第19話 社長へのお願い

 昼食の時間。受付から連絡が入った。テレパシー装置の受信側を耳に当てる。柔らかいイヤーパッドに似たクッションが顔に当たる。


「ロック。新しい場所での活動は順調かな?」


 ウィッチーズ社長リリスだ。自信に満ちた声が聞こえてきた。


「お忙しい中、連絡ありがとうございます」

「その気持ち悪い挨拶はなんだ? そっちで揉まれておとなしくなったのか?」

「いや〜。実はそうなんですよ」

「嘘をつけ。話は耳に入っている。色々とやらかしているらしいじゃないか」

「それなんだけどさ、社長。事情はどこまで知ってるわけ?」

「…なんの話だ?」


 受信機からザワザワとした声が聞こえる。どうやら、外食しているようだ。おしゃれなオープンテラスでコーヒーでも飲んでいるのだろうと想像する。


「言わなくてもわかるだろ? ゲオルグのことだよ」

「ああ。そのことか」

「で、どうなの?」

「君を解雇させようとしていることは、知っている。ただ、詳しいことまでは把握していない」


「把握しようとしてないのか、把握できないのか、どっち?」


「…私の非を追求するつもりか?」

「事実を知りたいだけだよ。それで?」

「私はこれでも忙しい身でね。そこまで手は回らないというのが正直なところだ」

「ということは、社長はこのまま問題を放置するってこと?」

「痛いところを突くな。落ち着いたらこのことは…」

「それじゃあ遅いんだよ」

「…」


 リリスは黙ってしまう。彼女は少し怒っているみたいに感じられた。別にロックは社長が嫌いなわけではない。むしろ好きなほうで、だからこそ本音をぶつけている。社長と社員の立場関係なく。


「そう言うが、君のほうでなにか策でもあるのか?」

「そのことなんだけど。研究開発課あるじゃない」

「ああ」

「新しい魔法の開発をお願いすることってできる?」

「それこそ時間がかかるぞ」

「そこは圧力をかけて、早めにってことで。でも、探せば似たようなものがあるんじゃないかなと思ってるけどね」

「なんだそれは?」

「テレパシーの傍受だよ」

「つまり、盗み聞きか」

「うん。そのとおりだ」

「君は、私になんてものをお願いしてるんだ?」


 リリスは感心したように、笑った。


「社長ぐらいしかお願いできないけどね」

「私のことを信用してるんだな」

「まあ。今のところは」

「なんだそれは? 今後はわからんということか?」

「人間なんてコロコロ変わるからね。社長が目先の利益に走らないとも限らない」

「失礼なやつだな。それは君にも言えることだろ?」

「そのとおり。だから、僕が変なことやろうとしてるのなら、叱ってやってよ」

「おいおい。このことは変なことじゃないのか?」

「これは違う。気になる女子の盗聴をするつもりなら話は別だけど」

「そうだな。そのときは君のことを、殴ってやろう」

「な、殴るの?」

「ん? 叱ったところで絶対聞かないだろ。君は。だから殴るしかない。殴ってわからせる」

「暴力的な社長だな〜」

「変な部下を持つと苦労が耐えないよ」


 お互い笑ったあと、接続を切った。

 ま、叱られて聞かないのは僕だけじゃないだろうけど。


「さて、と」


 クルッと反転して戻ろうとしたところで、クリームと目が合った。彼女はいつの間にか入口付近のイスに座っていた。

 げっという顔をしたあと、彼女に近づく。


「なんですか? そのしまった、みたいな顔は?」

「いや、なんでもないよ。というか、なんでいるの?」

「ロックさんが支店に入るのが見えて。テレパシーで誰と話してたんですか? ずいぶん楽しそうでしたけど」

「社長と」

「え? 社長さんとですか? あの美人で有名な…」

「うん。まあ」

「なにを話してたんです?」

「えっと。秘密」

「…」


 ジト目の彼女がそこにいた。


「さて。そろそろ仕事しないとな」


 行こうとしたところで、腕をガシッとつかまれる。


「私は指導係なんですよ? 秘密はダメです」


 本当のことを言うと、巻き込んじゃうしなあ。まいった。ここは嘘をつくか。


「あー…。ディナーに誘われたんだけど、断った」

「ロックさん。そんな嘘、私が信じると思ってるんですか?」


 やっぱりダメか。ならばここは、混乱させる作戦だ。


「そういえばクリームさん。今度、僕、ワンダーポリスに行こうかなあって思ってるんだけど」

「え? あ、うん。行ってもいいけど」

「あ、じゃあいってらっしゃい」

「…え?」

「ん?」


 クリームは困惑した表情を浮かべていた。


「じゃあそういうことで」


 がしっ。

 再び腕をつかまれた。混乱している隙に逃げようとしたが失敗に終わる。


「なんですか? 今の?」

「いやあ。行こうかなあって言っただけだよ。僕一人で」



「一緒に行きましょうよ! ていうか、あんな風に言ったら誘ってるって思うじゃないですか!」



 両腕を振って怒りをアピールをするクリームだった。


「そうか。そうかあ。クリームさんはど~しても僕と一緒に行きたいのかあ。どうしようかなあ」

「べ、別に。どうしてもってわけじゃあ…」

「よっ。二人とも」


 やってきたのはキールだ。意味深なニタニタ笑みを見せている。


「どうしたんだ? デートの予定か?」

「そ、そんなわけないでしょ」


「いやあ、クリームさんがどぉ〜しても、僕と町へ行きたいって聞かないからさあ。どうしようかなと思ってるところ」


「へ〜」

「もうっ! 知らない!」


 ぷいっとクリームはその場から離れていく。

 助かった。突然の話のすり替えによる高等テクニック。予想外のキールの援助だったが、これでうまく誤魔化せた。


「おい。ロックさんよ。ちょ〜っと聞きたいんだけどさ。お前ら、付き合ってるの?」


 先程からニヤニヤ笑っていたのは、これを聞きたかったからか。厄介なやつが去って、またこいつも厄介…。いや、そうでもないか。僕には返し技がある。


「付き合ってないよ」

「本当かよ〜。でも、あんたの部屋にクリームさんが来るんだろ? ずいぶんと仲がいいよな?」

「あれあれえ? キール。君もローズの部屋にいなかったっけ? 僕の記憶違いかな?」

「げっ。お、お前、気づいてたのか?」


 キールは動揺を顔に出した。

 僕が言うのもなんだが、わかりやすいやつだ。というか、そっちの話し声が聞こえていることぐらい、部屋での僕たちの会話が聞こえてるんだから気づけよ。


「クリームさんは僕の指導係だからね。色々と厳しいんだ。で、そっちはなにやってたのかな?」

「な、なにって。別になにもねえよ。ちょっと話してただけだし」

「キールってもしかして、ローズのこと好きなのか?」



「は、はああっ!? お前、バカ! ち、ちちちちちちちげえしいい! 俺があいつのこと好きとか、ないしいぃぃいいい!」



「…」


 ロックはそのわかりやすさに絶句した。


 いや…さすがにお前、その反応は黒確定だろ。「本当かなあ」っていうからかいの言葉が出ないぐらい、百パーセントだろ。しかも否定するということは、まだ告白してないと見た。愛すべきバカとはこういうやつのことをいうのか。うんうん。


「な、なんだよお前? わかったかのようにうなづきやがって。むかつくな」

「告白する気があるなら、協力してやってもいいけど」

「ほ、本当か!? あ、いや…別に、こしたんたんと狙ってたわけじゃないからなっ」


 それからデートに誘うという話になり、そこで告白することになった。

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