第7話 村の遊び
あの日以来、アユムはレイに誘われて村の子どもたちと遊ぶことが増えていった。
アユムは誘われるとサリナも一緒にと思ったのだが、誘っても断られることが多かった。
サリナは家の用事が忙しいと言うが、元々体が丈夫でないようで、体調を崩していることが多いようだった。アユムにとってサリナは、勝気に笑う元気な女の子だったから、少し意外だった。
初めはサリナが行かないならと遠慮したアユムだったが、当の本人からは鼻で笑われ、笑って送り出されるのだった。
出かけることが増えれば家の手伝いができなくなる。そのことにも気後れしたアユムだったが、ユウはそれを聞くと喜んで送り出してくれた。
僕は何もしないというのに喜んでくれるのだから、みんな変だ。
ユウたちの笑顔を思い出し、アユムは嬉しくてつい笑ってしまうのだった。
※
……早く逃げなければ。
気持ちばかりが焦り、足が空回りしているような気さえする。仲間は次々にやつの犠牲になっていく。あと一体、何人が生き残っているのか。
物陰に潜み、陰からあいつの動向をうかがうアユム。奴は立ち止まり辺りを見渡している。まだ気づかれていないようだ。
だがそのとき、どこからともなくクスクスという笑い声とともに、歌声が聞こえてきた。すると緩やかな風が首筋を撫ぜる。
『……ここから先は通しゃせぬ。風よあの子を留めおけ』
ヤバい! 風は奴の方へと流れ、アユムの居場所を教えていた。
跳ねるようにアユムはその場を立ち去るべく走り出した。
『風の子飛ベ飛べびゅんと飛べ。あの子の尻をひっぱたけ』
だが背後から聞こえるあの歌声が、もう長くはないことを教えていた。
「アユム、捕まえた」
死神の声が耳元で聞こえた。
……結局鬼ごっこはいつも通り、レイの圧勝で終わった。「なんだよまたか」と嘆く子もいれば、「早かったね」と楽しそうに語る子まで、先に捕まった子どもらがわらわらと集まってくる。
レイは駆けっこのヒーローだ。誰よりも早く駆けるし、走りを後押しする風の魔法の扱いもうまい。レイが鬼で呪文を唱えれば、それは死刑宣告だ。疾風のように駆けだして、あっという間にみんな捕まえてしまうのだ。
村では子どもの遊びにさえ、魔法が息づいていた。
アユムでも知ってる鬼ごっこさえ、魔法が使えるか使えないかでその速度は雲泥の差だ。
この村の鬼ごっこは、一人捕まってからの展開が早い。捕まった子どもが呪文を歌い風を送ることで、鬼の背中を後押しするのだ。逆に逃げる子どもに向かい風を送り、足を遅らせる歌もあった。
これらの歌は子どもの間で昔から伝わっているもので、誰が考えたのかは誰も知らない。
一人一人の歌では大した風は起こせなくても、人数が集まれば話は別だ。10人も集まれば台風のようで、初めのうちは転がってしまい笑われたものだ。
村にはほかにも、土を固めて誰よりも高く積み上げる積み木のような遊びや、水を当てあうサバイバルゲームのような遊びまでさまざまあって、そのどれも巧みに魔法を使うのだった。
アユムとレイはよく、双子の兄弟のテッドとジミーや、リンという女の子と遊ぶことが多かった。
ジミーは駆けっこが苦手ですぐに捕まってしまう。だけど慎重なジミーは、綺麗な立方体の粘土をつくるのが得意。黙々と作業を続け誰よりも高く粘土を積み上げた。
双子であるジミーとテッドは、顔こそそっくりだが、二人の性格はまるで違う。どちらかというと引っ込み事案なジミーに対して、テッドは明るく、楽天的だ。ややすると大雑把なテッドは粘土を綺麗につくるのも、積み上げるのも苦手。だけどその人懐っこい笑顔は一緒にいると気分を明るくさせ、お調子者のテッドの周りには常に人がいた。
リンはどちらかというと引っ込み思案。運動も得意じゃないようで、あまり前に出たがろうとしない。でもその歌声は誰よりも澄んで、美しい。そう言うと照れて歌ってくれないが、リンの歌声には大人でも振り向く魅力があった。
だから鬼ごっこではリンが優先的に狙われ、泣きべそをかきながら歌っている姿も珍しくないのだった。
魔法は体内にある魔力を使う。だから遊びすぎると頭痛がしてくるので、ある程度遊んだら休憩をとる必要があった。
「アユムも最近魔力ついてきたよな」
一休みしているとレイが感心したように言った。個人差はあっても魔力は使い続けることで、筋力のようにある程度までは増えるようだ。当初は魔力が少なくてすぐに休憩していたアユムだったが、最近では最後まで何とかついていけるようにもなっていた。
「魔法は使いすぎると頭痛くなるからな~」
そこまで言ってからテッドは何かを思いついたかのようににやりと笑うと、アユムの肩を組み、声を潜めてこう言った。
「でも知ってるか、都会じゃみんな、じゃんじゃん魔法を使っているらしいぜ?」
それを聞きつけたジミーがバカにするように笑った。
「えー、そんなの絶対嘘に決まってるじゃんか。いくら使っても無くならないなんて、そんな力あるわけないよ」
その話は誰でも一度は聞いたことがある話らしく、その会話を皮切りに、みんながそれぞれ知っている話を語りだした。
中にはそんなことがあるはずもない荒唐無稽のものもあり、まるで都市伝説のようだった。
「だって前に来たときシスターが……」
しかしあるとき誰かがそうつぶやいたとき、みんながぴたりと話を止めた。
「シスターの話は禁止だろ」
重苦しい雰囲気の中、レイがぴしゃりと言えばそれきりその話は打ち切りになり、その日はそれで解散となった。
「ねぇ、シスターって誰なの? この村にいるの?」
帰り際、二人きりになったときを見計らってアユムはレイに尋ねた。アユムの中でシスターとは、教会にいる優しそうな女性というイメージしかない。だからこそみんなの反応に強い違和感を感じたのだった。
しかしレイははぐらかそうとするばかりで、中々答えようとはしなかった。
「でも魔法が使い放題だなんていいな。都会ってすごいとこなんだね」
だがアユムがそうつぶやいたとき、レイは振り向き言った。
「シスターは教会の回しもんだ。
母ちゃんたち大人には、今の話するなよ」
西日を背にしたレイは、光に紛れ、どんな表情をしているかはわからない。だがレイの声は、ひどく重苦しく感じてそれ以上何も聞けなかった。
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