第11話 ダテレポの使い方
ダイニングルームで朝食を食べ終わったメンバーたちは、準備をして玄関に集まってくる。はじめにキールが出てきて、次に来たのはロックだった。
「やっぱり人員増やすためだったんだな」
「そのようだね」
キールが言っていたことは、ついさっきのことだ。いきなり長身の黒の長髪男が挨拶のためにやってきた。名前はアーク。その男は二十代と若く、ここの管理を任されたという。
外壁の問題やら、社員たちの道具の管理などが主な仕事で、魔物退治には参加しないようだ。ワンダーポリスの宿屋に寝泊まりし、食事もそこでするらしい。ウィッチーズの制服を着た彼はオルトと似たところがあり、無愛想のように見えた。
「人員削減されなくてよかったぜ」
「心配するぐらいキールは変なことしてるのか? かげでコソコソエロ本見てるとか」
「あ、アホかっ! そんなことで解雇されるわけねえだろ!」
否定はしないんだな。まあ、健全な男であれば当然か。いかにもベッドの下にエロ本を隠し持ってそうだ。
メンバーがそろっていく中、ロックは一人キョロキョロと辺りを見渡している。それに気づいたローズが口を開く。
「どうしたのよ?」
「いや、シンさんから、今日は別件だって。アークさん待ち」
シンはメンバーたちに説明する。
「話は聞いている。一人ひとりの実力を見たいというアークさんからの提案だ」
「え〜。マジかよ。具体的になにするんだ?」
「そこまでは聞いてない。今日はロックが担当するという話があった」
「じゃあ私たちも? それならいっぺんにやったほうが良い気がするけど」
「…いや、一日でも魔物退治を休むわけにはいかない」
「ま、しかたないわね」
「じゃ、あとで話、聞かせろよ」
メンバーたちは危険エリアのほうに歩いていった。少ししてアークが玄関まで歩いてやってきた。
「ついてこい」
「あ、はい」
***
アークがたどり着いたのはすぐそばにある支店の奥だった。そこには練習場がある。個別に魔法練習するところで、壁は魔法の攻撃に耐えられるような熱にも寒さにも強い特殊な金属で覆われていた。人と人が戦うような場所ではないため、五メートル四方ほどのサイズぐらいしかない。
「なにをするんですか?」
アークはふっと笑みを浮かべた。
彼はさっそくロックを追い詰めるための作戦を実行に移すつもりだった。そのことはシンも知っている。
表向きは、一人ひとりの実力を確かめることと思わせておいて、少しきつい攻撃をお見舞いしてやるつもりだ。ゲオルグさんからは少々の怪我はやむを得ないと許可をもらっている。例え怪我を負わせてしまったとしても、それは不慮の事故として片付けてもらえる。無茶をしても問題はない。しかも、ここは他に誰もいない密室。故意かどうか証拠は残らない。
資料によると一ヶ月間だけ難度Sエリアにいたという記載があった。実力があるのは確か。ただ、レベルは低い。このレベルで難度Sを経験させられるとは、ずいぶん嫌われているようだというのが第一印象だ。
アークは本部で働く社員の一人だった。特殊な課に所属し、会議には参加しなくていい。その課の名前は公にはされてないが、陰でこう呼ばれている。不要社員処理課と。
実力のともわない社員を解雇に追い込むことが目的であり、自己都合の退社として片付けるのがベストだった。自己都合なら余計な退職金を支払う必要はない。課長の上にはゲオルグさんがいて、実質彼が命令を下して実行する場となっている。
これまで数多くの社員を退職に追い込んできた。課の発足当初は事を荒立てることなく穏便に済ますことをしていたが、ゲオルグさんが部長として君臨したとたん、じょじょに様子が変わっていった。
不要社員を汚物を意味するスカムと呼び、処理課の会議では何人処理したかという報告が普通になっている。なにかあったときのため余剰人員を確保するのは組織の常だが、その考えはゲオルグさんにはないようだ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
上の連中が考えることだ。俺の仕事はただ一つ。命令されたことを遂行するだけ。今回の相手は厄介なやつだという話だが…まあ、この俺に退職できなかった社員はいない。
だいたいのパターンは決まっている。能力不足なら簡単だ。最初こそ断るものの、金をチラつかせてやればいい。特別手当だとかそういう話を持ちかける。そして会社都合だと経歴に傷がつくとかそれっぽいことを言ってやれば折れる。それ以外、今回のような場合は圧力をかけるか、不祥事を起こさせる、あるいは仕事に必要な能力を使えないようにしてやる。つまりは、ここにいられない状態を作ってやることがポイントだ。
ククク…。ロックさん。まずはジャブといきましょうか。
「実力を確かめると、リーダーから聞きませんでしたか? ロックさん。これから俺と戦ってもらいましょう」
「え? 嫌だよ」
「さあ、そこに立って一対一で…って、え?」
断られることをまったく想定してなかったアークは、思わず素っ頓狂な声で聞き返した。
「だから、嫌だって」
「な、なにを言っているんだ? これは会社命令だぞ?」
「うん? でも、断っていいだよね。それ」
「君は社員だろ?」
「そうだけど?」
「だったら! 従うのは当然だ!」
「え? アークさんは上の連中から死ねって言われたら死ぬの?」
「な…」
「やれやれ。それじゃあ動く人形と一緒だよ。自分がないなあ」
ロックはバカにしたように、ケタケタ笑った。
「ななな…」
こ、この男! 自由…とことんまで自由かっ! 貴様は一人で仕事をしているのか!? え!?
「そもそも魔法使い同士の戦いなんて、こんな場所でやることじゃない。なにか裏がある」
「っ!」
バカなやつだが、意外に鋭いやつだな。
「…と、普通なら思うけど、まさかねえ?」
「と、当然だ。これは実力を確かめるためにやること」
いけない。うろたえてはいけない。こんなレベルの低いやつに、処理課エースの俺が。
「ま、肩の力を抜きなよ」
挑発しているのか、ロックはポンポンと肩を叩いた。
…なるほど。こいつ、わざとだな?
今までこうしてわざと相手を怒らせて自分のペースに持っていくということをしてきたのだろう? いけ好かないやつだ。だが、相手が悪かったな。そうはいくものか。
「ふっ」
「ん?」
「ロックさん。今の態度は問題ありだな。このことは上に報告させてもらう」
「上に? それはまいったな」
命令に逆らうのならそれでいい。不適切な社員として解雇すればいいだけの話だ。
「さあどうする? 俺と戦うか、拒否するか。ああ。もちろん君の好きなようにここから出ていってもらっても構わない。そのときは当然、こちらとしても厳しい対応をせざるを得ない。そのことを承知の上でなら、どうぞ、好き勝手にやってくれ」
ふふふ…。これぞ返し技! どうだ!? ん? こう言えば従うしかあるまい?
人は会社の道具でしかない。反抗するのであれば、そんな不要品は捨てられるだけだ。
「うう〜ん。わかったよ。でも、僕としても手加減できないけど、それでいいかな?」
「手加減は無用だ。俺はレベル五十。君とは三十以上のレベル差がある。三十以上、もだ」
「ああ。でも、しょせん社内の評価だからね。それ」
く、く、クソガキがあ〜!!!
先輩として敬えと遠回しに言ったつもりだったが、しょせん社内の評価だと? それが全てだろうが! 負け惜しみか? ん? 負け惜しみなのか?
「一歩でも外に出れば、そんな物差し無意味だよ。そんなものにこだわってたら胃の中の蛙。社内じゃなくって外側に目を向けないと」
ニコニコ顔のロックを前に、アークは怒りを抑制するのに必死だった。口の辺りをピクピクと動かし、どうにか平静を保っていることを装うものの、価値観を否定されたことでプツリとなにかが切れる。
ああ。わかった。こいつ、ド天然だ。
天然レベルで人を苛つかせるやつだ。理解した。ゲオルグさんが嫌うわけだ。多少…手加減してやろうかなと思ったが、多少どころでは効果があるまい。激痛。苦痛。悶えるほどの痛みを与えないとわからないみたいだな。
このクソガキは。
「…君の意見はわかった。では、そろそろ始めようか」
「そんなに戦いたいの? まるで戦闘狂だなあ」
今のうちに、言いたいことを抜かすがいい。貴様にはもう一ミリも手加減はしない。
お互いの距離三メートルのところで向き合う。アークは自分のワンダーリングに目を向けた。装着された宝珠の一つに魔法反射リフレクトがある。
こいつは魔法を反射する宝珠。低消費魔力で発動し、対魔法使いの必需品。これをかけると魔法を使った戦いは大きくリードしたも同然。持続するので魔力は時間によって消費していくが、この狭い場所では短期戦になることは必至。
ククク…。まずはこいつを自分にかければこっちのもの。勝負は戦う前から、すでについているというわけだ。
「じゃあ、始めよう。リフレク…」
「ダテレポ」
「――は?」
ロックは手のひらをアークに向けて、すでに発動していた。
な…なに!? バカなっ! はや…。
宙に浮くアーク。
「うわっ!」
それはダメなテレポートを意味するダテレポ。まるで打ち上げ花火のように上昇し、着地するだけの失敗作。しかし、室内であればその魔法は攻撃魔法へと変わる。
天井があればそれに向かって頭から突っ込んでいく。
それはつまり、立派な『攻撃』魔法だ。
ドガッ!
アークは頭から天井に突っ込み、穴を開けてそこで止まった。強烈な頭部への一撃により、彼の意識は失われる。力なく両腕を垂らした彼は、頭から下の部分だけを出したままプランプランと左右に揺れていた。
ロストマジック。そのメリットをあげるとするならば、そのどれもが超低消費魔力という点だった。デメリットは使えないことが多いということ。だがこの場合、有効に働く。
「あらら。これは…結構まずいことになったかな。どうしよ? ええっと…」
「どうしたんですか? 今、すごい音が。って、キャアアアアア!」
様子を見に来た受付嬢の叫び声が、狭い部屋に響き渡った。
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