第9話 亀の退治
「それではこれから危険エリアへの立ち入りを開始する」
早朝、寮の玄関。シンはメンバーたちの前で言った。
「今日からロックさんも参加する。いつも通り、キール、オルトが前衛。後衛にはローズ、クリーム、ロック。最後尾は俺だ。ロックさんは仲間たちの行動を見て、学習するように」
学習って、入社したての新人か、僕は。難度Sにいたってこと、すっかり嘘だと思ってるな。
みんなウィッチーズの制服に身を包み、前進する。ロックはウエストポーチ一つ、シンは背中にリュックサックを背負っている。
防護壁に囲まれた危険エリア、それに続く重いドアを開き、六人のメンバーは足を踏み入れた。リーダーが最後に鍵をかける。魔物がドアから外に出してしまうことはあってはならないことなので当然だ。しかし、後戻りできないという恐怖を植えつける。おしゃべりの二人組キールとローズも静かだ。
エリアまでの通路を歩き、さらに両扉のドアがあった。鍵を外し、中に入り、鍵が閉められる。そこから先は魔物の巣だ。一言でいうと森であり、草木が生い茂っている。行き来するための道以外は緑で埋まっていた。
「今日はポイントG。いつも通り魔物を退治していく。あの亀が出たときは入り口まで下がれ」
「「「了解」」」
ポイントは危険エリアの位置を示している。左上をA、右下をHに区画分けし、昨日と同じ場所には行かないようにしている。ムラを防ぐためだ。
放っておくとドンドン発生する魔物を減らしていく作業が始まる。人に恐れを抱いている魔物たちは、メンバーたちを見つけるとすぐに逃げていった。深追いはせず、倒せそうな魔物を倒していく。
それは鈍いスライムや巨大なダンゴムシ、ファイアリザードというトカゲであったりと色々だ。逃げようとする魔物たちを雷属性のサンダーで黒焦げにしていく。それは狩りと同じだった。
「「アイスボール!」」
シンが命令しなくても、攻撃役の二人が弱点属性をついてそれを発動。氷の弾が発射され、ファイアリザードに命中。やっつけるという流れだった。
ローズ、クリームの二人は余剰人員あるいは回復役だろう。ワンダーリングにつけてる宝珠は白系、つまり回復系ばかり。
「攻撃系二つに、回復系ね」
ローズが話しかけてきた。視線の先に、ロックの手首に装備されたワンダーリングがある。
「入ってるのはロストマジックばかりだよ」
「それって、使われなくなった魔法のこと? 変なやつ」
「よく言われる」
順調に倒していき、昼の時間が近づいてきた。歩いていたロックの腹がグーと鳴る。そのとき、前方にいた二人の足が止まった。
「出たか」
二人のさらに前方五十メートルほどの距離に大きな亀がいた。甲羅が緑色で保護色になっているが、その巨大さですぐに魔物だと判明する。ゆっくりとこっちへ向かってくることがわかった。メンバーたちは引き返し、入り口近くで体勢を立て直す。ロックが口を開いた。
「厄介な魔物ってあれのこと?」
「そうだ。やつには魔法が効かない。動きこそ鈍いが、厄介な相手だ」
「デバフ、状態異常も?」
「それはわからない。できたとして補助系は有効範囲が短く、近づくのは危険だ」
「ああ。そういうことだったら、僕がやりましょうか?」
この発言にメンバーたちはきょとんとする。そして、ローズが言った。
「だから、補助系は危なくって無理だって。あんた、話聞いてたの?」
「有効範囲の問題っていうのなら、距離を伸ばしてるから大丈夫だよ」
「は、はああ? そんなことできるわけ…」
「まあ見てて」
ロックは大亀がいたほうへ歩き出した。
「待て。一人で行く気か?」
「ん〜。じゃあクリームさん」
「え? 私?」
「怪我したときのために、ついてきてよ」
「ま、待ちなさい。私も行くわ。クリームだけだと心配だし」
「俺もだ! 俺も行くぞ」
じゃあみんなで行こうということになり、ロックのあとをメンバーたちがついていく形になった。
なんか後ろからゾロゾロとついてこられると気になるな。まあ、いいや。
大亀との距離を詰め、五メートルほどになったところでロックは止まった。背後では観客のように見守るメンバーたち。全員が、これからなにが起きるのか不思議がっていた。
魔力を溜めたかと思うとすぐに魔法が射出される。三連続で放たれる発動光線が放物線を描きながら亀に次々と命中した。そのあと、もう一回魔法が発動され、それも命中する。
「よし。これでいいかな。さ、皆さん、寮に戻りましょうか」
ポカンとしているメンバーたちにロックは説明が必要だと感じた。しかし、それはこんな危険な場所でやる必要はないと、すたすたと歩き出す。
「ちょ、ちょっと待て。今、なにをした?」
「もうお昼です。そこで説明しますよ」
昼食のカレーがダイニングルームのテーブルに並べられる。いただきますをして、食べ始めるメンバーたちの口数は少ない。それはロックから話し始めることを待っているようだった。
「状態異常、デバフを飛ばしました。マナポイズンとポイズンとスロウです。最後のはポス。位置確認用の魔法です」
「飛ばしたというのはどういう意味だ?」
「そのままの意味ですよ。オプション宝珠を使って有効範囲を伸ばしたってことです」
「へへ…。考えられねえな」
キールは驚きを隠すように笑みを浮かべた。それに反応するようにローズが口を開く。
「そこまでして、補助系を使うメリットなんてあるの?」
「補助系は有効ですよ。特に厄介な大型の魔物にはね」
「ポスは知っているが、マナポイズンの効果はなんだ?」
「相手の魔力をじょじょに消耗していく魔法です」
「魔力が尽きると魔物は死ぬ。となると、このあとどうなっているか確認ってことだな」
「そういうことです。まあ、効いてれば倒れてるでしょ」
「それにしても、自作のオプション宝珠で距離を無理矢理伸ばすとはな。考えもしなかったことだが、それはロック自身の考えか?」
「そうですけど」
「そうか…」
シンはそれだけ言うと、カレーをもぐもぐと食べ始めた。キールはなにか言いたげな表情をしていたが、それを飲み込み、目の前のカレーを口に運んだ。
***
そのあと休憩時間があり、シンは訪れるゲオルグのために支店内の玄関近くにあるイスに座っていた。出口の側面は透明なガラスでできており、来客があったらすぐにわかる。そこへキールが駆け寄ってくる。彼はきょろきょろと周りを見渡したあと、リーダーに小声で話しかけた。
「シンさん。あのロックってやつのオプション宝珠。作ってもらいましょうよ。人数分」
「まだ有効だと決まったわけじゃないだろ」
「でも、補助系が安全に使用できるって、これ、魔物退治の幅が広がりますよ。今後、あの亀みたいな厄介なやつと似たようなもんが現れる可能性もあるじゃないですか」
「お前に言われなくてもわかっている」
「じゃあ」
「…考えておく」
「頼みますよ」
キールは言いたいことが伝えられたのか、今後の期待なのか、嬉しそうに去っていった。
オプションで補助魔法を飛ばす。使えないと言われた魔法の活用術か。まさに目から鱗だな。しかし、そんなものを使う必要が本当にあるとは思えない。難度Sでは必要だったかもしれんが、ここは難度B。そしてリーダーはこの俺だ。今まで自分の考えでメンバーたちと戦ってきた過去がある。
臭い袋でも対応はできていた。本当に使う必要はあるのかどうか、疑わしい。いやむしろ、オプション宝珠をはめることにより、油断が生まれるんじゃないか? それに…そうだ。有効かどうかを確かめるために時間もかかる。複雑な宝珠の使用はメンテナンスも難しい。シンプルが一番。こう考えると、あまりいい方法とは言えない。
「シンさん。ゲオルグさんが到着しました」
受付嬢の声に顔を上げた。出口から入ってきた彼を出迎え、隣の応接室へと導く。
過去、シンはゲオルグと会ったことはある。といっても本部会議で何度か顔を合わせたぐらいで、直接会話したことはなかった。遠くに在籍する社員は一ヶ月に一度開かれる会議に参加する必要はない。いちいち全員を呼んでいてはテレポーター代がかかるからだ。
最近はめっきり参加しなくなったので、ゲオルグの顔は少し覚えているという程度だった。ただ、気づいた点はその腹の出具合だ。
ずいぶんとまあ、太ってるな。
ゲオルグはネクタイとスーツ姿で、応接室のソファーに座った。シンとガラステーブルを挟んで向き合う。
「すまないね。忙しいときに」
彼はニコニコ笑顔をシンに向けていた。営業マンの笑顔のように、気持ち悪さを感じる。
「いえ。ええっと、詳しい話はこちらに来てとのことですが、なにかこちらのエリアに問題でも…」
「いやいや。実はね。ここだけの話にしてもらいたいのだが、最近ここに飛ばされてきたロックという男がいるだろう?」
「あ、はい。それがなにか?」
「困ってるんじゃないかね? それの対応に」
「はあ…困ってるというのは?」
正面のゲオルグはニヤッと笑みを浮かべた。
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