理解できるのか?」
「う~、このシーン好きなんだけどなぁ……じゃあ順繰りに教えて」
「そうだな。まずこの{お前のその赤い血}これは最後の述語が{血}だから{赤い}が連体修飾語。{お前は永遠の命を得る}これは{永遠の命}が連用修飾語だな。{得る}っていう動詞を修飾してるだろ?」
熱心に聞き入る2人。
「てか……なんだよこの漫画。こんな漫画の何が面白いか俺には理解に苦しむんだが……」
「うん。私も」
「え~!?2人とも夢がな~い!」
「そもそも、人間が吸血鬼に惚れるわけがないだろう。仮にそいつが吸血鬼と気付かなくても、そんな簡単に恋に落ちるわけがない。男女の仲を軽んじすぎだ」
冷静に言うと、赤城、緑川が頬を膨らませる。
「正直恋愛漫画は一度恋に落ちると何もかもうまく行く描写が嫌いだ。どうせ一度別れかけようと、何かしらのきっかけで{ごめんね〇〇くーん}とか言って寄り戻すんだろうが」
「なんか詳しくない……?灰島君……」
「実際の恋じゃなくて気軽に見れるんだから、それがいいんですよ~!」
「まったくです!そもそもなんですか!さっきからヴァン好きばかり批判して!あなたには夢も希望も血も涙もないのですか!?」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
……え?
い、いや、目の前に見えるのはどこからどう見ても黒嶺だ。風紀委員の黒嶺 麗華だ。
今座りなおしてる動きが見えたが、どう見ても黒嶺だ。
どう見ても黒嶺の声だったが、きっと聴き間違いか何かだ。
「……と、とりあえず……もう少し教えて、がり勉君」
「お、おう……」
放課後……
「すいません、灰島先輩、買い出しを手伝ってもらって……」
「いいさ。お前にはいろいろ苦労かけてしまったしな」
とある高級なスーパーから出てくる俺と緑川。
ここで夕食の買い出しを頼まれていたらしいので、それの手伝いをしていた。
それにしても金持ちは食うものから違うんだな……この肉とか霜降りだし。
なんか俺とは住む世界からまるで違う感じだ。
「それにしても……お前のお父さん、潤一郎さんか。まだお前の言ってること、真に受けてるのか?」
「はい……」
───────────────────────
この間帰ってきた時は……
「おかえり!麻沙美!」
「ま、マイクなんか用意して何してるの……?」
「無論!キミの家族代表としての挨拶の練習だ!もしお前が灰島君と結ばれたらあちこちで練習しないといけないしね!」
日曜日だって……
「少しでかけてくるのでな。今日は留守番を頼む」
「うん。で……どこに行くの?」
「それはもちろん。お前と灰島君のデートコースを考えて来るのだよ!すでに秘書とも折り合いをつけているしな!」
今日朝、父が仕事に行く時だって……
「行ってらっしゃい」
「おっとその前に……」
父がいきなりあたしに頬を近付けてきた。
「……あの、お父さん……?」
「ほら、出かける前のチュウ!旦那さんには毎日やらないといけないぞ?」
「お、お父さん!」
───────────────────────
「それに今日、もう一度灰島先輩とのデートコースを視察してくるって」
「議員の仕事しろや……」
そう、あきれていた時だった。
目の前に、見覚えのあるリムジンが止まった。
「やっほー!お迎えに上がったぞ~!麻沙美~!」
リムジンの後部座席の窓が開き、潤一郎さんが手を振る。
「もうお父さん……やめてよ」
「はっはっは、すまんすまん。でもたまたま運転手の秘書が見つけたのでな!{ついうっかり}!」
それでついうっかりなら天然にも程があるだろ……
「おや?灰島君もいるのか!乗ってくかね!?」
「あー、俺はいいです。今日は早めに帰らないといけないんで」
「そっか残念。ま!灰島君は逃げないしな!また今度家に遊びに来てくれ!」
リムジンに緑川が乗り込む。
「では先輩、また明日」
「あぁ、また明日」
窓が閉まり、リムジンが走りだす。やがてリムジンは陽が落ちた街角の風景へと変わっていった。
「さて、俺も帰らないとな……」
そして少し歩き始めてから……気付く。
「……あれ?俺どうやってここまで来たっけ……?」
ここまでは緑川に連れられてきた。だが、帰りの道をあまり覚えないままここまで来てしまった。
この辺りの繁華街には来たことがあまりないし、そもそも縁遠い場所だと思っていた。
参ったな……仕方ない。今日部活で遅くなると言っていた赤城に電話を……いや、番号知らないんだった。
確かこっち側から来たはず……俺は記憶を頼りに進む。
30分後。
「ぜぇ……ぜぇ……」
気が付くと元の場所に戻ってきていた。
参った。完全に迷子だ。こんな歳になって情けない……
仕方ない。とりあえず持ち合わせはあるし、タクシーでも拾うか……
だがそもそもタクシーがそんなすんなり捕まるとは思わない。そんなことより喉が渇いたな……
「……?」
その時、とある看板が見えた。
『魔城喫茶 アビス』
「……魔城喫茶?」
俺は興味本位で、その魔城喫茶アビスがあるビルの2階へと上がっていく。
いや、一番は喫茶店だから何か飲めるかなと思っただけなんだが。
カランカラン
と、扉を開けると……
「よく来たな。選ばれし使徒よ」
「……?」
黒いマントを来た男が、俺に話しかける。
「まず汝が契約の数を我が前に示せ」
……は?
俺は男が涼しい顔をしながら、何を言っているか意味が分からなかった。
「……えっと、契約?確か……携帯の会社は……てか個人情報丸見えじゃねぇか!」
「あ……いや、要は何人での来店か聞いてるんですけど……」
「あ、そう言う事?……1人だ」
「クックック、よかろう。新たなる1人の使徒の降臨だ!」
男が大声で言う。
「「我らが悪魔の楽園へようこそ!」」
……あー、そう言う事ね。
めんどくせぇ!?
席に着くと、店の中は多少は暗いが、特に問題のない場所だった。
ソファーはふかふかで座っていて気持ちいいし、暗い。それはすなわち落ち着いた雰囲気であるとも言える。
あとは……
黒き深淵に注ぎし冷たき雫(アイスコーヒー)
黒き深淵に注ぎし熱き雫(ホットコーヒー)
黄昏を迎えた世界樹の葉の涙(アイスティー)
黄昏を迎えた世界樹の葉の血潮(ホットティー)
紅く染まりし山岳にそびえる黄金の丘(オムライス)
ふたつ神威に包まれし久遠の光(タマゴサンド)
……などなどetc。
メニューさえ読めればな……しかもこれ、ちゃんと長い方の言葉で注文しないといけないって?冗談だろ……中二病をこんなとこで発症したくない。
が、背に腹も代えられないだろう……
――我らを呼びたいのなら、この鈴を鳴らすがよい
――同胞たるヴァンパイア、もしくはカーミラが貴様の元に舞い来るだろう
……要はファミレスのあれじゃないか……
ピンポーン!
音まで一緒だし!
「ふっふっふ……ワラワを呼ぼうとは、うぬもなかなか見どころがある」
俺の元へ、女が歩み寄ってくる。これはいわゆるカーミラか。
ちなみにカーミラとは、女吸血鬼の事。男の吸血鬼はヴァンパイア。
「よかろう、その無謀とも言える傲慢っぷり、ワラワは大層気に入った」
そしてその顔を見た瞬間……俺は固まった。
「ワラワの名は{シャルロット}。さぁ、この契約書に示せ!うぬが欲する、財宝を!」
「……何やってんだ?黒嶺」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「……は?」
そして『シャルロット』は、俺に視線を落とすと……
「……………………」
「あああああああアアアアアアアァァァァァ!?」
問9.隠していた素性や物事の真相がばれてしまうことのたとえと言う意味のことわざを、動物の漢字を使ってなんというか答えなさい。
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