第23話 クリームと撮影会
「名前はメディ。依頼主は知らされていないみたいだけど、僕の変なことしてる証拠写真を撮るように依頼されたみたい」
ロックはクリームを自分の部屋に呼んでから、見知らぬ少女の説明をする。この黒髪ショートの前髪ぱっつん女子はクリームと比べても十センチ以上背は低く、身体も細い。
もしものときのために、末端に依頼主の名前は伝えられていないのだろう。まあ、どうせゲオルグだろうけど。
「見張られてたんですか?」
「気づいたのは昨日の夜だよ。ちょうどクリームさんと話してた時間帯かな」
「あのとき…」
彼女は昨日のことを思い出しているのか、斜め上のほうに視線がいった。
「それで、今からクリームさんに手伝ってもらいたいことがあるんだ」
「なに?」
「ちょっと考えたんだけど、証拠写真撮ってもらおうと思って」
「え? どういうこと?」
言っていることの意味がわからないと、クリームは首をひねった。
「こ、これでいいの?」
「う、うん。いいよ」
ロックは今、ベッドで仰向けに寝転がっている。その上に肘を立てて、覆いかぶさるような体勢でいるのは白のワイシャツ姿のクリームだった。
彼女の顔は少し赤くなっている。横に立っているメディはワンダーリングを装着していた。魔法で撮影するようだ。
「なんで私がこんなことを…」
「変なことしてるっていったら、こういうことでしょ?」
「そうだけど、そうじゃないっていうか…」
証拠写真が必要なら、それを撮らせてやればいい。ロックはやつらの今後の動きを知るためにわざとエサをまくことにした。その写真を使う場面で、実は偽装でしたといえばその写真は無意味。メディも仕事が達成できて一石二鳥となる。
「じゃあ、撮ります」
魔法で撮影するということだが、手に持っているものはなにもない。カメラを使うかと思ったが、違うようだ。代わりに手をゆっくりと動かし、なにかを動かしているような感じを見せた。
不思議な光景だ。というか、こうして男女がもつれ合う姿を撮影している風景は、これからエッチな撮影が行われる現場みたいだった。
「お、終わりました?」
「もう一枚。今度は女性が下になってください」
「え? まだやるんですか?」
カメラマンの指示に従うように、ロックとクリームは体を入れ替える。
「うう。なんで私がこんなことを…」
「僕も初体験だよ」
「というか、さっきから胸ばっかり見ないでくださいよ! エッチ! 変態!」
「わ、わかったよ。じゃあ顔を見るから」
胸を見るなとか、拷問か?
息遣いが聞こえる距離でお互いの目を凝視する。先に目をそらしたのはクリームだった。ロックの顔も赤くなる。
「見すぎだってばっ! なんなの! もうっ!」
「いや、クリームさんが胸見るなって言うから」
「だからって!」
「あの…。お二人とも動かないでください」
「「あ、はい」」
指示された仕事のように二人は停止する。
自分が提案しておいてなんだが、なんだこれ? ここで手が滑った〜とか言って密着したら怒るかな? 怒るよな。でも、柔らかな双丘を堪能したいというのも事実。
一、一時的な興奮を味わえるが、確実に嫌われる。
二、なんとか我慢して、嫌われるのを防ぐ。
二を選択したロックだったが、かなり迷った。しかも選択した後、悪魔の囁きが聞こえる。
こんなチャンスは今後、二度とないぞという囁きだ。
くっ! なんという性欲の魔物…いや、魔王だこいつは。本当の敵は外にはない。自分自身だ。
「あの。リアリティを出したいので、できれば、こう…胸元を見せるような感じで」
「ええ!? そ、それはちょっと…」
「でも、依頼主が納得しない場合があるので」
もっともな理由だが、この女子。なんてことを指示しやがる! こっちはいっぱいいっぱいだっての! 決壊すんぜんのダムだっての!
「お願いします」
「わ、わかったよ。ちょっと待って」
クリームは恥ずかしそうに胸元のボタンを外し始めた。
おいおいおいおいっ! 正気か! 正気なのか、この女! いや、待て。こんなこともあろうかと、僕には秘奥義がある。
ロックは目を閉じた。
全てを闇に葬る究極最終奥義、その名もファイナルシャットダウン。
ふ…ふふふ。これなら問題ない。見えなければ魔王は復活しないのだ。勝った。
「あのぉ。ロックさん。目を開けてもらえませんか?」
な、なんだとっ!?
「こ、このままじゃダメなのか?」
「不自然なので」
く…。たしかに覆いかぶさっておきながら、この距離で目をつぶるのはおかしいかもしれない。
ロックはチラッと目を開けた。そこにいたのは息遣いの荒い、頬を赤くしたクリームだった。しかもワイシャツの胸元のボタンは外されており、そこから谷間が覗いている。
魔王、襲来。
「うわあああああああああああああああああっ!」
ロックはその場を離れ、頭を抱え、床にゴロゴロと転がり始めた。
「無理無理無理無理無理むりむりむりむり〜っ!」
壁にぶつかったところで止まった。
なんてこった。軽い気持ちで撮影会なんて始めるんじゃなかった。
「ちょっとロック! うるさいわよっ! なにして…」
最悪だった。隣人がいるのに、バタバタしてはいけない。そんなことはわかっていたはずだ。だからうるさくしてしまったら、ローズが来てしまうことは必至。
彼女の視線はまず、ベッドで起き上がったクリームに注がれる。彼女は当然、胸元が見える状態である。そして、次に目を向けたのは少女と、床に倒れているロックだった。
「あ、あんたたち。な、なにして…」
「ご、誤解だ! これは、撮影会!」
弁明しなければいけないと、ロックは素早く立ち上がる。
「撮影会? なんの?」
「えっと。こ、こちらのかたはウィッチーズの広報部の人だ。それで、クリームさんを撮影したいって」
「なんで胸元がはだけてるのよ? というか、なんであんたの部屋で撮影してるわけ?」
「えーっとお…」
やばいっ。言い訳が思いつかん!
「ちょっとクリーム。この男になにか言われた?」
「あ、いや別に…」
「ここを離れたほうがいいわ。行くわよ。クリーム」
「あ、ちょっと、ローズちゃん」
バタバタバタ…。
クリームはローズに腕を引っ張られて、その場を離れた。
ドアを閉め、とりあえずホッと息をはく。
なにも変なことはして…いや、してはいたが、犯罪ではない。クリームさんが余計なこと言わなければ、なにも心配はいらないはずだ。問題は他にある。
「それで、撮れたの?」
「うん」
少女メディは魔法発動を終えたのか、リングの明滅はなくなった。
「これで、君のほうの仕事は達成したわけだけど、これから戻るんだよね?」
「ええ」
「一つ聞きたいんだけど、今の、どうやって撮影したの?」
「それは言えない」
「秘密ってことか」
「そう。あなたと同じオリジナルな宝珠を使っているだけ言っておく」
「…」
「私としても、あなたが使っている宝珠の中身を知りたい」
「それは言えないなあ」
「じゃあ、今後、機会があれば教えて」
「機会なんてあるのかな?」
「今回の件、私の方にリスクがある。あとで偽装と判明したら、私へ責任が問われる」
「そのとき、か」
「そう。組織を離れることになったら、もう関係ない。連絡はそのときになったらする」
メディからテレパシーコードが書かれた連絡先のメモが渡された。ロックはテレパシーの宝珠を持っていなかったので、受付へのテレパシーコードを教える。
「今後のことを考えて、自分用のテレパシーは持つべき」
彼女はそう言って、窓に向かって歩いていく。どうやらそこから飛び降りて、この場を離れるようだ。
「ねえ。メディさん」
「なに?」
「魔法の実験体になってくれるなら、教えてあげてもいいよ」
「…」
彼女は無言のまま窓を開け、去っていった。
一難去って、また一難。そのあと、夕食後にローズから呼び出されることになった。目つきの鋭い彼女がそこにいた。
「ちょっと来なさい。話があるわ」
「はい」と返事し、隣の部屋へ向かうことになった。
こ、怖い。
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