第6話 誓い

 3人で食卓を囲んでいると、サリナとレイが何やらごにょごにょと話し込み始めた。

 すると突然、「……なんであいつまで!」とレイが立ち上がり、キッとアユムを睨みつけてきた。それをサリナが宥めるように座らせる。アユムは目の前で繰り広げられる光景に、何が起きているかもわからず対処のしようもないまま、もそもそと食事をとるしかなかった。

 結局、話はサリナが押し切ったようで、満足げなサリナと対照的に、レイは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 食べ終わったしばらくして。二人は目配せすると、レイがこそこそと厨房に潜りこんでいき、帰ってきたときにはいくつかの食べ物を持ってきていた。それを黙って押し付けると、二人は急いで服の中に食べ物を隠し始める。訳が分からないままアユムも隠したのを確認すると、二人は何食わぬ顔で店を出ていくのだった。


「ねぇ、これどうするの?」


 店を出てしばらくしてからやっと、アユムは声を出すことができた。それまでは何を言おうとしても、二人して黙ってろとばかりに口に手を当てられてきたのだ。


「ここまでくれば大丈夫だろ」


 レイがきょろきょろと後ろを振り返りながら言った。まるで追ってから逃げる泥棒みたいだ。二人が服から隠していた食べ物を出したので、アユムもそれに倣う。


「だからこれどうす……」


 アユムの発言を、サリナが手を前に差し出して遮った。


「これから、いいところに連れて行ってあげるわ」


「特別よ」と、悪戯っぽく笑うサリナだった。




 はぐらかすばかりで、具体的なことは何一つ教えてくれない二人についていくと、目的地はどうやら北の森のようだった。初めてここに来たときのことを思い出し、二の足を踏むアユム。だがそんなことはお構いなしとばかりに二人はずんずんと進んでしまった。


 引き返せばまだ間に合う。逡巡するアユムだったが、前を向くとレイが黙ってこっちを見ている。まるで「帰るなら帰れよ」と言わんばかりの挑発的なその目を見て、アユムは覚悟を決めた。負けてられるか。アユムは力強く足を踏み出していった。

 

 高く太い幹をした木々が光を遮るためか、森はひどく暗かった。様々な種類の木が、競い合うように生えていた。

 しかしじっと目を凝らしてみれば、森には不思議なことに、誰かが何度も通ったような道がある。獣道というよりも、確かに人に踏み固められた道で、優に二人は並んで通れる道だ。だがサリナたちはすぐに、その道からも外れて道なき道を進んでいってしまった。


 がさがさと草をかき分け進んでいく。すると行き止まりのような草木林によくよく見ればぽっかりと穴があり、二人は躊躇することなく入っていった。

 これはさすがにと躊躇うが、後ろにはどこを通ってきたかもわからない森森森。しかも心なしか、何かに見られているような気配すら感じる。アユムは慌てて二人の後を追った。


 枝に顔や体を何カ所も擦られながら先を進むと、あるときやっと終点が見えた。視界が一気に広がる。

 そこにはちろちろと流れる小川と、巨大な広葉樹があった。どういうわけか木々はここだけ勢いを失くし、ぽっかりとその巨木にスペースを明け渡しているためまるでスポットライトが当たっているようだ。


 綺麗だ。


 その光景に思わず目を奪われていると、「キャンキャン」と、どこからともなく犬の鳴く声がした。かぶりつくように目を遣ると、1匹の子犬がこちらに向かって走ってきた。

 思わず駆け寄るアユム。

 だが犬はアユムをスルーして、サリナたちのところへと一目散に走り去ってしまったのだった。


「おぉよしよし、いい子にしてたか琥珀~」

 

 いままでにないほどにこやかな笑顔で子犬とじゃれつくレイ。その姿を見て、やり場のない手を慌てて後ろに回すアユムだった。


「ここは私たちの秘密基地よ。で、あの子は優秀な番犬、琥珀くんよ」


 どこまで見ていたのだろう。サリナがくすくすと笑いながら言った。


「これは私たちだけの秘密。絶対誰にも言っては駄目なんだから」


 そう言って口に指を当てるサリナは、木々や川の水から光をキラキラと浴びて、とても綺麗だった。


 どうやら店からこっそり持ち出した食べ物は、「琥珀」という子犬のご飯だったようだ。お腹が減っていたのか、餌を見せると琥珀はすごい勢いで飛び込んできて、アユムは押し倒されてしまった。二人の笑い声が聞こえる。何するんだと恥ずかしさから怒ろうとするのだが、こちらを見つめる潤んだ瞳に、アユムは降参するしかなかった。


 しばらく琥珀と遊んだあと、レイは秘密基地を案内してくれた。


 基地はツリーハウスのように樹の枝を柱として粗末な板や枝、蔦などを組み合わせてつくられていた。ぎしぎしと鳴る縄梯子を登ってみると、案外安定したもので、少し手狭だが、三人乗ってもビクともしなかった。


 樹の上から見れば、さっきまであんなにも怖かった森が、なんてことない林にさえ見えてくるから不思議だ。吹き抜ける爽快な風に、怖さなんて吹き飛ばされてしまった気分だった。


「すごいや、これ二人でつくったの? 本当にすごいや」


 興奮して立ち上がるアユム。すると、樹が揺れてよろめいてしまった。


 落ちる!


 それまでまんざらでもないとにやける顔を必死で隠し、無表情を装っていたレイの顔が、驚き、慌てる表情に変わっていくのを、スローモーションのように見ていた。


 死ぬんだろうか。思わず目をぎゅっと瞑った。しかし空に投げ出された手を、レイの手がしっかと握った。間一髪だった。


 荒い息を吐いてへたへたと座り込む二人だったが、目を合わせると無性におかしくなってしまい、どちらからともなく気づいたら笑っていた。さっきまでのわだかまりが嘘みたいだった。


 それからは三人で思いつくまま遊んだ。熊五郎と遊んでいたように、琥珀に木の枝を投げてはとってこさせたり、基地の周辺で採れる甘酸っぱい実を食べたり、簡単な風を起こす魔法を練習して、水を掛け合ったりした。久しぶりに友だちと遊ぶのは、最高に楽しかった。


「ねぇアユム」


 サリナは言った。


「あなたは犬の熊五郎を魔法で出したいって言ってたじゃない? だから私、どうしても琥珀とあなたを会わせたかったの」

 

 どういうことだろうとアユムは琥珀を見る。熊五郎は黒い毛に茶色い毛が混じった雑種で、顔立ちも全然違うのだ。


「二人はまったく同じではないと思うけれど、動きだとか、鳴き声だとか、きっと似たところはあるはずよ。だから琥珀を見て練習すれば、きっと熊五郎にも繋がると思うの」


 目を瞑って熊五郎の姿を思い出す。すると琥珀の餌を求めて駆け寄る姿が、熊五郎と重なった。あいつも意地汚いんだ。

「そっか、ありがとう」思わず口から感謝の言葉が出た。

 それを聞いて花ほころぶようにサリナが笑った。


「困ったことやわからないことがあれば、まずは私たちに言って。独りじゃわからないことだってあるわ」


 その言葉は心に刺さっていた棘を抜いてくれた。いつの間にか「誰もわかってくれないのだから、相談しても仕方がない。自分の力で解決できなければいけないのだから」と、心のどこかで思っていたのだ。


 気がついたら、涙がこぼれていた。


 それを見てぎょっと驚き、「大袈裟な奴だな」とレイは呆れたように肩を叩いた。だけどそれはむしろ逆効果で、アユムは嗚咽を上げて泣いてしまうのだった。


 アユムが泣き止む頃、気がついたら辺りは少し暗くなってきていた。少し肌寒い。「コホコホ」とサリナが咳をしているのを見て、すぐにレイが自分の服を羽織らせていた。少し顔色が悪いサリナを労わるように背をさすっている。

 一緒にいるのが自然であるような二人を見て、自分もこの輪に加わりたいと、アユムは密かに願うのだった。


 二人は友だち。どんなことがあってもきっとその手を離さない。アユムはこの日、胸に誓った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る