第17話 シンの願い
「本日はお騒がせしてしまい、申し訳ございません」
馬車を前にする姫様にクリームは頭を下げた。
「よい。面白い体験になった」
「ところで姫様」
今度はロックが声をかける。
「なんじゃ?」
「なんで僕に判断を任せたんですか?」
「ちょ、ちょっとロックさん」
「構わん。アークとやらが、お前の責任にどうしてもしたかったようで、それが滑稽でな。隠すような体質も気に入らなかった。情も湧いたし、私のことを見破った観察眼も気に入ったからじゃ。逆に、こっちから質問してもよいか?」
「どうぞ」
「お前、いつ頃から私のことが怪しいと気づいておった?」
「最初からです」
「やはり帽子か。私は気に入っておるのじゃがのう」
彼女はとんがり帽子を外して、視線を落とした。
「それに、手首見ればわかりますよ」
「手首?」
姫は興味深そうに、ロックの顔を見た。
「魔法使いは頻繁に利き手にワンダーリングをしているから、どうしても痕がつくんです。それがドレスを着た彼にはあったし、姫様にはなかった」
姫のふりをしたダートという男は、ドレスを着たままだった。かつらは取ってあるが、可哀想なやつだ。
「なるほどのう。やはり本物の魔法使いには見抜かれるか」
感心したように、姫は微笑む。
「また近いうちに来るぞ。よいな?」
そう言い残して、姫と従者を乗せた馬車は去っていった。見送るのはロックとクリームの二人だけだった。それが終わったあと、彼女は先程までいた会社建物のほうを見た。
「大丈夫ですかね。アークさん」
「なにが?」
「ちょっと可愛そうというか…」
「はあ〜。クリームさん。責任を負わそうとしたやつのことかばうんですか? それに、犯人はアークですよ。あんな言い逃れ、子供でも騙せない」
クリームは苦笑いを浮かべた。
「なんで、あんなことしたんでしょうか?」
「ゲオルグだよ。あいつの指示だ」
「それは確かなんですか?」
「証拠はないよ。アークさんが命令されたといっても、ゲオルグは彼が勝手にやったことだと言うに決まってる」
「だとしたらロックさんは…これからずっと邪魔されることになるんじゃないんですか? そうまでしてこの業界に居続けるのは、なぜですか? 前に話してくれた魔物を減らす目的のため?」
もっともな疑問をぶつけてきて、ロックは答えに少し窮した。
「それもあるけど、接客は嫌だし、肉体労働も、残業するのも嫌。だからここにいるのかな」
ここでいう肉体労働とは、引っ越しやなにか重いものを運んだりする類の仕事だ。
「今回のことがあったとしても、ですか?」
「続けられるのは、苦になることが少ないからだと僕は思ってる。あのぐらいは苦でもなんでもないかな。ただ…ちょっと許せなかったのが、同じ会社の仲間を傷つけたことだよ」
同じ会社の仲間というのはクリームのことだった。
「正しいことはわからないけど、悪いことは子供でもわかる。それを平気でするようになった大人ってやつが嫌いなんだ」
「そ、そうなんだ。でも」
自分の中でのかっこいいセリフランキング上位ぐらいに食い込むほどのセリフだったが、予想に反して彼女は少しムッと怒ったような顔をした。
「ロックさん。私の体使って実験したよね?」
「…」
「…」
「えっとお…。さて、さすがにお腹が減ってきたし、そろそろ寮に戻ろうかな」
痛いところを突かれたので、その場を離れて誤魔化すことになった。
「ちょっと! ロックさん! 話はまだ…もうっ!」
そのあと、夕食の時間。ロックとクリームは今日あった出来事を仲間たちに包み隠さず話した。アークの犯行でクリームが怪我したことも全てだ。
キールはアークのことを本部に報告しようと言い出すが、証拠がないといってオルトが制した。ただ、姫様から王へ報告があるのであれば、それが上層部へと連絡されるはずであり、然るべき対応をするだろうという話で一旦は落ち着いた。
***
ゲオルグから話したいことがあると連絡が入った。テレパシーで会話するのはシンだ。夜、寮の自分の部屋でカーテンが閉まっているか確認した後、話を聞く。
『アークくんは長い休暇をとってもらうことになった。疲れているようだったのでな』
『あ、あの。本当に大丈夫なんですか? これ以上続けても…』
『なにを慌てているんだ? まったく問題はない。君は私の言うことを聞いてくれていればいい。それで全て丸く収まる』
『そ、そうですか…』
アークはロックの解雇に失敗した。
姫への不敬罪を狙った作戦は、後日、王様からウィッチーズ本部のほうへ連絡が入り、ワンダーポリス危険エリア、その防護壁の補修を進めること、社員への教育を徹底させるようにという二つのことが伝えられた。
長い休暇というのはつまり、この任を外されたということを意味している。
『代わりにメディという子がそっちに向かっている。資料は明日送る』
『社員の方ですか?』
『…君がそれを気にする必要はない。任務遂行してもらい、すぐに帰ってもらう。なにかあれば、その子を守れ。君の役目はそれだけだ。もちろん、なにもないだろうが、万が一がある。君にとって簡単な仕事だろう?』
『は、はあ…。あ、あの、それってつまり、彼をこ…殺すってことですか?』
すぐには返答はこない。無言の時間が不安を増長させる。
『ははは…。まさか。そこまではしないとも。ただ、今後どうなるかわからん。そのときは君も覚悟をしたまえ』
『そ、それは…』
『話は以上だ。通話を終える』
プツ。会話はそこで途切れ、シンは疲れ切った顔をしたままベッドに仰向けに倒れ込んだ。休んだのにひどく疲れている。食欲もない。今更ながらゲオルグの話に乗ったことを後悔している。
しかし、もう後には引けない。片足、いや両足までどっぷりと浸かっている。抜け出すことは、できそうもない。
「早く…終わってくれぇ…。頼む…」
天井に向けて、彼は声を絞り出すように言った。
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