第21話 メディ捕獲

 ジリリリリッ! バンッ!


「ふあああああ〜。よく寝た」


 ロックはベッドから起き上がり、わざとらしく声を出す。言葉とは逆に目の下にクマができ、まったく眠れなかった。

 演技するのにもわけがある。ダサーチにより偶然、天井の方向に魔法を使用しているやつがいることを知ったからだ。寝坊防止のためにつけておいたワンダーリングを外した。


 これは思ったよりきついな。いきなり襲ってくるかもしれないと構えていると、体が熱くなって眠気がなくなる。ゲオルグが体調不良を狙っているとしたら、まんまと思惑通りといったところだが、そんなわけがない。考える時間が十分すぎるぐらいあったので、整理する。


 考えられることは密室での恥ずかしい行為を何らかの記録媒体に収めるつもりなのだろう。それ専用の専門家が近くにいて、今もおそらくチャンスを狙っている。記録をとったあとは、それをネタにして解雇に追い込む、とまあそんなところか。


 朝食までにはまだ時間がある。ロックは机に向かい、昨日の続きに取り組み始めた。といってもふりだ。目的は別にある。

 いつもの僕は空いた時間があれば、机に向かっている。狙いはダサーチ。いつもどおりの行動をしていれば怪しまれることはない。


 宝珠は登録されているので、あとは手首にはめて使うだけだ。

 矢印が浮かび上がり、やはり斜め上を指していた。

 やっぱりまだいるな。しつこいやつめ。


「トイレでもいくか」


 部屋を出て廊下を歩き、階段を下りる。そこですかさずダサーチを使う。矢印はロックの自室へと続いている。その矢印の傾きは停止したままだった。

 追跡しているというわけではなさそうだな。


 トイレに入り、用をすました。ダイニングルームには食事係のおばさんがいて、調理している最中だった。トントントントンと包丁の音が聞こえてくる。

 一階は大丈夫か。だとしたら、ここにオルさんを呼ぼう。


 ロックは自室へ戻り、パジャマから私服へと着替えた。廊下に出て、オルトの部屋、そのドアをノックする。少ししてから彼がドアを開けた。パジャマ姿の眠そうな彼が出てきた。


「どうした?」

「ちょっと相談が」

「…待ってろ。少ししたら行く」


 ロックは一階へ行き、ダイニングルームに入り、おばさんに挨拶。イスに座った。遅れて私服姿のオルトが顔を出した。地味なTシャツ、長ズボンとロック同様にラフな格好だ。彼は挨拶してから向かい合うようにして席につく。


「なんだ?」

「屋根裏部屋への入り口はどこですか?」

「…それを聞いてどうする?」

「そこに、誰かがいます」

「どういうことだ?」


 ロックは昨日あったことをかいつまんで話した。


「確かか?」


 うなづくロック。


「しかし、本部からの刺客…と呼んでいいのかわからんが、信じられん話だな」

「アークさんの話は前、しましたよね?」

「今回は二回目ということか」

「おそらく」

「しかし、前の話といい、俺がこの目で見たわけじゃない。嘘かもしれない可能性もある」

「…」


 オルトさんの言うとおり、真実である証拠はない。加えて、まだ数回しか話したことがない仲間だ。信用しろというほうが無理かもしれない。


「だが、お前のことを信じよう」


 ロックはホッと息を吐き出す。


「なぜです?」

「いつもと様子が違うからな。それに、お前は嘘をあまりつけない性格だろう? クリームもロックは嘘が下手だと言っていたからな」

「あざす」


 クリームさんに見破られるってなんか悔しいな。


「屋根裏部屋へは、確かシンさんの部屋から上がれるはずだ。うる覚えだが、天井にフタがついていた」


 オルトはコップに入れたお茶を味わうようにしてチビチビ飲んでいた。


「シンさんか…」

「俺に聞いたということは、疑っているのだろう?」

「はい。もちろん」

「ふっ。正直なやつだ」

「シンさんはもう少ししたら、ここに来ますね?」

「そうだな。…やる気か?」

「はい」

「一人で?」

「一人のほうがいいでしょう。失敗したときの責任は僕一人でいい。いないことを尋ねられたら、僕は早く食ったということにしてください」

「わかった」


 ロックは自室へと戻った。


「朝食早めに食ったし、仕事の時間まで研究するかあ」


 わざとらしく声を出し、机に向かう。

 やがて、朝食の時間となり、メンバーが次々と廊下へ、廊下から一階へと下りていった。少しして物音が立たなくなった頃合いを見計らい、「トイレトイレ〜」と言いながら廊下へ出る。そして、シンの部屋に素早く入り込んだ。


 ベッド、机、本棚がある普通の部屋だ。天井を見ると、フタがついていた。机の上に上がり、フタをゆっくりと開ける。そこから天井裏の様子を眺めた。ダサーチ発動。

 矢印の方向に目をやる。暗い天井裏。明かりがついていた。いったん頭を引っ込めてフタを閉めた。


 いたな。暗闇でわからないが、おそらく一人。

 ワンダーリングを手首にしっかりとはまっていることを確認した後、ごくりと唾を飲み込んだ。


 今更ながら、一人だけこの下を見張る役として手伝ってもらえばよかったかな。しかし、朝食のいつもの時間に二人いないのはシンさんに怪しまれる。これがベストか。


 オートリジェネ発動。


 自動回復魔法を自分に付与した。なにかあったときのための保険だ。

 持続魔法は消費が激しいので嫌いだが、傷を受けたあとでは遅い。相手はおそらくプロだ。あっさりと捕まるとは思えない。…行くぞ。


 フタを開け、天井裏に上がり込んだ。そこは足場の悪い低い場所だった。物音が聞こえたようで、そいつが気づく。動く気配がした。


「待て!」


 ヒュン!

 飛んできたナイフが顔をかすめた。

 あぶねっ!

 柱が邪魔をしていて足場の悪い場所だったが、そいつは素早く移動し、近づいてくる。


 だが、入り口は一つ。このまま動かなければやつは出れない。距離を詰めれば状態異常魔法を打ち込める。…ん?

 なにか足元に転がったと思ったら、それは勢いよく破裂した。


 ボンッ!


 煙幕が広がる。


「げっ!」


 魔法じゃなくてアイテムか!

 一瞬にして視界が白いモヤで塞がれる。息ができなくなり、慌てて部屋の方に引き返した。すぐに、やつも下りてくる。窓に飛び込み、逃げようとした背中へ連続の魔法を放った。三つのうち二つは命中。 バリンッ!


 窓が割れて、外に逃げていった。窓の下をのぞくと、少女が走り去っていくのを、ロックは見下ろしていた。




「いやだから、変なやつがいきなり現れて。それでシンさんの部屋に入ったからなんだろうって追ってみたらこの状況になったんですって」


 窓ガラスが割られたので、ダイニングルームで状況説明する手間が発生した。シンは「そうか…」と詳しいことは問わない様子だった。


「何者なのよ?」

「知らないよ。顔まで見てないし」

「もしかして盗難か?」

「シンさん。持ち物調べたほうがいいぜ、これ」

「…シンさん?」

「ん? あ、ああ…。なんだ?」


 オルトの問いかけに、ボーッとしていたのかシンが慌てた様子で口を開く。


「今回の件、キールの言うとおり、各自、自分の持ち物を調べたほうがいいと思いますが」

「そ、そうだな。そうするか」


 彼はまだ本調子ではなかった。今の状況もなんだか、ひどく疲れている。それも報告を聞いてからさらにドッと疲れた、そんな印象だ。


 いつもの魔物退治の開始時間は一時間後ろに下がった。それは、各自の持ち物を調べる時間に、本来なら当てられる時間だった。だが、ロックはまったく別の行動をする。


 朝食後、こっそりと外に出て、追跡を開始。三つ当たったうちの二つ。それは居場所が特定できるポス、そして、じょじょに眠気を誘うスリープだった。

 サーチを使い、五百メートルほど離れた位置に急ぐ。たどりつくと、林の中でうつ伏せに倒れて眠っている少女を発見した。

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