第15話 ロック解雇作戦の開始

 ドレスを着たのがお姫様ということはすぐにわかった。

 金髪の長い髪を肩まで垂らし、頭には宝石が散りばめられたティアラをつけている。

 付き添い従者の一人は燃えるような赤髪短髪で、アークと同じくらいの長身だった。王族に仕える魔法使いということでウィッチーズの社員とは違い気品が漂っていた。金色の縦線が入った大きなマントは両腕を覆っている。


 背の低い方は女性で金色の髪を垂らし、頭にはやたらと大きなとんがり帽子をかぶっていた。下はスカートにブーツだ。到着した姫にクリームが前に出て挨拶をする。


「このたびはえっと私たちウィッチーズの会社に訪問いただき、あ、ありがとうございます」

「ど、どうも…」


 姫はなぜか赤い顔をして、小声だった。もじもじとしていてうつむき加減で落ち着きがない。戸惑うクリームに、赤髪の長身男、イケメン魔法使いが前に出る。


「姫は少し体調を崩しておられるのだ。すまないな」

「あ、い、いえっ」

「去年はシンさんという男の方が案内してくれたのだが…」


 これにはアークが説明する。


「シンは本日、急遽体調不良ということで。代わりにここで働くメンバーの二人に案内をお願いしました」

「なるほど。そういうことか。今日は君のような可愛らしい女性が案内してくれるのかな?」

「は、はい。クリームといいます。よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げる彼女。


「私はレイ。そちらの方は?」

「アークといいます。周囲の見張り役を務めさせてもらいます」

「ロックです。アークさんと同じです」


 とんがり帽子をつけた彼女、その自己紹介の番になり、一瞬だが変な間があった。


「…私はローラです。よろしく」

「それでは、えっと。まずは危険エリア入り口のほうにご案内させてもらいます」


 クリームが先頭になり、入り口のほうに進んでいく。金属製のドアの前に立ち、説明する。


「この先が魔物エリアとなっています」


 レイは確かめるようにドアに触れる。


「これなら魔物が出ていくことはないだろうね」

「はい。過去、そういったことはなかったと思います」

「今日も魔物を退治するために?」

「はい。三名がこの中で魔物退治の仕事をしてます」

「姫もお近くで見られますか?」


 レイの問いかけに姫は首を左右に振った。クリームは少し心配そうな表情で、レイに話しかけた。


「体調不良ということですが大丈夫ですか?」

「ああ。大丈夫ですよ。私たちがついているので」

「そうですか…。えっと、では次に壁のほうに案内します」


 その場を離れ、今度は西側の防護壁を見て回った。円を描くように作られた長く続く壁、その説明をクリームがしていく。感心するようにレイはうなづくのをアークは少し距離を置いて眺めていた。


 ふん。まるで遠足、一日体験の類だな。こんなことをしてなんになるのか知らんが、まったくもって無意味なことだ。しかし、この調子では何事もなく終わってしまいそうだな。せっかくやつが失礼なことをして姫を怒らせるという展開を望んでいたのに、これでは…。やはり、チャンスはこの後か。


「ん?」


 人の気配に気づく。すぐそばにロックがいることを知ったアークは「うわっ」と身を引いた。

「な、なんだお前は? 俺になにか用か?」

「質問良いですか?」

「俺にか?」

「はい。ちょっと気になることがあるんですけど」

「なんだ?」

「あのお姫様。なんか姫っぽくなくないですか?」


 なにをバカなことを言い出すんだこいつ? 頭にウジでもわいているのか?


「ふっ。なにを言うのかと思ったら…」

「でも、そわそわして落ち着きないですよ。お姫様って、こう、人前に立つ機会が多いんですよね? 体調不良っていうよりもなんだか恥ずかしがってるように見えるんですけど。そこに違和感を感じるというか…」

「こういった場所への訪問に慣れてないだけだろう? だいたい違うとしたら、なんのためにそんなことをしてるというのだ?」


 まさか姫の余興というわけでもあるまい。一国の姫ともあろうお方がそんなことをするわけがない。王族も暇ではないのだ。


 …わかったぞ。こいつ。俺にこんなことを言って混乱を誘っているのか? だとしたらなんのために? ひょっとして俺がこれからごたごたを起こそうとしていることを感づいているとか? いや。そんなことはありえん。


「他にも気になることがあるんですけど」

「もういい。さっさと持ち場に戻れ」

「持ち場って、そんなものないですよ?」


 こ、こいつ! いちいち口答えしやがって!


「クリームの近くに戻れ。そう言っているんだ」

「はいはい。それで、もう一つ」

「…なんだ?」

「東側のヒビ。いつ直すんですか?」

「しっ。声が大きいぞ」


 とんがり帽子の女魔法使いがチラッとこっちを見た気がした。


「でも、気になるんですけど。どうせならこの機会にその部分を姫に見せるっていうのはどうですか?」

「お前はバカか。そんなことをしてなんになる?」

「え? だって、どうせゲオルグはヒビのことは気にするなみたいなこと言ってるんですよね?」

「…」

「だんまりってことはやっぱり。あいつ、金のことしか頭にないからなあ」


 ゲオルグさんをあいつ呼ばわりか。身の程知らずめ。


「それなら、ここで王様の力を借りるっていうのも手ですよ? ね? 王様から注意を受けたら、さすがにゲオルグもシカトするわけにはいかないから」


 なるほど。ない頭をどうにか振り絞っているのか。しかし、残念だな。そんなことはどうでもいいし、ゲオルグさんもどうでもいいと思っている。今、最重要課題はお前の処分なのだからな。


「その件は俺に一任されている。お前は黙っていろ」

「え〜? なんか信用できないなあ」

「ぐっ…。貴様…」


 ここで二人だけだったら間違いなくお前を葬っているところだ。しかし、今は近くに姫と従者がいる。手出しはできない。


「どうかしましたか?」


 従者の一人、女魔法使いローラが話しかけてきた。先程からチラチラこっちを見ていて、話の内容を気にしているみたいだった。


「ヒビがどうとか、そういう話が聞こえましたけど」

「いやあ、実はね。東側に」

「こ、こら! やめろ!」


「東側にヒビが入った壁があるんですよ」


 こ、こいつ。ガン無視して言いやがった。い、いや、姫とは距離がある。聞こえてはいないだろう。だが、知られてしまった以上、この女経由で姫に報告ということも…。くっ。


「そうですか。それについてはどう対処しているのですか?」

「一応上に報告してるんだけどね。動かないみたいなんだ」

「なぜです?」

「お金使いたくないからだよ」


 理解ができなかったのか、ローラは一瞬返事が遅れる。


「わからないですね。それでは魔物がそこから突き破って出てくるのでは?」

「かもしれないね」

「しれないね、ではなく。どうするつもりです?」


 これはまずいことになったと、アークはロックと彼女との間に入る。これ以上余計なことを言わせないようにするためだ。


「こ、このことについては、時間がかかるんです。調査し、本当に必要なことかどうかということの確認後、然るべき対処をするつもりです」

「そう…。お願いしますね」

「ですから、このことは姫様には内密に」

「なぜです?」

「よ、余計な心配をかけて公務を邪魔したくありませんので」

「…そうですか。わかりました」

「ねえねえ」


 アークの横からひょっこりとロックが出てきた尋ねる。

 このクソガキ。また余計なことを言うつもりか。


「君、ローラさんだっけ? なんでそんな帽子かぶってるの?」

「これですか? 女性の魔法使いはこれをかぶっているのでしょう?」


「「え?」」


 これには二人の声がかぶった。


「?」

「どうされましたか?」


 気になったのか、話が終わったのか、レイが声をかけてきた。


「いえ。なんでもありません。このガ…ロックが余計なことを言ったみたいで」


「あははっ。それは本の読みすぎだよ。君。確かにそれっぽい格好だけど、そんな大きな帽子邪魔でしょうがないって」


 ローラの顔がみるみる真っ赤になっていく。そして、彼女はロックではなくレイをにらんだ。なにかの合図なのだろうか、彼は察したようで口を開く。


「あ、えーっと。それでは次に行きましょうか。クリームさん。お願いします」

「は、はい。どうぞこちらへ」


 変な空気のまま、クリームを先頭に来た道を引き返しはじめた。

 なんだ? さっきのはなにかの冗談か? しかし、まあ、そういう格好をしている魔法使いもいる。あまりそれ以上は突っ込まないでおくか。


 建物の中に入り、応接室へと案内された姫はソファーに腰を下ろした。二人の従者は後ろに立ち、話を聞く形になった。アークはお茶のカップがのったおぼんを持って入ってくる。ガラステーブルの上、姫の正面にカップを置いた。ここで彼は密かにポスの魔法を発動していた。


 ポスは場所を特定するための魔法だ。そして発動対象は姫が飲むカップだった。発動時はリング明滅をしてしまい気づかれてしまうので、袖でリングを隠した。事前に準備していたとおりの流れだ。このポスと攻撃魔法を使う組み合わせで、確実に命中できる。


 誰にも気づかれていないな。よし。…ん?


 視線が気になり、そっちの方向へと目をやると、ロックがいた。

 もしや、気づかれ…。

 ドクン、ドクンと動悸が早くなる。


 やつはワンダーリングをはめている。それは俺と同じく魔法を発動できるということ。だが、俺がなにをしようとているのか知る由もないはず。やつのリングは明滅していないことは見ればわかる。

 落ち着け、俺。


 ロックはアークから目をそらした。

 ふ、ふん。やはり俺の思い過ごしだったか。感の鋭いやつめ。


 クリームは姫と向かい合うようにしてソファーに座る。そしてアークはおぼんを返すために部屋を離れた。いつもいる受付嬢は今日、休みをとらせている。姫に万が一失礼があってはいけないと適当なことを言って休ませた。


 作戦はこうだ。

 ポスの位置、つまりカップを目標に風系の攻撃魔法を遠くから発動させ、カップを破壊。そばにいる姫に破片で怪我をさせる。そして、なにが起こったと、駆け寄る。

 当然、そこでは何者かが魔法を使って攻撃をしてきたと騒ぎになっているだろう。そこで、俺が「そういえばさっき変な男を見た」とでもいえばいい。そして、姫を怪我させたことに対する責任問題で、ロックを解雇させる。


 さらにそれだけで終わらせるつもりはない。会社の評判を傷つけたとして金を請求する。解雇、そして破滅。これこそが俺の狙いだ。

 その際、当然クリームや俺も処罰の対象になるだろう。だが、そんなことはゲオルグさんのさじ加減でどうにでもなる。謹慎したあと、こっそり職場復帰すれば誰も確認しない。ロックだけを、やつだけを辞めさせ、破滅させることができる。


 ククク…。もうすぐだ。

 もうすぐやつは俺への侮辱を後悔することになるだろう。

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