第6話 マリアージュ

 翌日の放課後……


「えぇーっと」

 青柳はもう少し自習する。赤城はバスケ部の練習。緑川はコンビニに寄って帰る……と、この日は1人で帰ることになった。


「赤城の奴、全然集中力続かねぇなあいつ……まずは勉強嫌いを治すとこからか……緑川はそれなりに勉強は出来るけど……うう~ん」

 誤字だらけのノートを見て、ため息をつく。


「一体何をそんな焦る必要あるんだ……?」

 その時だった。


「そこの君、ちょっといいかな?」

 白髪で、ダンディな見た目の男が目の前に立っていた。ビシッとスーツを着て、黒縁のメガネをかけている。


「俺……ですか?」

「うむ、君だよ。君は、ハイジマと言う男の子を知っているかね?」

「ハイジマ……?」

 俺の名前だ。

 しかし、なんだこの男は……?目を見ると視線が鋭く、簡単に言うならば……獲物を狙う獣のような目。


「お、俺じゃないです」

 反射的に身の危険を感じた俺は否定の言葉を口走る。


「ん?そうかね。君の髪の色を見るに、君がハイジマだと思ったのだが……」

「……そ、そうですね。あ、あはは」


「灰島先輩!」

 あっ。


「ちょっと学校に忘れ物をしちゃっ……た……」

「……そうかそうか。彼が灰島……なのだな」

「お前……バカ……!」

 最悪なタイミングで戻ってきた緑川に、本名をばらされてしまう。

 仕方ない。ここは逃げ……


「……お父さん……」

「……え?」

 緑川の口は、確かに『お父さん』と言っていた。いや、何かの間違いで『後藤さん』と言っていたことに……ならない?


「私を前に縮こまらせてしまったようだな。……乗りたまえ」

 背後にリムジンが止まっている。どうやらここは逃げられないらしい……


「……ごめんなさい、灰島先輩」




 リムジンに乗り車に揺られること10分ほど、たどり着いた場所は、タワーマンションのような場所だった。

 見上げるとそのはずみで転びそうになるほどで、天空へと伸びるその建物を視界には収めきることが出来ない。

 ……なんだこの機械。オートロックって奴だろうか。そこにカードを差し込むと、扉が開く。

 そしてエレベーターに乗り込み、35階へ。


(なんだよこれ……ほぼホテルじゃねぇか……)


 そして部屋にもう一度カードキーを差し込み、扉を開く。


「入りたまえ」

「お、お邪魔し」

 部屋の中はこれまた広く、まるで城のような部屋だった。


「広っ!?」

「ここに座りたまえ」

 ソファに俺と緑川、反対側の椅子に緑川の父が座る。……てかソファ柔らかいなおい。


「自己紹介がまだだったね。私は緑川 潤一郎(みどりかわ じゅんいちろう)。この町の市議会議員をしている。今日は君に会えてうれしいよ。灰島君」

「ど、ども……」

 緑川……おっと、どっちも緑川じゃ分かりづらいな。潤一郎さんと呼んでおこう。潤一郎さんは、飲みたまえと俺に紅茶を勧める。


「さて、早速だが本題に入ろう」

 ん?本題?


「まず、申し訳なかった!」

 ぶ~~~!


 いきなりの不意打ちの土下座だ。俺は飲んでいた紅茶を思いっきり噴き出してしまった。


「ちょっと、お父さん!?」

 緑川が戸惑いの表情を浮かべる。そりゃそうだ。俺もビビった。心臓が2秒くらい止まったんじゃないかこれ。


「この度は娘の麻沙美の不始末により、君に多大なる迷惑をかけた!この緑川 潤一郎、一生の不覚と言えるだろう!どうか!どうか私への沙汰は存分にしてくれ!それで君の気が済むのなら」

「やめてよお父さん!」

「うるさい!元はと言えばお前のせいではないか麻沙美!お前がそんな緑川家に恥じるような恰好をするから、私は議会の笑いものだぞ!」

 顔を赤くする潤一郎さん。議会の笑いもの……?


「え!?でもなんであたしのせいなの!?」

「お前のせいなの!お前が3日前帰り際にコンビニの前で気弱そうな男に詰め寄っている姿を、私の秘書がたまたま見かけたそうなのだよ!」

 3日前……コンビニの前……初めて出会った時だ。

 その時誰かに見られていた……?


「お前はあまつさえ男を誘惑し、しかもその男と間接キスまでしたそうではないか!」

「あ、いや、あの……それは」

「そしてその男に飽き足らず今度は灰島君をも誘惑しようというのか!私はそこまで尻軽女に育てたつもりはないぞ!」

 こんなダンディな見た目で結構なこと言うな……まぁそれはさておき……

 潤一郎さんは緑川をずっとにらんでいる。このままだとまずい。一触即発だ。


「尻軽女って言うのはあんまりじゃない!た、確かにこんな格好になったのは……失敗だとは思ってるけど」

「思っているも何も、少しでも興味があったからそんな格好をしたのだろう!?緑川家として、恥も何も知らないのかお前は!」

 問題はこれ、何も否定できないところだろうな……特に俺。だって詰め寄られたことも間接キスしたことも事実だし……


「一体どうしてお前はそうなってしまったのだ。私は悲しいぞ。君からも何か言ってやれ灰島君」

「いや、俺にそう言われても……」

「ほら、灰島君も困っているだろう!」

 今のは具体的にあなたのせいなんですけどね!?


「そもそも何故、お前がこのような見た目になったのか説明しろ。ひなちゃんが知れば悲しむぞ」

 ……ひなちゃん?


「え、ええっと……」

(言えよ、目立ちたかったからって。正直に言えば許してもらえるって)

 俺が目で言うと、緑川は……


「は、灰島……先輩……」




「灰島先輩の、あたしの彼氏の好みなんですっ!」


・ ・ ・ ・ ・


 ……は?


 抱き着いてきた緑川を前に、すべての思考が停止し、そしてゆっくりと再起動する。

 彼氏?かれし?カレシ?KARESHI?


「{彼氏の好み}だと?君はうちの麻沙美に何を吹き込んだのかね……!?」

 理解が終わるより前に、突然人を何人か殺してそうな目線が俺に襲い掛かる。潤一郎さんの体からほとばしる威圧感により、俺が小さくなっていく。


「え……えぇっと……あの……」

 隣で祈るように見つめる緑川。


「彼氏ならば、ここで麻沙美の好きなところをあげることなど容易だろう。言ってみよ」

「す、好きなところ……!?」

 高速で回転した俺の脳は、一つの言葉を紡ぎ出した。


「ただし全部とは言わせんぞ」

 そして速攻で否定された。

 好きなところを言う?無理だ!そもそもまだ出会って3日しか経ってない!

 散々悩んだ挙句、俺はこんなことを口走った。口走って、しまった。


「……ふ、{普通に}何でも出来るところですかね……?」

 緑川、フリーズ。同時に部屋の中の時間が、すべて停止。


「{普通}だと?麻沙美が、{普通}だと?君は本当に麻沙美の事が好きなのかね!?よりにもよって{普通}と言う言葉で彼女をまとめるなど……!」

「あ……あわわわ」

 どんどん顔が青ざめていく緑川。何かの恐怖を察したのだろうか……

 ……仕方ない。緑川が自分で蒔いたタネとはいえ、俺にも責任はある。ここは一肌脱ごう。


「{普通}は果たして{悪}なのでしょうか」

 俺は潤一郎さんの目を見ながら諭すように話す。


「な、何を……」

「彼女は{普通}であることを悪として、今までその殻を打ち破ろうとして、色んなことに挑戦しては失敗してきたんです。でも、俺は思うんです。{普通である}と言うのは立派な個性ではないかと」

 さらに続ける。


「打破しようとして失敗して、進めない挫折に打ちのめされること。それは果たして、あなたの思っていた通りの教育法なのですか?」

「……」

「もちろん成績が普通から伸びないと言うのは少し悪い事ですが、彼女は普通に努力をして、普通に勉強もしています。そのなんてことない{普通}を悪として否定しては絶対によくないです」

 潤一郎さんはまっすぐにこちらを見つめている。


「それに、その秘書の方が見ていた{気弱そうな男}と言うのは多分俺です。あの時は緑川に、俺が色々と勉強の話をしていただけです。緑川は……あなたの娘さんは悪くありません」

「灰島先輩……!」

 それを聞き終えた潤一郎さん。今度はおもむろに立ち上がる。


「って、俺があーだこーだ言ってるのはさすがにひどいですよね!すいません!おじさん!」

「……」

 すると潤一郎さんは、おもむろに右手を差し出し、こう言った。


「おじさん?君におじさんと言われる筋合いはない」

「あ、す、すいま」

「これからは{潤一郎}と呼びたまえ!」


 ……………………はい?


「それで……式の予定はもう立っているのかね?」

「式?」

「いやだなぁ、ここでボケを挟むとは。式……すなわち結婚式だよ!」

 結婚!?

 いや待て待て!展開早すぎるだろいくらなんでも!?


「もう、お父さん……一度エンジンが入ったら急に話進めるのやめてよ」

「何を言っているんだ麻沙美!たった今私はわかったのだよ!お前と灰島君は、奇跡的なマリアージュであるとねっ!」

 奇跡的な結婚。いや、この場合奇跡的な相性と言うべきか。

 小躍りしながら部屋を歩き回る潤一郎さん。


「とりあえず結婚の日時が決まったらいつでも言ってくれ!私がいくらでも金払うから!いくらでも……金払うから!」

「2回も言わなくていいです!てかまだ付き合って間もないのに結婚なんて考えませんよ!」

「その奥ゆかしい感じ、ますます気に入ったよ!いいかね灰島君!結婚と言うのは……」


 ……あ~、わかった。ようやくわかった。このおじさんめんどくさい感じの人だ。

 そしてこの暴走する親に対してこの普通の子ありか……


 普通って大変だな……うん。




 そのままリムジンに揺られ、再び10分ほど、俺の家のすぐそばまで、秘書の人が送ってくれた。


「2分ほど、時間をいただけませんか?」

 緑川がそう言うと、俺は緑川と一緒にリムジンを降ろされた。


「灰島先輩……ごめんなさい。あたしの身勝手で」

「……そうだな。いきなり彼氏とか言われて心臓が止まるかと思った」

 苦笑いする緑川。それにつられて俺も軽く笑みを浮かべる。


「その、気を悪くしてないですか?先輩」

「いや?別に。どうせその場しのぎだしな。それに……」

 俺は緑川をまっすぐに見ながら……


「割と楽しかったぞ。彼氏ごっこ」

「そ、そう、ですか……」




「じゃあ、次は、ごっこじゃなかったりとか……?」




「ん?何か言ったか?」

「な、なんでもありません!」

 それを言った後、緑川は大急ぎでリムジンに乗り込む。


「せ、先輩!また明日!」

「お、おう。また明日な」

 リムジンはそのまま、夜の闇へと走りだした。

 それにしても、最後に緑川は何を言おうとしていたのだろうか?俺は少しだけ気になった。


───────────────────────


「ただいま~」

 家に戻ってくる緑川。


「おお、おかえり」

「お父さん、何やってるの?」

「あぁ、部下に頼んで持ってきてもらったのだよ。じゃーん!その名も、{めきめきメモリーズ ガールズサイド}!」

 それは、女の子主人公での、男の子との恋愛ゲームだった。


「ふふふ、灰島君とは長い付き合いになりそうだからね。外堀から埋めるためにも、まずは男の子の気持ちを知らねば!」

「やめてよお父さ~ん!」

 緑川の大声が、タワーマンションの中にこだました……




問6:『青』の漢字を使って『予想もしなかった事件や変動が、突然起きるさま』

と言う意味のことわざを答えなさい。

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