第7話 青天の霹靂

 ……オレの名前は、灰島 昭仁(はいじま あきひと)

 とある会社で働く、ごく普通のトラックの運転手だ。家に帰れば、息子も娘もいる。

 今日はたまにある日曜の休み。こんな日くらい羽を広げて休みたいところだ。夜勤明けだったから尚更にな!


「ただいまー」

「あ、親父、おかえり」

「……お、お邪魔……してます」

 ……うん。目の前に見えるのはオレのかわいい息子、奏多だ。そしてもう1人は同じようにかわいい娘、空!

 ……じゃ、ない!?てか誰だ?!


───────────────────────


「……日曜日?」

「あぁ」

 金曜日の放課後、駅から俺の家に向かう道中で、俺は青柳と話していた。

 すでに陽は沈み、黒い夜の闇が俺たちを包み始めている。

 そんな中で俺は、青柳にある頼みごとをしていた。


「俺の妹も大概の勉強嫌いでな……赤城の勉強嫌いを直す前に、直しておきたいんだ。自分の妹も直せずに、クラスメイトの勉強嫌いなんて直せるわけがないからな」

「……」

 少し考えた後……


「どうして勉強嫌いになるのか、理解できない」


 おのれ天才脳!


「だ、だから、お前にも手伝ってほしいというか……」

「私……人にものを教えるのはあまり得意じゃない」

 まぁ、確かに俺が教えてる時も青柳はあまりしゃべってないからな……諦めようとした時、


「でも、灰島君にはスポーツドリンクの借りもあるから……いいよ」

 と、ニコッと笑いながら俺にいたずらっぽいまなざしを送る。


「本当か!?」

「うん。家にいても{スラシス}くらいしかやることないし」

 スラシス……『大激闘スラッシュシスターズ』の事だ。これでも俺もやっている。

 が、妹とやる時は俺が手を抜いてばかりで、最近はほとんど真剣に出来ていないのだが。


「日曜日、昼の1時くらいでいい?」

「あぁ、別に構わないぞ。来る前に連絡してくれ。……て、まぁ窓越しに会話できるから構わないか」

「うん」


 と、いう事で、日曜日に青柳が来ることになった。と、言うのが金曜日の話。


───────────────────────


 その、日曜日。


「う、嘘……だろ……!?」

「?」

「奏多に……ついに、彼女が!?女大嫌いな奏多に!?彼女がぁ!?」

「ちげーよ。単なるクラスメイトだ。親父にも電話で話しただろ」

 そう言った後『た、確かに』と言う親父。いや、息子が話した言葉くらい覚えといてくれよ。


「ま、まぁ、とりあえずあがってくれ、その……名前は……」

「青柳 凛です。灰島君には、本当にお世話になっています」

 頭を下げる青柳に、俺も頭を下げる。意味はないけど。

 そして俺と青柳で、家の中に入っていく。……背後で親父が、何やら怪しい動きを見せていたが……まぁいいだろう。母さんは今日町内会って言ってたし、俺と青柳、空と親父でしばらくこの家で時を過ごすことになりそうだ。


───────────────────────


「あっもしもし!?ママ!?そうオレ、昭仁。今すぐ家に帰ってきてくれ!事件なんだ!それも、大事件なんだ!奏多が女神を、女神を連れてきたんだよ!……え!?町内会の集まりがどうしても抜けられない!?わ、わかった。帰りはいつになる?夕方の5時!?それじゃ間に合わんかもしれんよ!せっかくの今日と言う日を……奏多の記念日になるチャンスなんだぞ!?……あ、あぁ。そうだよ!奏多が女の子を連れてきたんだ!見たいだろう!?なるべく急いで帰宅してくれ!」


───────────────────────


 2階にある『そら』と書かれた部屋の扉をノックする。


「あー、いるか?空」

「え?お兄ちゃん?どうしたの?」

「今日は空に、会わせたい女の人がいるんだ。悪い人じゃないから、ドア、開けてくれるか?」

 すると空は、しばらく経った後ガチャリと扉を開けた。


「ごめんお兄ちゃん、対戦相手がガン逃げ飛び道具使いだったから苦労しちゃ……って……」

「……こんにちは。空ちゃん」

 背伸びで目線を合わせ、挨拶をする青柳。空は顔を真っ赤にした。

 そして大急ぎでテレビを消し、ゲーム機を直した。

 ……というか青柳、空より背が小さいのか。


「こんにちは。……えっと、この人がお兄ちゃんの会わせたい人……?」

「そ、青柳 凛って言う俺のクラスメイトだ」

「よろしく、空ちゃん」

 笑みを浮かべる青柳。


「よ、よろしくお願いします」

「お前、真昼間からゲームして……宿題は終わったのか?」

「え、あ……ん~っと……」

 目を露骨にそらす。……うん。やってないパターンだ。


「な、なぁ。先に宿題しないか?」

「い、いやだ。日曜日のお昼は思い切りゲームを楽しまないと」

 またこの流れか……俺に似て空もゲームは好きなのだが、ゲームをやりすぎて追い込まれてしまうことが多々ある。

 この間の夏休みの宿題も、どれだけ必死に埋め合わせしてたか……


「そうやって夜泣きついてくるのがお前のやり方だろう。夜スラシスやればいいだろうが」

「いやだ!昼間やるからいいんだよ!真の強者と戦えるから!」

 『何気にかっこいい事をいうんじゃない!』とツッコミをいれようとした時だ。


「……真の強者は、なんでも出来る人を指すんだよ」

 まさかの青柳。


「仮にスラシスで本当の強者と戦えたとする。でも、それは今出ないとどうしてもダメなこと?」

「そ、それは……」

「お姉ちゃんもスラシスには覚えがあるから、もしよかったらあとでやろっか」

「うん!やりたい!」

「でもその前に、宿題はやらないとよくないね。お姉ちゃんも手伝うから、やろっか」

「うん!」

 この間、わずか15秒。バカな。俺がやる時は長い時で1時間かかるんだぞ!?

 もしや俺より、青柳の方が妹をさばく力に長けている、そう言うのか!?……言うんだろうな。

 早速宿題に取りかかる空。俺と青柳でその宿題を眺める。


「……」

 突然青柳の動きが止まった。


「どうした?」

「青柳お姉ちゃんもわからないことがあるの?」

「……」


「……どうしてわからないのかがわからない……」

「すご~い!かっこいい!」

「いや褒めてないぞ空!」

 こいつたまにとんでもない毒を吐くな……天才故の余裕なのかこれ……?

 それでも動かない青柳。俺はそんな青柳を見かねて……


「ちょっと見せてみろ」

 ……で、結局俺が見ることになった。


「……ごめん、灰島君」

「いいさ。人には向き不向き絶対出るもんだからな。それを補い合う奴がいるなら、そいつに任せるのもまた方法だ。俺だってさっき、説得をお前に任せただろ?それはお前を信頼してるからだ」

 勉強を教える俺の横顔を、じっと見つめる。なぜかその顔は、ほんのりと赤く上気していた。


「……ねぇ、お兄ちゃん」

「なんだ?空」


「青柳お姉ちゃんと、したの?」


「「……!!?」」

 2人とも顔を真っ赤にした。


「す、すすす、するわけないだろバカタレ!俺と青柳はまだ出会って1週間も経ってないぞ!?大体ここら辺に」

「え?打ち合わせ」


 ・ ・ ・ ・ ・


「だってここまで息が合うんだもん。きっと空のために、打ち合わせしてくれたんだよね!」

「……」


 ……アホか俺は!


「……」

 しかし青柳は、何故か落ち込んだような顔をしていた。

 ……まずい。引かれたか……?


 結果的に空の宿題は20分もしないうちに片付いた。結局俺がほとんど教えてしまったが……


「ごめんお兄ちゃん……いっぱい教えてもらっちゃって……」

「いいってもんだ。お前が宿題をやってくれるだけで、俺は嬉しいし」

 そして速攻でテレビをつける空。


「てことで青柳お姉ちゃん!一緒にやろ!」

「うん、いいよ」

 2人でコントローラーを持つ。まぁ、俺はスラシス、ほとんどやってないからな。


「じゃ、俺飲み物持ってくる。オレンジジュースでいいか?」

「うん!」

「そんな、悪いよ灰島君」

「別に構わない。どうせこいつがほとんど飲んじまうしな」

 えへへ、と照れる空。


 ……くそ、妹なのにかわいいな。

 と、いかんいかん。俺は台所に降り、オレンジジュースをコップに注ぐ。ついでにクッキーでも持っていってやるか。

 1階にある夫婦の寝室は、扉が閉まっている。……親父、寝てるんだろうな。人の気配がないし。

 親父いつも、死んだように寝るからなぁ。


 そして部屋に戻ると……


「あうう……」

「……」

 青柳、ボロ勝ち。


「お前……仮にも俺の妹なんだから手加減してくれよ」

「過度の手加減は相手に失礼になる。それに空ちゃんは、強い技を闇雲に振りすぎ」

 いや、相手まだ中1だぞ……そんなこと言ってわかるわけがないだろ。


「じゃあお兄ちゃんやって!」

「俺が!?」

 まぁ、正直ジャスティスブレイバーより勝利できる可能性はあるか。何よりあれと違ってこちらはパーティアクションゲーム。

 ガチガチな知識がなくても勝てるはず。俺はコントローラーを手に取り、集中し始めて……


「……」

 また惨敗。


「正直、空ちゃんの方がまだ強い」

「悪かったな!妹に勝る兄じゃなくて!?」

 いや、今の言葉が本当だとすると……実力は青柳>空>俺。


 つまり俺は、空より弱いにもかかわらず無駄に手を抜いていたのか!?(兄の権威が崩れ去る音)


「ほ、他のゲーム、やるか?」

「う、うん」


 パズルゲーム。


「そこで消してしまうと、こうなる」

「ふぎゃ~!」


 レースゲーム。


「あ~!また悪路に行っちゃった!お兄ちゃんしっかりして!」

「そうは言っても……もう1周以上差が空いてるんだぞ!」


 格闘ゲーム。


「そのタイミングで当て身を出しても意味がない」

「あ~!」




 結果、灰島兄妹、全敗。


 勝利の美ジュースに酔いしれている様子の青柳。くそ、本当に手を抜かない奴め……いや、抜いて欲しくもないけど。

 下を向く空。おいおい……中学生になったんだからゲームくらいで泣くなよ。


「……あ、もうこんな時間……?そろそろ帰らないと、灰島君に悪い」

 そう言われてスマホを取り出すと、気が付くと午後4時だ。


「青柳お姉ちゃん、楽しかったね!」

「……」

 純粋な笑みを浮かべた空に、


「……うん!」

 と、青柳の笑顔。

 それは、今まで見せてきたどの顔よりも、屈託のない顔だった。

 なんだ、もっと冷たい奴だと思ってたが……こんな顔も出来るのか。意外な顔を見れた気がした。


 ピンポーン!


 その時呼び鈴が鳴った。


「俺、出てくるわ」

 立ち上がり、空の部屋を出る。その背後で、空が楽しそうに話している。

 あいつがこんなに女の人になつくなんて、珍しいな。あんなこともあったのに。


 玄関を降り、その扉を開けると、そこに立っていたのは……


「へへ、ただいまー!奏多!」

「ただいま、奏多!」

「なっ……!?」

 俺の親父と、母さんがそこにいた。




問7:黄色い花を咲かせたゼラニウムの花言葉を答えなさい。

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