第5話 Let's study together
翌日の放課後。図書室。
「……」
目の前に、3人の女の子が見える。……そう、3人。
えっと左から、ショートヘア、サイドテール、ポニーテール。髪の色は青、黄緑、赤。
「……今日はよろしく」
「てことでよろしくお願いします!灰島先輩!」
「よろしくね!がり勉君!」
いやいやいやいや!おかしい!
「なんでお前までいるんだよ赤城!」
「え?あ~、話せば長くなるんだけど、たまたま今日の移動教室で青柳ちゃんと一緒になってね?」
「勉強は人数が多いほうが楽しい……そうだよね?灰島君。だから誘った」
うう……自分で言った言葉で自分の首を絞めることになるとは……
言うならば、この赤城は幼馴染なのだが……
簡単に言おう。赤城 梓はアホだ。
今だって『話せば長くなる』と言っておきながら一瞬で終わった。会話の要領を得られないのだろう。
確かこの高校にも、女子バスケ部のスポーツ推薦で入ったんだっけ。
「で、何するんですか?灰島先輩」
緑川の声で我に返る。そうだ。今はこの赤城に文句を言っても仕方ない。
「そうだな。やることは……これだ!」
俺はカバンの中から、紙を取り出した。
「お前たちのために小テストを昨日の夜作ってきた。国語数学理科社会英語、1科目4問の計20問。1問5点の100点満点だ」
「わお、結構本格的!」
「……暇なんだね」
「うっさい!」
まぁ事実なんだが……昨日深夜3時ごろまでかかって作ったから少し今日は眠かった。
その紙を3人の前に出すと、緑川と赤城は目を真ん丸にした。
……そして慌ててその紙を下げる。
「あれ?どうしたのがり勉君」
「……」
そして図書室を大急ぎで出て行く。
「お前のせいだからな畜生~~~!」
「?」
職員室のコピー機を使い、残り1枚の小テストを用意する。
「んじゃ、今から時間は……30分ほど取る。1問1分としても十分間に合う時間だ。余裕があるなら見直しとかもするといいぞ」
「はーい!」
「よし、それじゃあよーい……はじめ!
3人とも小テストの紙を裏返し、問題を解き始める。
その様子を図書室の中である本を借りながら見つめる影。
(……あれは灰島さんと……青柳さん、緑川さん、赤城さん?あの人が女の人といるなんて、珍しい事もあるんですね)
この時は、黒嶺に目撃されていたことなんて思いもしなかった。
……30分後、全員の小テストを回収し、採点を試みる。
「ん~!終わったぁ~!テストの後の解放感ってたまんないよね本当!」
「わかります!何だかすべてが終わった感じがたまりませんよね!」
親しげに話す緑川と赤城。
あえて目標などを言わなかったが、まぁ70点ほど取れればいいだろう。
さて、まず採点を……
「……」
「ん?どったの~?」
「あの、赤城……わからないところがあってもせめて埋めないともったいないぞ」
「うんうん?わかんないとこはわかんないままでいればいいと思ってるんだ!」
無言で小テストを見せる。
赤城 梓:5点。
「おお!1問当たった~!」
「1問当たったー!じゃない!わかんない部分をわかんないままにするのはもったいなさすぎるだろ!で、ついでに聞くけどなんで……」
社会 問3:エレキテルなどの発明品などで知られ、土用丑の日を広めたとされる江戸時代の人物は誰か、漢字で答えなさい
『平賀源内』
「ここだけわかったんだよ!」
「だって!源内パイセンは土用丑の日を広めたんだよ!ウナギ大好きな身としては足を向けて眠れない!」
「歴史上の人物をパイセンとかそんな軽ーく言うんじゃない!……で、緑川だが……」
緑川 麻沙美:70点。
「……見事に平均点の力を発揮してる……」
青柳が引きながら言う。ちょっと待て。俺は平均点を言ってないぞ。わざとじゃないとしたらむしろ天才的すぎないか!?
「しょ、しょうがないじゃないですか!これが限界なんです!」
「そう言う青柳ちゃんはどうなの!?」
青柳 凛:100点。
「「ブーラボーーー!!」」
2人とも青柳を畏敬の目で見る。……まぁ、こいつには簡単すぎただろう。なにせ全国模試1位なのだから。
しかし本当間近で見ると驚く。何しろ10分程度で解答を終わらせているのだから。
走りだしたペンは止まらず、本当に機械のように次から次へと問題の答えを書いているようだった。
「100点の答案用紙なんて、都市伝説だと思ってたよ……」
感動の目で見る赤城。
「別に、とりわけ不思議じゃない」
やめて!その言葉主に緑川に効くからやめて!
「はぁ……うらやましい……そんな点数が取れれば、きっと父さんや母さんも安心できるのに……」
「そうだな、緑川はどうも、焦りすぎてる気がするんだ。例えば……」
国語 問3:次の書き出しから入る文学作品を、漢字で答えなさい
「石炭をば早や積み立てつ」
『舞い姫』×
「この問題、正解は確かに{舞姫}だ。舞と姫の間に送り仮名はいらない。そして」
英語 問2:次の英語の質問に英語で答えなさい
「Where are you now?」
『図書室』×
「{英語で}って書いてあるだろ?こう言うケアレスミスで点を落とすのはあまりにもったいないだろ。もっと焦らずに、じっくり問題を読んだ方がいい」
「と、と言っても、あたし……普通に普通だったら、お父さんやお母さんにきっと迷惑をかけそうで……そう考えたら、落ち着いてなんかいられません」
……これは重傷だな。きっと緑川は、父と母と言う枷に繋がれて思うように動けなくなっているんだろう。
しかもその枷を、自分自身で作り出してしまっているから他者がどうこう言うのも難しい。
「でも、冷静になるのはテストで一番大切なことだぞ。……そうだ。お前の授業のノートを見せてくれ」
「え?あ、はい」
「ついでにお前もだ赤城」
その言葉に、赤城は腕を止める。
「な、なんで……なんであたしがこっそり買ってたメロンパン食べそうになってるってわかったの!?」
「わかるわ!さっきから袋パサパサさせてる音聞こえてたぞ!」
「あうう……お慈悲を……もうおなか減りすぎて活動停止しそうなんだって……」
「そもそも図書室の中で飲食しようとするな!」
話を戻して……まずは緑川のノート。
「な!?」
まるで夜空が広がっているような、黒い文字の洪水。授業中の先生の言葉もすべてをノートにまとめているためか、ほとんど空白が見えない。
まぁ、これはこれで覚えようとしていると言えるだろうが、文字が多すぎてどれが『本当に重要か』が復習の時わかりづらいだろう。
そして次の赤城のノートだが……
「……」
こちらはほぼ真っ白。
「お前……授業中にノート使ったことって……」
「ふっふっふ~、よく聞いてくれましたがり勉君!なんと、赤城梓ちゃん、生まれてこの方……」
シャキーン!
「ノートを使ったことがありません!」
「少なくともドヤ顔で言う事じゃない!」
はぁ。と息をつく。
「お前、テストで赤点を取ったらどうなるか、わかってるよな」
「うん!補習だよね!1週間バスケ出来ないのは不安だけど、1週間の我慢だもん!」
「仮に試合の日がその補習の日と被ったら?」
・ ・ ・ ・ ・
「し、試合優先」
「してくれるわけないだろ」
少しだけ静かな、凪の時間が流れた後……
咆・哮。
「あたしがバカなせいでチームのみんなに迷惑をかける!?それは嫌だ!絶対嫌だ!死んでも嫌だ!いっそ死ぬ!」
「死ぬな!むしろお前が赤点を回避すればそれで済む話だろ!」
「どうやって回避すんの!?無理だよ!赤点取ってしかるものだと思ってたもん!」
『どういうことだ?』と俺が聞くと、赤城は期末テストの成績を見せた。
国語:17 数学:12 理科:15 社会:20 英語:15 合計:79
「……お前、よく落第せずここまでこれたな」
「うわあああん!お慈悲を!お慈悲をおおおお!」
しかし、この壊滅的な成績……首の皮1枚どころか、もはやほぼ浮いている状態だ。
「うぅ~、正直羨ましいです、赤城先輩が……」
「羨ましがるな!てかなんで羨ましいんだよ」
「普通じゃないから」
ごはっと言う断末魔が聞こえた。ナチュラルにトドメ刺さないであげて……
「お願いしますがり勉君~……あたしに勉強教えてよおおおお」
「泣きながら言うな!悲愴感出されても俺が困るだけだろ!……てか俺の事がり勉君って言うな!」
(今更……)
それでもなおすがる赤城と、キラキラした目を向ける緑川。
……くそ、そんな顔されたら……断れない。
「あ~もうわかったわかった!」
俺は半ば諦めるように、大声を出した。
「……明日から放課後、時間が許す時はお前たちに勉強を教えてやる。緑川。お前は普通って呼ばれないほど、圧倒的な成績を納められるようにな」
「本当ですか!?先輩!」
「赤城、お前は俺がいる限り落第なんてさせない。これだけは賭けてもいい。絶対にだ!」
「!?」
そしてその瞬間、赤城の口からこんな言葉が飛び出した。
「うわぁ……ありがとう、奏多君!」
「……!?」
その言葉に、俺は激しい風圧を感じた。
――奏多君!
遠くに思い出す。まだ色が抜ける前の、青い高校生活。このままずっと続くと思っていた、青い高校生活。
その残影が、俺の目の前に広がって……
「灰島君?」
青柳の声でハッと現実に戻される。
「と、とにかく、お前たちに勉強を教えてやる。ビシバシ鍛えてやるから、覚悟しておけよ!」
「「はーい!」」
赤城と緑川は、大きく声を上げた。
……その日の夜。
「……」
家に帰った後、悶々とする。……俺としたことが、肝心なことを忘れていた。
「なんであいつらの連絡手段聞き忘れてたんだ……」
問5:主に酒と料理との相性の良さと言う意味で使われ、転じて、互いの相性が良いと言う意味でも使われるようになった『結婚』と言う意味のフランス語を答えなさい。
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