第8話 予期せぬ出会い

「か、母さん!?今日は帰り遅くなるんじゃなかったのかよ!?」

「切り上げてきたのよ。適当な場所で。なにせ……」


 シャキーン!


「奏多!あなたの連れてきた女神の姿を拝顔しに来たのよ!」

「女神?……え?俺なんもフィギュアとかかってないぞ。空じゃあるまいし」

「何言ってるのよ!あなたが連れてきた小さな女神よ!」

 小さな女神……あ、青柳の事か。


「お兄ちゃん、遅くない?」

「おぉ、空!女神様はどこにおわすか!?」

「女神様?」

 首をひねる空。まったく、親父も母さんも色々と舞い上がりすぎだ。


 父、灰島 昭仁。母、灰島 可南子(はいじま かなこ)。

 俺と空の両親だ。

 父はトラックの運転手。母は事務の仕事をしているほか、町内会の会長も兼任している。

 そのため二人とも家を開けることが多く、最近は滅多に会話らしい会話をしていないこともしばしばだ。

 このようにたまに家に家族全員が集まることがあるのだが……この両親、ちょっと困ったことがある。それは……


「灰島君、空ちゃん。どうしたの……?」

 青柳が不安になったのか、階段から降りてきた。


「「…………!!?」」

 その瞬間、2人とも驚きのあまり大きくのけぞる。


「……?」

「……」

 そして2人でひそひそ話。


「おいおいおいおい、改めて見てもめっちゃかわいいじゃねぇか……どうするママ……?」

「ほ、本当に奏多が連れてきたのよね……?女神と言うより天使?あ、天使の方が階級って低いかしら」

「と、と、とにかく、どうする。まずは結婚式の準備か?」

「バカおっしゃいな!アタシの心の準備がまだよ!と、とりあえずまずはお話を……」


「おい、母さん!親父!」

「え!?なにかしら?奏多」

「青柳、そろそろ帰るんだってよ。そこ通してくれ」

 その言葉に、母さんは再び驚く素振りをした。


「そ、そんな、わざわざ町内会抜けてきたのに……!?アタシの最近のすべてをかけて!女神に会うことを!優先したのに……!?」

「いや町内会優先しろよ」

 と、ここでまさかの助け舟が。


「そうだ、せっかくだし青柳お姉ちゃんとごはん食べたい!」

「え?」「んん!?」「なっ!?」「?」

 空のまさかのその言葉に、三者三様のリアクション。


「空、気持ちはわかるけど、青柳そろそろ帰らないといけないんだろ?青柳に来てもらったんだから、あいつの言うとおりにしないと」

「そっか~……」

 しょんぼりする空。だがここで引き下がらないのが……


「いや!でも!もう4時だろ!おなか減ってるだろ!?女神様!」

「そうよ!そうよ!今日はあなたの大好きな肉じゃがよ!」


 俺の親。


「今日はあなたの大好きな肉じゃがって……好物なんかわかるわけ」

「肉じゃが、結構好きだよ」

「あ……そうなの」

 空気を読んだのか、それとも本当に好きなのか。


「なら、今日はうちで食べていかないか!?女神様」

「なんでそんな食いついてんだよ!」

「ありがとうございます。あと、青柳 凛です」




 そして6時ごろ、夕食に。

 肉じゃが、だし巻き玉子、焼き魚、豆腐の味噌汁、そして炊き立ての白米が食卓に並ぶ。


「ほ、本当にいいんですか……?私も……」

「何言ってるんだ!キミのためにママが用意したんだぞ!いっぱい食べてくれ女神様!」

 親父が青柳の肩を抱きながらしゃべる。ナチュラルなボディタッチやめろ。俺もやったことないのに。


「そうよ女神様!いっぱい食べていいのよ!」

 そっちはごはん盛りすぎ!


「では、お言葉に甘えて……いただきます」

 青柳は肉じゃがに箸を伸ばし、柔らかく煮られたジャガイモをたやすく噛み切った。

 目を閉じ、ジャガイモのホックリした食感を味わうように口の中で噛み砕いて、ごくりと飲み込む。


「おいしいです……!」

「まぁ、ありがとう!」

 喜ぶ母さん。じゃあ早速俺も……と思って口に入れる。


「まぁ、母さんの料理はなんでもうまいからな。好きなだけ食べていいぞ」

「……!ありがとう、灰島君」

 それにしても、本当においしいんだな。さっきから青柳の箸が止まらない。

 そう考えれば、一緒に食べてよかったのかも。俺はそう思いつつ、味噌汁をすすった。


「で?二人の馴れ初めはいつ頃なんだ?」

「ぶふっ!?」

 突然の親父の言葉に噴き出す。……あれ、なんだこのデジャヴ。


「な、馴れ初めって親父……それ結婚式とかの時に聞くやつだろ!?まだ転校してきて1週間しか経ってねぇよ」

「なっ!?転校生だったのか!それは失礼を……奏多と一緒だな!」

 『え?』と俺の方を向く青柳。


「あぁ、そういやお前には言ってなかったな。俺も今年の4月に転校してきたんだよこっちに。まぁ、俺は親父と母さんの仕事の都合なんだけどな」

「そう、なんだ」

 青柳は意外そうな顔をした。そんなに意外だったか?


「え?父さんと母さんのお仕事の都合じゃないでしょお兄ちゃ」

「仕事の都合だろ?」

「いや、違うよ。お兄ちゃんが転校したのって」

「仕事の都合だろ!?」

 声を大きくする。その声に空は、それ以上何も言わなくなった。


「……?」

 当然疑問に思うのは青柳。だが……


「そ、そうだったな。仕事の都合でな。こういう仕事してると、どうしても仕事場に近い場所を家にしたいんだ。すまんかったな。女神様」

「えぇ、アタシも……異動になってね!うん!」

 話を合わせる俺の両親。……だいぶ苦しいが。


「……そう、なんですね」

「ほら、そんなことより食べよう!ごはんのおかわりもあるわよ!」

 そして無理矢理、食事に目線を向けさせる。

 ……青柳と空には悪いが、この話を聞かれるわけにはいかない。……特に、空には。


 ……そう、聞かせるわけには……いかないんだ……


 あの、灰色の日々を。




「ごちそうさまでした。本当においしかったです」

 途中まで送っていくと言ったので、俺と青柳は外に出た。


「ありがとう、女神様。おかげで疲れが吹っ飛んだよ」

「本当!食べっぷりもよかったし、アタシまで元気になっちゃうわ女神様!」

 いい加減青柳って呼べ……


「いえいえ、本当においしかったです。もしよければ、また食べさせてくださいね」

 と、青柳は笑顔を浮かべた。


「「……!?」」

 それに骨抜きにされる親2人。あー、ごちそうさまです。


「青柳お姉ちゃん!今度は負けないからね!」

「うん。本当楽しかったね。またやろう!」

 空の頭を撫でる青柳。


 ……ん?


 なんだ?この懐かしい感じ……?


「では、ご縁があれば、また」

 青柳は歩き出す。俺はそれを慌てて追った。


「ばーいばーい!」


「……ママ」

「……えぇ、予期せぬ出会いだったけど……これだけは言えるわ」


「「あれは女神じゃなく天使でもない。唯一神だ(ね)……」」

「?」




 街灯が灯る暗い夜道を、そぞろ歩きのように2人で歩く。

 と、言っても青柳の家は実は俺の家の隣なのだが、青柳の家が隣と知ったら空がうるさそうなので適当に時間稼ぎをしているのだが。


「にしてもお前が、あんな顔するとは意外だったな」

「……私にだって、楽しい事はある。今日は、本当に楽しかった」

「そっか。よかった」

 しばらく静寂が続いた後……


「でも、ごめん」

「え?」

「空ちゃんの勉強嫌い、直ったとは言えないかもしれない」


 ・ ・ ・ ・ ・


「あ!?」

「元々の目的、忘れてどうするの……?」

 やってしまった……正直言って青柳が家に来たことで舞い上がっていた。

 でも青柳に空はなついたようだし、それはそれでよかった……のか?


「そろそろいいかな」

「あぁ、戻るか」

 元来た道を引き返し始める。


「……」

 青柳は、何かを言いたそうにこちらを見た後、また視線を逸らした。


「どうした?」

「……」


───────────────────────


 それは、灰島君が台所にジュースを取りに行っていた時の事。


「お兄ちゃん……高校に入ってから、半年くらい経った時にいじめられて……」

 空ちゃんがそう言っていた。


「誰も信じられなくなって、しばらくふさぎ込んでて……」

「そう、だったんだ……」

「だから、今日青柳お姉ちゃんが家に来てくれたのは、とても嬉しい」

 灰島君……そんな過去があったんだ……

 でも……それなら多少は噂になってるはずなのに、どうして何も知らないんだろう?


 ……ん?

 高校に入ってから、半年くらいたった時……?


───────────────────────


「……悪いな」

「え?」

 青柳はしばらく考え込んでいたようだが、俺の言葉でようやく我に返ったようだ。


「疲れたんだろ?今日お前に結構親も空も無茶言いまくってしまったからな」

「……大丈夫」

 アパートの近くまでやってきて、青柳はこう言った。


「……ねぇ、灰島君」

「え?」


「……私たち、どこかで会ったことある?」


「……」「……」

 しばらく静寂が続いた後、


「……なんてね。会ったことがあるなら、お互いもっと早く知ってたはずだし」

「お、おう」

 『じゃあまた明日』と自分の部屋の中に入っていく青柳。俺はそれを手を振って見送った。

 さて、俺も早いとこ帰らないとな。と、踵を返して、俺の家に入ろうとした時に……


 ピロリン!


「?」


 To:灰島 奏多

 From:青柳 凛

 Subject:今日はありがとう


 空ちゃんに灰島君のメールアドレス、聞いちゃったの。

 急なメールでごめんm(_ _)m

 これから大事なことは、このアドレスや電話使っていいから。

 これからもよろしくね。灰島君!(`・ω・)ゞ


 P.S 恥ずかしいからメールアドレスを交換した事は内緒にしておいてね(^^;


 ……それは紛れもなく。青柳からの……


 女の子からの、初めてのメールだった。


「……」

 俺はそのメールを見ながらこう思った。


(あいつ、メールでは感情豊かだな……)

 ……まぁ、本当は跳びはねるくらい喜んでたんだけど。




問8:アイルランド人作家、シェルダン・レ・ファニュの怪奇幻想文学(ホラー小説)に登場する、その文学作品のタイトルにもなった女吸血鬼の名前を答えなさい。

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