ナイトシフト 2

 夜はほとんど客が来ないので、掃除や品だしなどを終えるとすぐにやることがなくなった。

 二人とも大学一年からこのコンビニで働き出したので手慣れたものだ。

 少しすると大きな駐車場にトラックが止まった。しかし客ではない。雑誌を運んできたのだ。

「サインお願いします」

「おまかせを」

 真衣がサインすると運転手は次のコンビニへと向かった。

 雑誌を固定する紐を切り、おまけなどを挟みながら凛子は真衣に言った。

「相変わらずサインするの好きね」

「まあね。予行練習だよ。りんちゃんにもしてあげようか?」

「まだ売れてないミュージシャンのサインなんていらないわよ」

 真衣はプロのミュージシャンを目指している。何度かステージにも上がったことがあった。大学では軽音サークルに所属している。

 いかがわしい週刊誌を手に取ると真衣は顎に手を当てた。

「ああでも、りんちゃんにサインしたらなんかそういうプレイみたいになっちゃうな」

「体に!? やめてよ! せめて色紙にして!」

「あ。あたしの名前をタトゥーとして彫るってのはどう?」

「いや、わたしどんだけ病んでんのよ……」

「そうだ。MY MAIって彫ろう」

「しかもダジャレなわけ!?」

「あたしは鈴沢さんにしようかな」

「他人行儀! そこはRINとかにしなさいよ!」

 すると真衣は真面目な顔で凛子を見つめた。

 いきなりのことに凛子はたじろぐ。

「な、なによ……?」

「いやさ。もしサインを書くなら婚姻届がいいなと思って」

 それを聞いて凛子は顔を赤くした。

「バ、バッカじゃないの!?」

 恥ずかしがる凛子を横目に真衣は遠い目をする。

「その時りんちゃんの戸籍には数え切れない×印が……」

「人の人生を勝手に重くしないで!」

「大丈夫。子供は一緒に育てるから。ママとして」

「産んだのはわたしなのに? いやまだ産んでないけど!」

「予行練習しとこう。ソフィア。アイーダ。シンイェン。あたしが新しいママだよ」

「国際的な元旦那達! なんで一人も日本人がいないのよ!?」

「需要がなかったんでしょ」

「おい」

 凛子が怒ったところで真衣は作業を終え、開いた棚に雑誌を入れだした。

「心配しなくても大丈夫だよ」

「な、なにが?」

 凛子は真衣を見上げて尋ねる。

 真衣は優しく微笑んだ。

「いざとなったらあたしがもらってあげるから」

 突然の言葉に凛子は顔を真っ赤にした。そしてそれを隠すように立ち上がり、一緒に雑誌を棚に置く。

「べ、べつに心配なんてしてないわよ」

 凛子は真っ暗になった外の景色を眺め、もじもじしながら続けた。

「で、でもいざとなったらそれも仕方ないかもね」

「うん。そだね」

 真衣は優しく頷いたあと、雑誌を見て目を輝かせた。

「そうだ! もし女の子が生まれたら凛子タイプRと名付けよう!」

「そんな車の上位グレードみたいな名前だけはイヤ」

 凛子は打って変わってげんなりした。

 いくらそんな会話をしても、客は来ない。

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