第14話 リーダーの信用
マーガレット姫訪問の話。そのことをリーダーのシンから聞かされ、ウィッチーズのメンバーたちは知ることになった。
といっても対応するのは主にシン一人で、他のメンバーはいつもどおり魔物退治に向かう。なんの心配もいらないはずで、当日の朝を迎えることになった。
ジリリリリリリリッ! バシッ。
「うう〜ん。…グー。グー」
ロックは朝に弱い。実家にいたとき、目覚まし時計が鳴ってもいつの間にか止めていた。それは学生時代から続いていたことで、寝るのは深夜の二時になるからだ。
それでも学生のときの遅刻は許された。だが、会社で働くとなると給与が発生するため、許されない。新人のときは遅刻を繰り返し、注意を受ける。このままではクビになって実家に戻ることになる。それを回避するため、彼はある仕組みを作った。
「グーグー…。ハッ!」
ロックはガバッとベッドから起き上がった。パジャマだが、手首にはワンダーリングが取り付けられている。彼は時計を確認し、起きる予定を一分過ぎていることを確認した。
「…あれ? 発動しなかったな」
ワンダーリングのオプション宝珠には特殊な細工を施している。発動魔法は雷属性のサンダーボール。トリガーは時刻。対象は自分。つまり起きる時間になると自分に雷撃が流れる仕組みになっていた。
発動しなかったのは、たぶん時刻のずれが原因だろう。ときどきこういうことが起きるので、精度はよくないが、しかたない。解除して…。
そのとき、ワンダーリングが発動を示す明滅を繰り返す。やばいっと思いリングを外そうとしたが遅かった。ロックの体に雷撃が走る。
「ぎゃああああああ!」
寮の屋根に止まっていた鳥たちが、叫び声に驚いて飛んでいった。
この強制目覚ましシステムの難点は、精度が低い点だ。寝るときにワンダーリングを装着しておかなくてはいけないという煩わしさもある。痛みの恐怖もある。だが、必ず目が覚める。そのメリットは大きい。
ドンッ!
「ちょっと! うるさいわよ!」
「すみません」
ローズからお叱りがあった。
壁薄いんだよなあ。この寮。
ここにも経費削減の悪影響が垣間見えているのか、などと考えるているとノック音がしたのでドアを開けた。ローズだったらどうしようと思っていたが、そこにいたのはジャージ姿のクリームだった。恐る恐るといった様子で話しかける。
「あ、あのう。大丈夫ですか? すごい声しましたけど…」
「ああ。ごめん。びっくりさせちゃって」
「なんかいつもより元気っぽいですね」
「そう? そりゃあ雷攻撃を受けたらそうなるよねえ」
「え? どういう意味ですか?」
「こっちの話。ああ。そうそう。今日はあれか。姫様が来る日だっけ?」
「それが…さっきアークさんに会ったんですけど」
「ん?」
不安な表情のクリームから、シンが体調不良で休むという話を聞いた。アークからみんなに連絡してくれと頼まれたらしく、彼女はローズの部屋をノックして話をしている。
リーダー不在の状況でどうするかを話し合うため、少し早めの朝食タイムとなった。そこにアークの姿はなく、クリームの口から、ロックが主体となって姫訪問の対応をするようにということ聞いた。朝食を食べながら、話し合いを始める。
「おかしいわね」
「だな。なんでロックなんだ? 普通、こういうことって長く務めていて慣れた人に任せるだろ。だとしたらオルさんだろ」
「それに今日に限って体調不良って…」
「オルトさんは、どう思いますか?」
クリームは年長者の彼に問いかけた。
「リーダーなりの考えがあるんだろう。例えば、魔物退治することを優先させたとか」
「一日ぐらい放置しても平気だろーぜ」
「そう思わないのがシンさんなんだろう。彼はマジメだ。与えられた職務をまっとうする、魔物の数を減らすことを第一優先に置いている。例えそれが一国の王女の訪問日であろうともな」
「あんたとは違うのよ」
「うるせっ。でもよ。よりにもよってロックに任すか?」
「うん…」
「ないわね」
「…ないな」
この点に関しては一同の意見は揃っていた。ロックはもぐもぐと口の中に入れたパンを飲み込む。
「ひどいな。僕になにか問題でも?」
「自覚なしかよ。まあ、ロック一人だけっていうのは危険すぎるから、誰か一人つけようぜ」
「誰かって誰よ?」
「それをこれから決めるんだろうが。なあ、オルさん」
困ったときのオルトだった。彼は少し考えてから、クリームをつけようと提案した。魔物退治メンバーはキール、ローズ、オルトの三人になるが、入り口近くで仕事をしていれば問題ないだろうという判断だった。
本来であればオルトが対応するところだが、魔物退治には危険がつきまとう。しかも少人数で、なにかあれば命に関わるのは魔物退治のほうで、これにはメンバー全員が納得する。ただ、クリームはプレッシャーを感じてか、朝食を残していた。喉を通らないようだ。
「クリームさん。平気だよ。平気。僕がついてるから」
「いや、あのロックさんが…。あ、やっぱいいです」
「?」
「ま、死には死ねえよ。頑張れよ。クリーム」
「うう…」
魔物相手は下手したら死ぬ。ただ、姫相手は死なない。最悪不敬罪で牢屋に入るぐらいだ。しかし、高貴な身分の相手などクリームは経験がなく、戸惑うばかりだった。オルトから簡単な流れを書いた紙をもらったあと、三人は外出する。
「もしものときはテレパシーの宝珠を使って連絡してくれ。すぐに向かう」
心配を和らげようとオルトはそう言ってくれた。
ダイニングルームで、ロックとクリームの二人は予定表を見ながら一緒に確認していく。
「ええっと…。まずは姫様と従者のかたに挨拶して、危険エリア手前の入り口にご案内、周囲の防護壁のご案内(西側)、受付に戻ってから応接室にご案内した後、姫様から二、三の質問。終わり、です」
「へえ。退屈な予定だね」
「ぶっ」
クリームは吹き出す。
「なんてこと言うんですか?」
「壁の案内って、あんなところに行ってなにをするっていうの?」
「壁の頑丈さとか、そういったことをお調べになるんじゃないですか?」
「いや、ヒビ入ってたじゃん。調べなくても一目でわかるレベルじゃん」
「だから西側って書いてあるんですよ。たぶん」
「うわ。汚ね。会社ってそういうところあるよねえ。ていうか、さっさと補修しろよ」
「間に合わなかったんですよ、きっと」
「だいたい調べるって、それ、姫様の仕事じゃないと思うけど」
「いいんですよ。こういうのは決まりごとなので」
「それに危険エリアの入り口に案内って、なに?」
「この先で魔物がいます。毎日戦ってますみたいな話をするんじゃないですか」
「ふうん。…ちなみに去年も同じようなことしたの?」
「おそらく…」
「なんで毎年同じことするの?」
「もうっ。そういう決まりなんですって。いちいち文句言わないでください」
彼女は不機嫌そうに机を軽く叩く。
出た。もうっ。も〜う。
「さぞかしつまらないだろうなあ。学校で校長先生の話を聞くぐらい退屈だ」
ロックはクリームの顔を眺めるように見た。
「な、なんですか?」
「思いついたんだけどさ。怒らないで聞いてくれる?」
「内容によります」
「クリームさんが牛のコスチュームに着替えて出迎える…いや、やっぱりなんでもない」
闇のオーラが彼女の体から出てきたので、やめることにした。グググと力の入った握りこぶしも怖い。
「…あの。ロックさん」
「ん?」
「やっぱり私がやりますので、ロックさんは近くで、なにかあったときのためにサポートしてください」
「え? でも」
「いいですね?」
顔が近くまで寄ってきて、怖かったのでそうすることにした。
***
二人はウィッチーズの制服に着替え、寮を出た。ロックは普段どおり腰にウエストポーチを巻いている。
「それに必要なものでも入ってるの?」
「うん。まあね」
近くにある会社建物の入口で姫の到着を待つ。アークもすぐそばにおり、ウィッチーズの制服でワンダーリングを手首につけていた。
「おはようございます」
「うむ。おはよう」
「ど〜も」
「…おはよう」
あ?
なにがどーもだ。レベル五十の先輩に対して、なめているのかこの男は? 俺を天井に突っ込ませたことをもう忘れやがったのか?
貴様を心の中で何回刺し殺しているのか、知ってるのか? ええっ?
クリームはドキドキしてるのか、落ち着かない様子だった。対照的に、ロックは入り口の階段に座り、ボケーッとしている。
余裕のつもりか? これから姫が到着するというのにバカみたいな顔をしやがって。
…いや、ああやって気を沈めているんだ。そうに違いない。ククク…。姫到着まであと少し。ちょっと不安を煽って、動揺を誘ってやるか。
「ロックさん。準備は万端なんだろうな? もし、失礼があったら大変なことになるぞ。最悪死罪ということも…」
「僕じゃなくてクリームですよ。今日の案内役は」
「…なに? どういうことだ?」
アークは内心驚いたが、気づかれることを恐れ、表情には出さなかった。
「あの。やっぱり心配なので私が…。彼にはサポートしてもらうことにしました」
「そういうこと」
ちいぃっ!
余計なことをしやがって。この女めっ! これだからバカな女は困るんだ!
心配だと? 不遜な態度で姫に接することをか?
そうだともっ! それこそが狙いなのだからな!
…しかし、多少無理があったか。確かに一人でやれとはさすがに言えなかったし、こうなるのも自然の流れ。しかたない。まだチャンスはある。こいつが姫の前でポカすればいいんだ。そうなるように俺が仕組んでやるぜ。
「なにか問題でも?」
「い、いや。まあ、いいだろう。確かにそのほうが安全だな。だが、しかし、その腰に巻いてるのはなんだ?」
「これ? ウエストポーチだけど、知らないの?」
知っとるわボケェ!
「不必要なものだろう? 姫様に対して失礼になるし、外してこい」
「え〜?」
「え〜じゃない。外してこい」
「そうだよ。ロックさん。今日は魔物を相手にするわけじゃないんだから」
「しょうがないなあ…」
おいこら。なんでそっちの女の言うことは聞くんだ?
ロックの視線が、アークの手首へと注がれる。
「ところでアークさん。なんでリングつけてるの?」
「なにかあったときのためだ。魔法で姫様をお守りする」
「それは従者って人がやるんでしょ?」
「ふっ。君は何もわかってないな」
バカにしたように、アークは両手を広げ、顔を左右に振って見せた。
「こちらとしても警戒するのは当然の責任だろうが。姫様になにかあってはウィッチーズの評判が下がる」
「ふうん。じゃあ僕もつけようかな」
「へ?」
ロックはポーチからワンダーリングを出して、右手首にはめた。
「お、お前それ…持ってきていたのか?」
「うん。なにかあったら困るしね。アークさんの言うとおり」
「ぐっ」
しまった。リングを使う理由を自ら与えてしまった。しかし、それで慌てるべきことはなにもない。やつはロストマジックという魔法を使っているようだが、調べたところによると低消費魔力ではあるが、使いどころが難しい魔法だ。
レガシーマジックとも呼ばれた過去の遺物。この前はたまたま運悪く使える状況にいたというだけの話。そううまくいくと思うなよ。ガキめ。
「むっ。来たか」
姫が乗せられた馬車がやってきて、三人は出迎える。馬車から下りてきたのは従者の二人とドレスを来た姫だった。
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