第12話 アークの憎悪

「なにがあったんだよ?」


 ダイニングルームで今日も、夕食をともにする仲間たちを前に、ロックは元気なくため息をもらす。元気のない様子にキールは尋ねた。シンはなぜか席を外している。それはアークの件であろうことは想像できた。


「…クビかなあ」

「え?」

「なにをしたのよ?」


 オルトだけはチラッと視線を向けただけでもぐもぐと口を動かしていた。


「いや、実は…」


 ロックはアークとのことを説明した。天井に突っ込んだ彼。そして悲鳴をあげた受付嬢。

 そのあとは大変だった。はしごを使っての救出だ。近くにいるのはロックと受付嬢のみであり、二人によって引っ張るようにアークを天井から引き剥がした。その際、勢い余って彼を落としてしまった。ダテレポによって頭に衝撃を負わせ、気絶させた上、わざとではないが地面に叩き落とすというダメージまで負わせてしまった。


 二十分ほどしてからワンダーポリスから来た医者がアークを診察し、治癒魔法をかけて治していた。しばらく見守っていたが、報告はあとでするとのことから部屋を離れた。そして、現在に至る。


「マジかよ。やっちまったなあ」

「ちょっと待ちなさいよ。でもそれってロックには非はないでしょ? あっちがいいっていったんだから」

「でも、やりすぎだろ。さすがに」

「…ロックさん」

「オルさんもなにか言ってよ。そんな、無言で賢者ぶってないで」

「…騒ぎ立てても仕方あるまい。今、リーダーがそのことについて報告を受けているのだろう? それを待ってからどうするかは、アークさんの判断だ」


 正論に返す言葉がなく、シーンとなる。そして、またローズが口を開く。


「ていうか、死んではないわよね?」

「ははは。そうなりゃ殺人だな。殺人罪だ」


 他人事か。当事者からしたらまったく笑えない話だ。

 決められた魔法に手加減は存在しない。発動したら決まった呪文通りに作用する。止めることはできない。それを制御しようとしたら、魔法改造が必要だ。

 暗雲立ち込める空気の中、シンが部屋に入ってきた。


「ロック。ちょっと」

「げ…」

「はは…。送別会ぐらいはやってやるよ」

「キール」

「なんだよ?」


「一生のお願いだ。僕の代わりに行ってくれないかな?」


「アホかっ! ていうかなんだそのむかつく笑顔は!?」


 手のひらとひらを擦り合わせて、ゴマをすってもダメだった。あげくローズから「無責任よ」と正論を言われ、クリームからの厳しい視線が刺さってくる。

 冗談なのに。でも、代わってくれるんだったら代わってほしいというのは本音だ。

 重い腰を上げて、ロックはダイニングルームを後にした。


 クビだったらクビでいい。ゲオルグのところの部下なら、こちらに非はなくてもそのぐらいのことは平気でするだろう。問題はその後だ。宝珠の研究をするためには金、なにより時間がいる。どこか接客業以外で働くか、実家に戻るという手もある。その場合も当然のことながら母から「仕事しろ」という圧力がかかるため、働くことになる。

 しかし、実家は田舎だ。働き口は少なく、働くとすれば町になる。そうなると、田舎にテレポーターはないため、毎日毎日町へ行くために移動しなければいけない。面倒くさい。妹と顔を合わせるのも嫌だしな。


 シンの後を追う。支店に入り、休憩室へと向かった。そこで待っていたのはアークだ。長袖長ズボンの私服姿で治癒魔法のおかげか、傷は見当たらない。イスに座っており、向き合うようにして二人も座る。ロックは内心ホッとした。

 死んでなくてよかった。

 もし殺してしまったとなれば、シャレにならない。自分だけではなく家族に迷惑がかかる。それにしても…。


 ロックはアークの表情をチラ見する。怒っているという感じには見えない。

 てっきり顔を見るやいなや激怒して、貴様はクビだと言ってくるものとばかり思っていたがどうも様子が違うな。いや、フェイントか? シンが隣りにいるから冷静な大人の対応を見せつつという可能性も…うむむ。クビ宣告するならさっさとしてほしいものだ。こっちも暇ではないんだから。


「ロック。だいたいの話は聞いている。今回の件、実力を確かめるとはいえ、やりすぎだ。先程アークさんと話し合ったのだが…」


 チラッと、シンはアークの顔を見る。


「俺から言おう。ロックさん。君は…」


 ごくりと唾を飲み込む。

 クビか? それとも謹慎? できれば謹慎にしてくれ。その間、確か半分ぐらい給与もらえるはずだから。


「合格だ」


「…え?」

「なにを驚いている。実力を確かめるためだと言っただろう? だから合格だ」


 合格…。ん? それってもしかして許してもらえるってこと?


「よかったな。ロック」

「あ、はあ。まあ…」


 ホッとしたような、しかし、どうにも釈然としない。


「いや〜。てっきり怒ってると思ってましたよ」

「怒る? なにをバカなことを」

「そうだぞ。ロック。怒る要素などどこにある?」

「ですよね〜。ははは」


 三人は笑った。ロックの胸中で淀んでいた空気が晴れていく。


「じゃあ、戻っていいぞ」

「そうします。そうします。じゃあお二人さん、お先に」


 心配していたクビ宣告はなく、穏やかな表情で出ていくロックだった。


 ***


 ロックが出ていったあと、部屋の空気は重くなった。


「いいんですか? 今回のことで退職にもできたはずでは?」

「こちらにも非はある。だから今回は見送った」

「そうですか。しかし、今後、ロックへの策はあるんですか?」

「ククク…」

「あ、アークさん?」


 いきなり不気味に笑いだした相手に、シンはとまどいの表情を見せる。


「近々、マーガレット王女がここを訪問されるそうだな」

「王族の定例行事ですね。それがなにか?」

「いつもならリーダーの君が、案内役に任されているようだね? 失礼のないように」

「そうですが、まさか…」


 意図を察したのか、シンは目を見開いた。


「ロックにその役目を任せるのは、少々難しいかなと。だいたい彼はここに来たばかりですし、案内というのもまともに…」

「だから、いいのだろう? そして、やつはこの上なく失礼なやつだ。そんなやつが王族に対して失礼を働けば…タダでは済まない」

「そ、それでは最悪、死罪ということも…」

「ククク…。やつならあり得る」

「で、ですが」

「なんだ? ここに来て怖気づいたのか?」

「いえ。その場合、どういう理由をつければいいのでしょう? ここのリーダーは私ですし」


 うろたえるシンに、アークは鼻で笑った。


「ふっ。そんなことか。そんなもの、君が任命すればいいではないか? 今年は社員のレベルアップを目的として指名制にしたとか言えばいい」

「そ、そうですか。しかし、それでいきなりロックを指名するというのも、なんというか…」


 アークは不快そうに目を細める。

 こいつは典型的に考えないタイプの人間だな。そんなものいくらでもでっち上げられるという工夫を、今までしてこなかったのか? イライラするやつだ。…そうだ。事前である必要はない。事前に報告すればやつもなにかしら対策や準備をするはずだ。そうなるとこちらの思った通りにいかない。


「ならばこうしよう。君は当日の朝、体調を崩す」

「え? は、はあ…」

「そして、急遽、王女の対応をロックに一任することを伝える。伝言役は俺がしよう。こうすればもはや準備や回避をする手段はない。やつに任せる理由は後付でいい。体調不良で頭が回ってなかったとか、そういうので十分だ」

「それでメンバーが納得するでしょうか…」

「納得するように仕向けるのが君の仕事だ」

「…」

「話は以上だ」

「わかりました。…では、これで」


 シンが去った後、アークはテレパシーの宝珠を使ってゲオルグに報告した。ワンダーリングをした手で耳を覆いながら、会話する。先程の提案にゲオルグも「それはいい」と返答をもらった。


『ゲオルグさんの言うとおりですよ。今日話してみて、はっきりしました。やつは天然で人を苛つかせることに長けた害虫だということを』

『ぐふふ。そうだろう? 今後の報告を楽しみにしているよ』


 通話を終え、アークはククク…と一人笑みを浮かべる。

 あの害虫め。

 怒っているかと思った、だと? 怒りなどとうに通り越し、今、俺には貴様への憎悪しかない。ヘラヘラしたふざけたツラを前に殺意を抑えるのでいっぱいいっぱいだった。俺に恥をかかせたことを後悔させてやる。

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