第20話 なにか上にいる
夜。クリームさんはノックして入ってきた。ロックはいつものように勉強机に向かい、彼女は座布団の上に体操座り。さっそくキールに話したことを伝える。
「ふうん。キールくんとローズちゃんの手助け、か」
「そうだよ。二人して今度の休みにワンダーポリスに行く予定だ」
「ローズちゃんには伝えたの?」
「うん。キールのやつが恥ずかしくて誘えないってことだったから僕の口からね。まったく世話が焼けるやつらだよ」
「ふふ。ロックさんがそんなセリフ言うと、なんか変だね」
ロックは彼女の笑い声を聞いて、ホッとする。怒っているんじゃないかと思っていたが、そうでもないようだ。聞いたことない激しい「もうっ!」だったので、心配した。
「ん〜。難しいな」
「どうしたの?」
「いや、ちょっとね…」
カタカタカタカタ。
ロックはいつものようにオリジナル宝珠のカスタマイズを行っていた。ディスプレイにはMコードと呼ばれるコードがズラッと何行にも渡って並んでいる。彼女は立ち上がり、それを後ろから眺めていた。
「なんか、すごい文字だらけ…。なにしてるのか、意味不明なんだけど」
「知らない人が見たら驚くだろうなあ」
「今やってるのが、宝珠の改造?」
「まあね。ダサーチの改善」
「ダサーチって、あの魔法使用者の位置を特定するっていう…」
「うん。どうにか範囲を広められないかって思ってるんだけど…」
Mコードは通常、専用のプログラマーによって打ちこまれている。よく使われるメジャーな魔法のコードであればきちんと整理されて見やすいが、ロックが扱うのはロストマジック。需要のない魔法だ。それらのコードは素人が書いたものが多く、わかりにくいのが問題だった。
「ほんと、他人が書いたコードは見づらいなあって思う。関数名、変数名もわかりづらいし、そもそもわかりやすい書き方してない。拡張性がないし、なぜそのコードを入力したのかっていうコメントもない。最悪だ」
「は、はあ。大変だね」
クリームは苦笑いを浮かべる。なにを言っているのか意味不明のようだった。
「素人は短めのコードがいいコードだって勘違いするから困るん…」
ん?
ロックは今、ダサーチを発動してコードの確認をしているのだが、そのダサーチの矢印が反応を示していた。それは弱い反応だが、矢印は確かに斜め上のほうを向いている。
誰か…いる? 上に。
言葉が途切れた彼に、クリームは声をかける。
「どうしたんですか? ロックさん」
「いや、別に」
隣か? ローズが魔法を使って…。
いや、ない。そもそも、物音一つ聞こえないところからして、彼女は今、室内にはいない。たぶんだが、キールの部屋に行ったと思われる。お互いの声が筒抜けだと知れば場所を変えるはずだ。つまり、ローズはキールの部屋にいると予想できる。
キールの部屋は、一つ部屋を挟んだ向こうの部屋…。そこから魔法を使って、この反応はありえるかもしれないが、そもそも斜め上。位置がおかしい。というと、考えられることは一つ。アークの次に来た相手ってことになる。
「ロックさん?」
「ああ。クリームさん。そういえばパン屋でバイトしてたんですよね?」
「はい。そうですけど、突然なんですか?」
「いや…。僕、接客苦手だから、コツがあれば教えてほしいんだけどと思って」
「え? コツですか。う〜ん…」
こっちが気づいたことを相手に気づかせてはいけない。そうなれば面倒くさいことになる。自然な会話を続け、気づかれてないと思わせておかないと。ただ、向きからして天井裏、あるいは屋根の上か。天井裏であれば、入り口は限られているはず。そこを押さえれば、捕まえることは可能だ。
しかし、なにをしようとしているんだ? 僕を魔法で殺す? いや、そうであればさっさとそれを実行に移しているだろう。もっと別のなにかが目的なんだ。それがわかれば…。
「笑顔、ですかね」
「笑顔? ふ〜ん」
「なんかいかにもどうでもいいって返しですね」
「僕には無理な領域だからね」
「そんなことないですよ。練習すればできるようになりますって。ほら、今から練習してください」
「いやだ」
わかってないなあ。クリームさんは。練習しても無理なものは無理なんだ。
「もう。わがままですね。そんなに接客嫌ですか?」
「あんなことは二度としたくない」
「なんの店だったんですか?」
「両親が経営してる宝珠屋。そこでレジをしたり、品出ししてたりしてたんだ」
「へえ。珍しいですね。そういう店で働くのって」
「そこへちょくちょく買いに来るクソオヤジがいてな。そいつがマジで嫌だった」
「あはは…。そんな酷い客だったんですか?」
「ああ。ゲオルグ並に嫌な野郎だった。こっちは常連のお客様だぞと言わんばかりの態度でさ。酒くさい臭いを醸し出しながら、店に来るんだよ。それで撒き散らすのは愚痴だ。昔、おたくから買った宝珠で不良品があって大変だったとか、別の宝珠店はこれだけまけてくれたから、おたくもまけろとか、まともな接客一つできないのかとか、あげくの果てに宝珠にわざと傷をつけて安く買おうとしたり…あああっ。思い出しただけでも、ぶん殴ってやりたい気分になるよ。耐え抜いた僕を褒めてほしいもんだね」
「それはその…大変でしたね」
「うん。だから僕は心に誓ったんだ。接客なんて二度とやらんっ! 誰がなんと言うとやるもんかっ! って」
つい拳を握りしめ、熱く語ってしまった。これで上にいるやつが気づいているとは思わんだろう。
「クリームさんのところは変な客いなかった? ていうか、いたよね? 絶対」
「いましたけど、そこまでは…」
「キレるぐらいではなかったと?」
「そうですね。ちょっと困ったなと思ったのは、やたらと声をかけてくる男の人たちがいたことぐらいでしょうか」
「なるほど」
若い女子。しかも巨乳で顔も可愛い。そんな子がパン屋の制服を着ていれば、声をかけたくなるだろうな。お近づきになりたいと、男なら思うか。ストーカーにまで発展するケースもあるから、運がよかったとしか言えないな。
運がいいという話では、今、僕は運がいいと言える。女子と夜、二人きりになれる環境があるのだから。ただ、宝珠の研究という観点からは、運が悪い。
夜、遅くなり、風呂の時間帯だ。彼女は自室に戻ることになった。
「なんか雑談ばっかりしてますね」
「それでいいんだって。余計なこと考えなくていいから」
「余計って、なんのこと言ってますか?」
「いや…。これからもご指導、お願いします」
「よろしい。じゃ、また明日」
パタンとドアがしまった。
さて。どうするかな。上のやつ。
ロックはベッドの上に仰向けで寝転がった。いつもの天井がそこにあり、異常は見られない。
物音一つしないので、プロだろう。魔法を使っていることは間違いないが、なんの魔法を使っているのかまでは不明。姿が見えない。でも、そこに確かにいる。
監視されてるみたいで不気味だ。今日は眠れるかな?
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