第27話 リーダーの進退

「ええっ!? シンさんが単身で危険エリアに!?」


 ワンダーポリスにて。クリームから話を聞いたキールは、店内で大声を出した。周りの客は必然的にそっちに顔を向ける。


「ちょっと。キール。うるさいわよ」

「ご、ごめん。それで?」

「オルさんとロックさんの二人が危険エリアに向かったの。二人とも、すぐに来てほしい」

「わ、わかったぜ」


 デートの中の二人だったが、慌てて会計を済まし、店を出た。三人とも走ってワンダーポリスを抜ける。


「まったく。こんなヒラヒラの服なんかで来るんじゃなかったわ。走りにくいったら…」


 ブツブツと言いながらも足を動かすローズだった。そして、寮で急いで着替えを済ませた三人は玄関に集まった。そして危険エリアへ移動する。

 クリームがサーチを使って場所を特定しようとしたところで、人影が見えた。それはオルトだった。最初に気づいたキールが声をかける。


「オルさん!」

「え? うそっ」

「おおっ。お前らか」


 ガサガサと草をかき分けながら、最短距離で入り口を目指すオルトがクリームたちのほうへ向かって歩いてきた。


「シンさんなら無事だ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。ロックが救ってくれた。あいつのおかげだ」


 オルトの後ろから現れたのは、ロックだった。しかし、肝心のシンの姿はない。


「え? シンさんはどこですか?」

「上だよ。上」

「は?」


 三人は半信半疑で上を見た。そこには宙に浮いているシンの姿が目に入った。


 ***


 危険エリアから離れた後、ロックはシンをゆっくりと下ろしていく。地面に下ろされた彼は気絶しているのか、ぐったりしている。


「じゃあ、後はよろしく」

「え。ええっと。じゃあ、私、受付の人に言って、医者を呼んできますっ!」


 クリームは走っていく。


「えっと、俺は…」

「とりあえず、シンさんを部屋に運ぶわよ。キール、手伝って」

「お、おお。力仕事は任せておけ」


 キールとオルトの二人でリーダーは運ばれていった。

 受付から呼ばれた医者が寮へ駆けつけ、シンの診察をする。そして、命に別状はないという報告を聞き、メンバーはホッと胸をなでおろした。


 医者と入れ替わりでオルト一人だけがシンの部屋に入っていった。それ以外の仲間たちはダイニングルームで待機する。空気の重さを振り払うように、キールは口を開いた。


「しっかし、シンさん。なんでこんなことを?」

「最近調子悪かったわよね? それじゃない?」

「言ってくれればいいのにな」

「色々あったのよ。リーダーだし…」


 それに対して、キールは不満に思っているのか、無言で首を捻った。少しの間があいたあと、クリームが口を開く。


「それにしても…ロックさん。よく救い出せませたね?」

「ああ。それだ。シンさんはどこにいたんだ?」

「コアだよ」


「「「え!?」」」


 これには三人は驚きの声をあげた。


「コアって、あんた。コアに入ったってこと?」

「うん」

「危険なことするわね」

「そ、それで?」

「大グモに捕らわれてたから、救ったんだ。白い糸の塊から服の裾が出てたからわかった」

「その大グモは大丈夫だったのかよ?」

「まあ、なんとかね。数は多くなかったから」


 ロックの戦い方は少数ならば有効なやり方だった。一対一ならば強い。しかし、大群でかかってこられたらまったくの非効率で、対処できない。


「難度Sにいたって本当だったんだな」

「信じてなかったのかよ」

「いや、だって最初のお前の態度見ると、嘘だって思うだろ?」

「じゃあ今度から難度Sっぽい態度すればいいのか」

「なによ、そのSっぽい態度って」

「そりゃあれだろ。クールっぽい、いかにもな感じなんだろ。『ふっ』とか言って髪をかきあげたりして」

「なにそれ、きっも」


 三人は少し笑った。クリームも口を手で覆って上品に笑っていると、二階から一階へ下りてくる足音が聞こえてきた。それは一人ではなく、二人分の足音だった。

 オルトの次に顔を見せたのはシンだ。入ってくるなり、彼は頭を下げた。


「すまなかった」


 仲間たちは立ち上がり、リーダーを迎えた。そして全員が席につき、シンが重い口を開く。


「このところ体調不良でな。考えがまとまらず、どうかしていた。みんなに心配をかけたこと、申し訳なく思っている。特にロック、オルトは危険を承知で助けてくれた。本当に、感謝の言葉しかない。ありがとう」

「いや、無事でよかったです」


 オルトはそう答えた。少しの間があり、キールが言わなければといった表情で話かけた。


「あの…。シンさん。なにかあったら、俺たちに相談してくださいよ」


 ローズも同じ気持ちのようで、続けた。


「そうですよ。せっかく、私たち一緒にいるんだから」

「お前たち…」


 シンの目はウルウルとしている。それを隠すようにうつむき、照れくさそうに笑った。


「体の方は大丈夫なんですか?」


 ローズは気遣いながら問いかける。


「クモの毒を受けたが、医者が治癒してくれた。手足が少し痺れてはいるが、薬を飲めば大丈夫だろうという話だった。問題はない」

「じゃあちょっと休んだあと、通常通り活動していけますね」

「それについてだが」


 シンはそう言ったあと、息を吐き出し気持ちを整えた。


「今後のことを考えて、リーダーはオルトに任せようと思う」

「「「え?」」」


 オルトは声を出さなかったものの、顔を上げてシンを見ていた。


「こういうことがあっては、リーダーは務まらないと俺は思っている。危険エリアで的確な指示が出せなくなったら、困るんだ」

「じゃあシンさんは?」

「わからない。オルトの元で活動していくか…ここを離れるか、それはまだ決めていない」

「そんな…」


 空気が重くなってくる。


「オルト、やってくれるか?」

「俺はいいですけど、シンさんはそれでいいんですか?」

「…ああ。この辺りが限界だ」

「…わかりました」

「他のみんなもそれでいいな?」

「「「…」」」

「よし。決まり」

「ちょっといいですか?」


 決定されかけたところで、ロックが口を開く。


「シンさん。結論を出すの、早すぎません?」

「なに?」

「体調不良っていっても、一時的なことかもしれない。様子を見たほうがいいんじゃないんですかね?」

「そんな余裕は…」

「いやいや。ありますって。そんぐらいの余裕は。というか、余裕がないと思い込んでるのはシンさん自身でしょ?」

「…」

「まあ、時間の問題ってパターンもありますから、とりあえず休んでくださいよ。なにか話したいことがあったら、いつでも話聞くんで。いっしょに解決していきましょう?」

「そ、そうだよ。シンさん。調子の悪いときに決断しないほうがいいぜ」

「私もそう思うわ」

「オルトは、どう思う?」

「ロックの意見に、賛成です。さっきまでシンさんは危険エリアにいて、助け出された身。どうか体を休ませてください」

「…わかった」


 これで話は一旦終わり、長い休日が終わろうとしていた。

 

 夕食の時間も静かに終わり、ロックはいつものように研究しているとノックの音がした。クリームさんではないということは、ノックの叩く音でわかった。鍵を開けて、彼を迎える。シンはロックの目をまっすぐに見て、やや緊張した面持ちのまま、こう言った。


「お前に話したいことがある」

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