第26話 ブラックスパイダー
「見つからないな」
シンを捜し始めて一時間ほどが経過した。
背丈の長い草をかき分けながら落とし物を捜していくような作業が続く。
危険エリアは広く、隅から隅まで捜そうとすると一日以上かかる。見落としがあったらアウト。今回の件は運が絡んでくることをオルトは知っていた。
「オルさん。ひょっとしたらコアにいるかもしれませんね」
「コア…か」
「どうします?」
このまま全体を見ていくか、それとも可能性のある場所に賭けてみるか。その判断は副リーダーのオルトに委ねられた。
「…お前はどっちがいいと思う?」
「僕に聞きますか?」
「独断で行動したくない。これは、シンさんから教わったことだ」
今、その本人は独断で行動しているけどなというツッコミは置いておいて。
「僕なら、そうだなあ。中途半端になるなら、可能性が少しでも高い方に賭けますよ」
オルトはニヤリと微笑む。それは同意見だということを示していた。
「俺が思うに、確率は六割ぐらいだな。覚悟はいいか?」
「やるしかないでしょ」
「頼もしいやつだ」
彼は微笑んで、コアのほうに向かっていく。ロックはその大きな背中を追った。
危険エリアのコアは魔物の発生源であり、巣の中心部だ。近づくにつれて石にくっついている魔結晶が多くなってくる。赤の半透明のそれは日光に照らされて光っていた。そして、ハエの魔物オオバエの数も増えていった。
そのサイズは親指大と大きく、普通のハエの何倍もある。エサである魔結晶に大量に張り付いている光景は、気持ち悪いの一言だった。コアに入ったことが初めてのロックは、うわあと表情を歪めた。
覚悟って、こういうことか? 難度Sの危険エリアで、コアに入ったことはないが、難度Bでこれなら…考えたくもないな。
人を襲うことはないオオバエの群れは、オルト、ロックが近づくと一斉に離れていく。ブワッと黒いものが宙に散る姿は鳥肌が立つほどだ。
うげえ。
徹夜明けのようなぐったりとした顔をしているロックに対し、オルトは気にしてないといった素振りでナイフで道を開いていった。その彼の足が止まる。
「ロック。あれを見ろ」
前方にまゆのような白い塊が見えた。複数、木にぶら下がっている。それらの大きさは様々で、大きいものだと大人がすっぽりと入るぐらいある。
「蜘蛛のしわざですよね?」
「ああ。たぶんな」
「あの中にシンさんが?」
「手分けして中を見ていこう」
「げっ」
中を見るということは、つまり死体を見るということになるわけで、そう考えるとゾゾゾと背筋が寒くなる。
いやいや。まだ死んだわけではない。おそらく毒によって眠らされているだけだ。後でおいしくいただくために、生かしておくわけだ。
「あまり離れるなよ。やつらが来るかもしれないからな」
やつらというのは蜘蛛のことだろう。ブラックスパイダー。黒の毛が生えた大きな蜘蛛の魔物だ。
手前からナイフを使って蜘蛛の糸の塊を切り裂いていった。中には大型の蝶が入っていて、目をそむける。
次だ、次。
「ロック! 来たぞ!」
オルトの声に反応し、そっちに目を向ける。ブラックスパイダーが木に張り付いていた。あっと思った瞬間、やつの姿は消えていた。そこからジャンプし、素早い動きでオルトを追跡しているようだ。彼は走ってきて、こっちに逃げてくる。
ロックは素早く自分にスピードアップの魔法をかけた。そして、オルトにもかける。通常の走る速度では容易に追いつかれるので、まずは素早さを上昇させることが重要だった。彼は、ふわりと体が軽くなることに驚いた顔をしていた。
「お、おおっ」
「オルさん。火系の魔法は使えます?」
「ああ。使うか?」
「お願いします」
二人は立ち止まり、ブラックタイガーが向かってくるほうに向き直した。
「ファイアボール!」
リングの明滅のあと、火球が発射された。そのまま直進してくる蜘蛛に当たってほしかったが、そこは素早く回避される。その程度の魔法では、野生を生き抜いている生き物に一撃を浴びせることなどできはしない。
「くっ!」
「火系はそれだけですか?」
「すまん。威力の低い魔法しかない」
難度の違いだろう。この危険エリアでは高威力の魔法は使われない。使う必要がないからだ。難度Sでは、別の会社の連中がバンバンと派手にやっていたのを思い出す。その近くでロックが別の戦い方をしているとは、連中も気づいていないようだったが。
「わかりました。じゃあ、下がっててください」
「な、なにをする気だ?」
「説明してる暇はないですよ」
草をかきわける音が近づいてくる。そして、ブラックタイガーは獲物のロックに向かって飛びついた。が、彼の前にはいつの間にか障壁が作られていた。
魔法プロテクトガードは、物理攻撃を防ぐ。弾かれた隙を狙って、ロックは連続状態異常魔法を飛ばした。その内容はポイズン、マナポイズン、スロウだ。効果のあるなしは不明だが、どれかヒットするだろうという予想の元、飛ばした。その発動光線は次々とブラックタイガーの体に命中し、弾ける。
「さ、あとは上に上がりますよ」
「な、なに?」
使うのはダテレポの改造版。ステイだ。まず始めにオルト、次に自分自身にかけた。
「う、うわっ!」
「じっとしててください。落ちますよ?」
体が上昇し、十メートルほどのところで止まる。通常のダテレポではそこから落ちるのだが、このステイはそこにとどまる。つまり、安全な上から魔物の動きを観測できた。
先程のブラックタイガーは、獲物が上に逃げたことでどうにかジャンプして捕まえようとあがいていた。しかし、この高さである。それは無理だと諦めたところから動きが鈍くなっていった。そして。
うろうろと動いたあと、ついにはぐったりと倒れた。ポイズンかマナポイズンのどちらかが効いた効果が現れていた。あるいは相乗効果か。
「よしっ。あ、オルさんはそこにいてください。あとは僕がやりますから」
「え? ちょ、ちょっと待てっ! 俺をこの状態のまま放っておく気か?」
「いやだって、襲われたら守らないといけないじゃないですか。そこは安全だし、面倒なんで」
ロックはニコリと笑顔を見せ、ステイを解除。ゆっくりと地面に着地した。
「ちょ…おま…」
オルトは這いつくばるような格好のまま、苦笑いした。そして一言もらす。
「…なんてやつだ」
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