第13話 マーガレット姫の日常

「嫌じゃ」

「姫。わがままをおっしゃらずに」


 ここはマーガレット王女が住む城の三階、その階にある居間だった。暖炉があり、ソファーがあり、壁には絵が飾られている。

 壁際には執事の五十代の男がピシッとしたスーツを身にまとい立っていた。ソファーに座るマーガレット姫は紅茶が入ったカップに口をつけて、執事から今後の予定を聞いていた。その中に魔法使いの会社訪問という予定にケチをつけたのだった。


「面倒じゃ。なぜこの私がそんなところに行かなければいけないのじゃ? それに、危険じゃろう」

「訪問の際は護衛をつかせております。魔物たちは壁の檻に閉じ込められ、万が一にも事故は起きません。そこで働く魔法使いたちを励ましになられるのは立派な姫の役目です。去年も行かれたのですから…」


 姫は足を組む。


「去年はしかたなく行ってやったのじゃ。まったくつまらない行事だった。励ますといっても適当にがんばってくださいって言うだけじゃろ。そんなのは誰でもできるわ」

「な、なんということを…」


 執事は手で顔を覆った。

 マーガレットは今年で二十歳。国の象徴として、国民に勇気を与える存在として職務をまっとうする仕事をじょじょにだが行い始めた。箱入り娘で大切に育てられた彼女は、おてんばという評判で幼い頃はそれでよかった。


 しかし二十になってもまだ落ち着くことはなく、むしろわがままに拍車がかかってきた。そのことを心配しているのは現国王の父親、妻である母だけではない。

 苛立つ姫は金色の長い髪をクルクルと指でいじる。


「姫。これは決まったことです。そういった態度は一国の姫としてふさわしくないと国王様も常々…」

「うるさい。説教はもうこりごりじゃ」

 マーガレットは紅茶を空にすると、立ち上がった。


「姫」

「ちょっと休憩じゃ。すぐに戻る」


 ドアを開け、廊下に出る。ちょっとイライラしてきたので外の空気でも吸おうと中庭のほうに歩き出した。階段を下りたところで、見知った青年に足を止める。


「ダート。ひさしぶりじゃのう」

「姫。ご機嫌うるわしゅう」


 彼とは外出するときに護衛役として何回か顔を合わせ、会話もした仲だった。年も一つ下の十九と近く、数少ない友人の一人だ。もっともあっちは立場上、そう思ってはいない。姫と同じ金髪をした優しげな青年は、白を基調とした長袖にマントをしていた。彼は姫に言われ、国王への挨拶の後、中庭で会話をすることとなった。


「そうか。わざわざ挨拶に」

「はい。今度のウィッチーズに訪問の際、姫の護衛を務めさせてもらうので」

「ふうん。きっちりしてるのう」

「当然です。こうして働かせてもらっているので」


 姫はマジマジとダートの顔を見ていた。


「あの、なにか?」

「ダート。お前、前から思っておったが、女みたいな顔してるのう」

「え? は、はあ…」

「今まで誰かに言われたことは?」

「こ、ここだけの話ですが…何度かは」


 もじもじと恥ずかしそうにしているダート。その彼の姿を見て、ひらめくものがあった。


「そうじゃ。ちょっと耳を貸せ」

「な、なんですか?」


 こっそりと執事が聞いているわけないが、念のためだ。若い男女がこそこそしている姿は密会の約束をしているように遠目からは見える。


「お前、今度の訪問のとき、私に化けろ」


「えー!?」

「しっ。声がでかいぞ」

「す、すみません。えっと、どういうことでしょう?」

「かつらをかぶり、私のドレスを着る。そして、姫として訪問するのじゃ。私は従者としてそばにおる」

「…なぜそんなことを?」

「定例行事といっても、毎年同じことをやっていては退屈じゃ。ちょっとした変化をつけないといけないじゃろ?」

「いえ。別に変化の必要は…」

「なんじゃ? この私に逆らう気なのか? ん? まさか」

「い、いえ。とんでもないっ」


 ダートは全力で両手を左右に振ってみせた。


「じゃあ当日はそのようにするのじゃ。よいか?」

「え〜っとお…。わ、わかりました。関係者にはそのように言っておきます」

「頼んだぞ。ダート。このことは秘密じゃぞ? もし、前のときのようにバラした場合、私は絶対に訪問しないからの」


 三年ほど前、姫は城から脱走した。そのとき、協力したのがダートであり、窓から逃げた姫のことを報告したのも彼だった。

 ははは…と苦笑いの彼を残し、マーガレットは階段を上がっていく。

 くふふ。これで少しは楽しみになった。こうでもしないとやってられないからのう。まったく。

 こうして当初の計画とは、秘密裏に違う方向へと流れ始めた。

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