第2話 天は二物を与えず
学食にやって来た俺は、辺りを見回す。早速だが、俺はあるものにロックオンをする。
「今日こそ食うぞ……1日限定10個の焼きそばパンを……!」
猛ダッシュで学食のおばちゃんの元に駆け寄ろうと、足に力を入れた。
……は、いいが……
「ごめんごめん。もう売り切れなのよ焼きそばパン」
「……えっ!?」
いやいや待て待て、まだ昼休みが始まって3分しか経ってないぞ。いくら1日限定10個とはいえ、さすがにそんな早く……
「今日はポニーテールの女の子が全部買ってっちゃってねぇ。まぁおばちゃんとしては売れ残るよりは嬉しいけどね」
「マジか……こんなに早く来てもダメだったのか……じゃあ、いつもの焼きそば定食」
焼きそばパンが買えなかったので、こんな風に焼きそば定食を購入し、席に着く……と、満席だ。
仕方ない……本当は嫌だが、相席を頼むか。……あそこの席空いてるし。
「ここ、座っていいか?」
座っている『女の子』に声をかける。女の子は、口の周りにソースを付けて……
……ん?ソース?
「ん~。ん~」
うなずく女の子。……女の子……じゃない。
テーブル一帯に広がる、焼きそばパンが存在していた(で、あろう)ビニール。
「犯人はやっぱりお前かよ!」
俺は大声を上げた。
「赤城!」
「ん~?」
赤いポニーテールの女は、ごくり、と喉を大きく鳴らし、何かを飲み込んだ。
「あっれ~?誰かと思ったらがり勉君じゃ~ん。どったの~?」
「どったの~?じゃない!お前まーた焼きそばパン独り占めしたんだろう!?」
「は?独り占めじゃないし!1個取り損ねた!」
「ほぼ独り占めじゃねぇか!」
そう、この女は俺の幼馴染の赤城 梓(あかぎ あずさ)。運動神経抜群、部活は複数を掛け持ちし、助っ人として参戦した試合は全戦全勝。特にバスケットボールの腕前はすさまじいものがあったっけ。
そして……このブラックホールのような食欲。
昔からこいつは、何にも変わらない。にしても、中学校卒業の時に一度別の学校に分かれたのに、こんな場所で再会するとは……
あとそろそろ、がり勉君じゃなくて名前で呼んでくれ。
「で、食べないの?」
「食べるよ」
そう言いながら口の中に焼きそばを掻っ込む。
「あ、そういや聞いたよ?がり勉君とこ転校生来たんでしょ?」
「あぁ、青柳の事か?」
「うん?ねぇねぇ、どんな子?かわいい?」
……かわいいかどうかはさておいて、青柳の頭の良さは相当のものだ。
──────────────────────
「では、この問題。そうだなぁ。転校したての青柳さんに答えてもらおう」
数学の教師が言っている。すると青柳は立ち上がり……
「……!?」
機械のように正確に、そして迅速に式を黒板に書いていく。
「……あぁ、すいません。いくつか途中式を飛ばしてしまいました」
「せ、せ……正解」
ざわざわと声がする教室。いや、その気持ちはわかる。だって俺も、あの式の半分も解けていないのだから。
国語。
「
……はぁ!?なんだよその言葉!?初耳なんだが!?
「せ、正解……さすが……」
先生も呆れてるし!色んな意味で!
社会。
「では青柳、ラムサール条約の日本語訳を……」
「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」
理科。
「……あ、すいません。数学もそうですが……化学式多少飛ばしてしまいました」
───────────────────────
「……やっべぇよ!やっべえんだよあいつ!」
俺は頭を抱えた。
「あ、調べてみたら載ってたよ。青柳ちゃんのこと」
「え?」
「青柳 凛。国語算数理科社会英語にて比類なき成績を残し、麒麟児と呼ばれた女の子。五教科すべてで基本的に95点以上は当たり前……全国模試、中学2年の時点で全国1位!?」
……全然知らなかった。
そもそもこういう他人に関することは調べたところで意味がないと思っていたし、他人の事を考える暇もないほどの修羅場があったから。
俺はぽかんと口を開けると同時に……ものすごい危機を感じた。
「そんな奴がなんでこんな学校に来るんだよ!このままじゃ俺の唯一の長所の{勉強が出来る}ですらあいつに勝てないっ!」
「ま~ま~。そんな慌てなくていいんじゃない?」
「これが慌てずにいられるか!俺の存在意義が大きく揺らいでるんだぞ!しかも転校生とか言うイレギュラーで!簡単に!だっ!」
「あははは……どうでもいいけど、めっちゃ見られてるよ」
…………
「すんません」
同時に疑問もわいてくる。何故そんな子がもっと偏差値の高い高校に行かないんだ?
確かに俺はそれなりに頭はいい方だが、とても真っ向からぶつかって青柳に勝てるほどの頭の良さがあるとは思えない。
……何か理由があるのか?
「でもさ、あたし思うんだけど……そう言う子って」
赤城が俺の耳に顔を近付ける。
「案外意外なとこで弱点があるかもよ?」
……5限目は体育。俺はこれだけは言える。昼食が終わってすぐの体育の授業は絶滅希望だ。
横っ腹すーぐ痛くなるし、何より食べたばっかりの栄養分を一気に奪われるから、6限目がとにかく眠くなる。
こんなの、喜び勇んでやるのはスポーツバカな奴らくらいだろう。俺とはクラスは違うが、例えば赤城とか。
「こら~!もっと真面目に走れ~!」
そしてこういう体育教師は得てしてうるさい。クソが。
あー、どうせなら俺も、スポーツバカに育ちたかったなぁ。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
そう、例えば天才で体育もすごい成績を残すはずの青柳とか。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
麒麟児とか呼ばれてるくらいだ。そんな奴が勉強以外も苦手なわけが……
「はぁっ……!はぁっ……!はぁっ……!はぁっ……!」
いやいやいやちょっと待て!?今俺の後ろから来てる奴って、青柳だよな!?ゆらぁりゆらぁりと走ってるけど、ゾンビじゃねぇよな!?
いや、口は開いてるし萩本なんちゃらさんも真っ青なヨレヨレ走りしてるし、あれ青柳……だよな!?本当に!?
「いくつか途中式を~」「雲蒸竜変」「特に水鳥の生息地に~」「化学式を飛ばして~」
の、青柳だよな!?
「んえぇ……ふえぇ……ひえぇ……」
ようやく青柳がランニングを終え戻ってきた。校庭2周のランニングで、もうすでに青息吐息だ。
え?俺はどうだったか?聞くな。
「あ、青柳……大丈夫か?」
そして出た転校初日大サービス。どうせこいつは、すぐにケロッと元気になって……
「ら……」
「らいりょーぶれふっ……」
いや絶対大丈夫じゃなーい!なんだよその顔!汗だらっだらじゃねぇか!
軽く水分補給を終え、今日は男女混合でドッジボールをやることになった。
ドッジボールなんて、球ぶつけられる方は痛いだけだろ……俺みたいな力のない奴は球持ったところで戦力にならないし。
「……」
で、こんな時に俺からのボールなのな。仕方ない。せいぜい外野にでもパスして、どうにか決めてもらおうか。
……て、外野も女じゃないか。こんな奴に任せてもどうせ誰一人……
「えいっ」
「ふうんっ!」
ばちん!という大きな音と共に、青柳の手にボールが当たり、地面に跳ね返っていった。
……え?この間。わずか3秒の出来事。青柳は手をぷるぷると震えさせながら外野に行く。……あの乾いた音、めちゃくちゃ痛かったんだな。
と、その瞬間に昼休みに赤城から言われた言葉を思い出した。
――案外意外なとこで弱点があるかもよ?
いや、まさかな……?
さらに、青柳の受難は続く。
「青柳さん!パス!」
と、男が外野に向かってボールを投げる。山なりのボールだ。さすがにあれは俺でも取れる自信が……
「ぎゃっ!」
……派手に背中から転倒。頭部の向こう側へと、青柳のボールがコロコロと転がっていく。
しまいには……
「青柳さん!今度こそ!」
「お、おーらい……」
しかしその両手は掴むことなく目測を見誤り……
ドゴッ
「へぷっ……!」
顔面レシーブ。そして……転倒。
「あ、青柳!?」
駆け寄る俺。特に男女云々には興味はないが、これは人間としてだ。
「大丈夫か!?」
「う、うぅ……大丈夫……」
「な、わけないだろ!?鼻血出てるぞ!?」
と、俺はティッシュを……ティッシュを……しまった、家に忘れてきた!
「……ほら、これ使え」
俺は青いハンカチを取り出した。本来なら手洗い用に使うものだ。
「……わ、悪いよ。灰島君」
「女の子が鼻血垂らしてる見栄えの方がよっぽど悪いだろ」
「うう……」
青柳は鼻の下を丁寧に丁寧にふき取る。
「……まだ止まりそうにないか。先生。俺、こいつを保健室に連れていきます」
「あ、あぁ。頼む」
そしてこんな時に保健室に先生がいないのも学校あるある。
「くそ、こういう時に限っていないのか……とりあえず、そこ座って落ち着け」
「1人で歩けるって言ったのに」
「言ってないだろ。大体こういう時くらい誰かを頼れ」
ティッシュを鼻に詰めつつ、青柳はその場に座る。
「喉渇いてないか?スポーツドリンクくらいなら買ってくるぞ」
「……いい」
「よくないだろ。ただでさえ汗と鼻血で塩分も鉄分も失ってるんだぞ」
「……そんなの、悪い」
……さっきもだが、何が『悪い』のだろうか?
「とにかく、じっとしてろ」
「えっちょっと」
青柳の最後の言葉を聞かずに、俺は保健室を飛び出した。
「ほら、買ってきたぞ」
「だから、私はいらないって言ったのに」
「だから、俺が飲むんだ」
「……は?」
「俺が飲もうと買ってきたんだが、こんなにいっぱいは飲めない。だからお前が飲んでくれ」
首をかしげる青柳。……まぁ、それもそうだよな。
今の俺『これ飲ませてやるから間接キスさせてくれ!』と言ってるようなもんだしな……
……ド変態じゃねぇか!?
どうする!?転校初日の女の子になんてこと言ってんだよ俺!?
こんなんが仮に赤城にでもバレてみろ!俺のぼっち補完計画が最終局面に突入するとこだぞ!?
だから俺はモテないんだよ!いつまで経っても!いつまで経って……
プシュ
「……は?」
ぐび。ぐび。
「ふぅ……半分、でいいよね?」
「え?……あ、あぁ」
青柳はくるりとペットボトルを回し『こっちから飲んで』と指を差す。
(だよな!よかった!)
俺は二つの理由で、心の中でそう思った。
問2.清少納言の『枕草子』
春はあけぼの、夏は夜、秋は何と書かれているか答えなさい。
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