第25話 いなくなったシン

 本日は休日である。

 ロックは一日宝珠の研究を進められる日ということで、わくわくしていた。休日の朝は、何時に起きてもいいのだが、朝食の時間は決まっている。なので、いつもどおり六時に起きる。


一階のダイニングルームには、いつものように仲間たちが集まった。しかし、一人だけいない人がいた。それがリーダーのシンだ。


「シンさんは朝食はいらないようだ」


 オルトの口からそう伝わった。しかし、今日は静かだった。それもそのはず。いつも騒がしいキールとローズの会話が弾んでないからだ。それに気づいたオルトが声をかける。


「今日は妙に静かだな。お前ら、どうした?」

「え? な、なななにが?」

「わ、私たち、ふつーよ。ふつー。ね、ねえ?」

「お、おお。ふつーだよな。まったくもって普通の休日だ」


 自分たちから普通だと言うやつは間違いなく普通ではない。


 よそよそしい二人は朝食の後、こっそりと一緒に出かけていった。二人は今日デートをして、キールが告白するというスケジュールになっていることをオルトだけは知らない。

 

 成功を祈って、自室に戻ったロックは研究を始めた。彼が今、取り組んでいるのは条件発動型回復魔法だった。


これは電撃目覚ましの応用だ。ある条件になったら自動的に発動する。例えば自分がダメージを負えば自動的に回復魔法が発動するといったことに応用できる。


 そんなことなら、初めから自動回復を使っておけばいいじゃないか?

 そう思うかもしれない。しかし、自動回復魔法は常に魔力を消耗する。時間がたてばたつほど魔力を失い、その量は思ったよりもずっと大きくなる。


 魔力が空になれば当然、魔法は使えない。魔力を回復する術は基本的に食事を食べて寝るしかない。そういうわけで、必要なときに、必要な魔法を発動することが消費を抑えるべき点で重要だった。


 問題は自分がダメージを負えば、という判定をどう設定するのかというところだった。そこでロックが探して見つけたのがロストマジックである魔法スピリットチェックだ。


 これは自分の精神状態を調べるための魔法だ。ただ、いくつか問題があった。それは、怒り、悲しみなどの負の感情だけではなく楽しいなどの正の感情も同じように反応してしまう点だ。


 ロックがやったこと、それは膨大なMコードの改造だった。既存コードを切り離し、さらに新たな指標である危険値の式を作るなど、独自に値を作り上げた。


 実験体は自分だ。この設定がうまく起動するかを試すためには、自分に傷を負わせなければいけない。ロックはワンダーリングを装着したままナイフを取り出して、自らの腕を浅く切りつけた。少し血が出て、後からジンジンと嫌な痛みがくる。だが、確かめたい魔法の発動にはいたっていない。


 危険値が高すぎるから反応しなかったのか。


 コードの値を変更し、反映。今度はどうかなと様子を見ると、発動を示す明滅が繰り返された。そして、フワッと体が軽くなったかと思うと、傷の修復が始まる。腕の傷はなくなり、成功した。


 ロックはニヤリと微笑んだ。

 よし。これでオートヒールが一応できるようになったわけだ。効率のいいオートヒールが。


 時刻は昼前になっていた。そろそろお昼の時間帯、少し過ぎてもいいかと思っていると。

 コンコン。

 ノックの音がして、またクリームさんかと思う。いつもなら夕食後に来るのが最近の習慣になっているが、今回は違った。返事を返す間もなくドアが開かれる。


「ロックさん。大変ですっ」


 血相を変えたクリームを見たとき、これはただごとではないなとすぐに感じた。



 ダイニングルームに集められたのは今いるオルト、クリーム、ロックの三人だった。年長のオルトが口を開く。


「シンさんが部屋からいなくなっている。靴もない。それだけなら問題ないが、部屋の机の上にこんなものがあった」


 それは遺書だった。オルトは気を遣ったのか、中身には触れなかった。だが、彼が死のうとしていることはわかった。


「まさか、危険エリアに?」


 死ねる場所といえば、この近くだと危険エリアがうってつけだ。


「クリーム。お前はキールとローズ。二人を呼びに行ってくれ。俺とロックはシンさんを捜す」

「わ、わかりました」

「待て。俺にポスをつけてくれ。後で捜し出すことができる」


 彼女はリングを装着し、オルトに近づいてポスをかけた。そして、ジャージ姿のまま、バタバタと急いで出ていった。


「行けるな? ロック」

「もちろんですよ」


 さすがに緊急事態だ。こんなときまで研究を優先しようとするほど薄情ではない。オルトとロックは制服に着替え、寮を出た。


 先に外で待っていたのはオルトだ。ロックは宝珠に登録している魔法のチェックがあり、準備に少し時間がかかった。


「オルさん。鍵はシンさんが?」

「ああ。スペアは俺が持っている。だから開けられる」


 重厚な鉄のドアを開けて、通路を通る。そして金網の両扉をギギギと開けると、もうこの先は魔物の巣だ。


「どうするんです? 手分けして捜しますか?」

「いや、一人は危険すぎる。コア以外の順番に捜していくことにしよう」


 コア。

 つまり危険エリアの真ん中だ。そこは魔結晶のエサが集中している場所で、エリアの中でもっとも危険だ。それ以外のポイントを順番に見ていく。長い捜索になることは予想された。


 ***


 まさか、俺がここで死ぬことになろうとは…。

 シンが朝ご飯を食べず、こっそりと寮を抜け出し、向かった先は危険エリアだった。


 長袖長ズボンの私服姿で、ワンダーリングは身につけていない。自殺行為だということはわかっていた。過去、シンは部下に何回か叱責してきた。必要な宝珠をハメ忘れることや、リングの手入れなどを怠った部下にだ。

 「バカ野郎! 死ぬ気か!」と。


 仲間を一人も死なせたことはない。それを密かに誇りに思っていた。そんな俺が自分で命を断とうとしている。最初の犠牲者は自分自身。


 ふふっ。

 あまりにもバカな結末に笑えてくる。


 全てはゲオルグがやってきた日からおかしくなった。やましいことをしているという気持ちは必要以上に苦しいことがわかった。それでもいつもどおり魔物退治をこなしていけば、一所懸命に仕事に取り組んでいれば忘れることができるだろう、そんな期待をした。


 しかし、体調不良からか、ミスが起きた。仲間を危険にさらしてしまった。そのとき対処してくれたのはオルト、ロックたちだった。副リーダーと新しく着任した部下がカバーして、事なきを得た。ホッとしたと同時に思ったことは、自責の気持ちだ。ふつふつと湧き上がる気持ちを、どうしても抑えることができなかった。


 自分の小さなプライドを守るため、金を得たいがため、自分で自分の首を締めている。そして、この惨めな結果はなんだ? 唯一の誇りにしていた仕事すらまともにこなせない俺は、リーダー失格だ。


 仲間たちは気遣ってくれているのか、なにも言ってこなかった。それが逆に自責の思いを強くした。そして、気づくと立っている床が崩れて、穴の中に落ちていくような感覚に襲われていた。感情の制御ができなくなり、負の感情ばかりが脳内をグルグルと駆け巡る。


 どうせ独り身だ。

 マジメなだけじゃダメなんだ。

 俺がいなくなっても困るやつはいないんだ。

 だって、仲間たちが、オルトとロックがフォローしたじゃないか。俺はそのときどうしてた?

 立っていただけだ。リーダーが指示を飛ばさず、立っているだけ。

 そんなリーダーは、必要ない。


 自分は弱い。弱すぎる。


 危険エリアといえども、殺してくれる魔物はなかなか見つからない。魔物たちのほとんどは凶悪ではない。数を増やすことで生き延びる戦術をしているやつらは魔物になったところで体の大きさは小さく、人間に向かってこようとするものはマレだ。


 中心部…コアに行かなければ…。

 シンは普段通ることがない草むらを進んでいった。

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