第8話 ハウステレポーター

 店内から外に出ると、サンサンと太陽光が降り注ぐ。暑い中、クリームは広場にある露店のほうを眺めていた。


「ロックさん。あれって…」

「ああ。テレポーター屋か」


 旗を掲げた少女が立っていた。その旗には『なんでもテレポート』と書かれている。露店とは違って品物は並んでおらず、足元に少女のものと思われる背負えるほどのサイズの四角い機械が置かれているだけだった。


「個人でしょうか? こんなところでも商売してるんですね」

「行ってみる?」

「そうですね。行きましょう」


 二人はその少女に近づいた。


「あ、いらっしゃいませ。六十サイズでしたら三千円ポッキリですよ」


 八重歯がのぞく、日焼けした少女だった。客寄せのためだろうか、肌が露出した色っぽい格好をしている。六十サイズは縦横奥行きの合計サイズのことだ。


「クリームさんは利用したことは?」

「私がよく利用するのは白猫ヤマトのテレポート便です。こういった個人でやられてる方の利用はないです。ロックさんは?」

「僕もやっぱり白猫かな。引っ越しのときに重たいのだけ利用したよ。こういった個人の店って高いし怪しいから、利用しないかな」

「ちょ。ロックさん。ここでそんなことはっきり言わないでください」


 あはは、と少女は苦笑いだ。


「お客さん。最近は家の引っ越しもできるサービスがあるようですよ」

「家の引っ越し? 知ってます?」

「いや、初耳だ」


 家の引っ越し。家自体を飛ばすってことか?


「普通は引っ越す場合、家は持っていけませんよね? でも、そのサービスなら家まるごと引っ越せるんです。あ、もちろん色々と準備が必要で、引っ越し場所にも条件がありますけどね。私の親戚が経営している店でして。ハウステレポーターっていう、まだ新しいサービスなんですけど。よかったらどうぞ」


 彼女は名刺を渡してきた。そこには、あなたの家まるごと引っ越しますという文と、テレパシーコードが書かれている。

 よかったらって、絶対使わんだろ。金持ちの趣味みたいなものじゃないか。


「すごいですね。家まるごとですか」

「どうせ、そういうのって高いんでしょ?」

「ものによりますけど、安い場合は五百万ゴールドから可能みたいです」

 五百万…。やっぱり高いな。その金を他のことに使ったほうがよさそうな値段だ。

「手が出ないですね」

「お金持ちのお知り合いの方がいたら、ぜひっ」


 少女は営業スマイルで笑いかけた。


 帰るのは早いので外食の店に寄った。うどん屋を提案したが、白い目で見られた。彼女は連れて行ってくれたのは、おしゃれなカフェだった。

 入り口近くのテーブル席に向かい合うようにして座る。注文したあと、机の上に置いてある白い箱を見ていた。それにはさっき買ったプリンが保冷剤とともに入っている。


「食べないでくださいね」


 警戒しているのか、クリームはわざわざ自分の手元にそれを引き寄せた。

 見てただけじゃん。胸と同じで見てもダメですか。そうですか。


「それで、話、聞かせてくれますか?」

「ん? 僕が彼女募集中っていう話?」

「違いますっ。宝珠の話ですよ」

「なんの話かな?」

「前話したじゃないですか。宝珠の話、色々聞かせてくれるって。私のおごりで」


 もちろん覚えていたが、その話をするつもりはまったくなかったので、ちょっと驚いている。


「いきなり言われてもなあ…」

「まあ、そうですよね。事前に言うべきでした」

「といっても、そこまでネタないからなあ。魔法を登録制にしたぐらいかな」

「登録制? なんの話ですか?」


 興味があるのか、彼女は前傾姿勢になった。


「オプション宝珠っていうさまざまな機能を自作する宝珠があるのは知ってる?」

「知ってます。マニアじゃないといじれないっていう」

「うん。まあ、間違ってないかな。それをいじって、魔法を登録できるようにしたんだ」

「え? どういうことですか?」

「つまり。僕のリングにはめてある宝珠は、複数の魔法が登録されている。一つの宝珠で複数の魔法が使えるってこと」


「それって…。え、普通にすごいことじゃないですかっ」


「でも、その分扱いがややこしくなるんだ。発動するとき、どの魔法を使うのか、選択するとき厄介だ」

「ど、どういう仕組みなんですか?」

「え〜。ん〜。どうしよっかなあ〜」

「教えてくださいよ。おごりなんですから」

「検索かけて、使ってる。それ以上は秘密」

「検索かけてって…登録されてる魔法のリストみたいなものからですか?」

「そうだよ」


 パスタが運ばれてきたので、タダの昼飯を堪能した。彼女はバターライスで、おいしそうに食べる。そして、締めのおやつはフルーツパフェ。二人とも同じもので、予想以上にでかいやつがきた。ロックは食べ切れずに残した分も、彼女はペロリと食べてしまった。お菓子は別腹らしい。


 ワンダーリングを離れ、二人は寮に戻った。彼女は部屋着のジャージに着替え、ダイニングルームへロックと一緒に集合。そこで始まったのは作戦会議だ。

 名付けてローズご機嫌直し大作戦。

 心配性の彼女から「練習しましょう」と声をかけられ始まった。


「いいですか? ロックさん。言い方に気をつけてくださいね。私がローズちゃんだと思って、まずなにを言いますか?」

「ふっ。プリンでも…」

「マジメにやってください」


 ダメ出し早い。生徒と先生みたいだ。


「プリンでも食って機嫌直しなよ」

「ダメです。ぜんっぜん、ダメ」


 わかってないなあと、顔を左右に振る彼女。


「え〜。どこが?」

「その上から目線な口調がもう、ダメダメです」

「めんどくさいなあ」


 クリームはロックを睨むと、彼はそっぽを向いた。


「じゃあ…。おプリンでもお食いになってください。おローズさん」

「ダメですって!」

「ええ…」

「ええ…じゃないですっ。なんかすごいバカにしてるように聞こえますって、それ。おをつければいいって思ってませんか?」

「僕が知ってる最上級の言葉遣いだったんだけどなあ」

「…こう言ってください。不機嫌にさせてごめんなさい。はい」


「フキゲンニサセテゴメンナサーイ」


「最後の伸ばしはいらないです。もう一度」


 こんな具合で、会議というよりロックへの一方的な指導が入った。そして、夕食の時間となった。ダイニングルームに入ってきたローズにプリンをあげることを伝える。まずはクリームが話を始めた。


「昨日は騒がしくしてごめんね」

「別にいいわよ。それで?」

「不機嫌にさせてごめんなさい」


 ロックのセリフは練習しただけあって淀みがない。


「…ま、いいわ。許してあげるわよ。私も大人だしね」


 クリームはホッと胸をなでおろす。そして、メンバーが集まったところでいただきますをして、食べ始めた。ローズとキールが騒がしい元の状態に戻っていた。

 夕食の後、シンとクリームの三人がダイニングルームで座っていた。


「クリームのおかげかな。いつもの夕食風景に戻っていた。そこで明日からロックさんに本来の仕事をしてもらおうと思う」

「お願いしま〜す」

「あの、シンさん。今日、壁の点検をしたんですけど」

「なにか異常があったのか?」

「東側の壁の一部にヒビが…。すぐに対処すべきかどうかはわからないですけど、一応報告をと思いまして」

「ヒビか。…わかった。明日、ゲオルグさんが来るから言っておくよ」

「ありがとうございます」


 ロックとクリームの二人はダイニングルームを後にした。


「明日からやっと仲間入りだね」

「やっとだな。やれやれ」


 クリームはコホンッとわざとらしく咳をする。


「ロックくん。今日はよくできました。先輩としてほめてあげます」


「それはどうも。ところでクリームさん。今日、なにかおかしいところはなかった?」


 廊下で立ち止まり、二人は向き合う。ニコニコ顔のロックの問いかけに、彼女はきょとんとしていた。言葉の意味がわからず、少しの間言葉を失う。


「おかしいところ? 別になにも…」

「体調は? 体が重いとかそういうのはなかった?」

「う、うん。平気だけど。なに? 突然、私のこと心配して」

「ちょっとこっち来てよ」

「?」


 ロックは自分の部屋に彼女を誘った。ドアを閉め、二人だけの空間を作る。


「な、なに?」


 彼女は動揺が顔に現れていた。優しい心遣いと、二人だけになりたかったということはつまり…という変な期待からか、緊張が高まっているようだ。


「その状態で魔力を出すことってできる?」

「魔力?」

「手に溜めてみてよ。いつも魔法を使うようにさ」

「う、うん。やってみるけど」


 クリームはロックに言われたとおり、魔力を溜めようとする。が、うまくいかないようで、首を捻った。三度ほど試したところで自分の体の異変に気づいた。


「あ、あれ? おかしいな。なんで? いつもなら流れてくる魔力を感じるのに、今は…」

「なるほどなるほど。実験成功だ」

「…どういうこと?」


「今、クリームさんの魔力ゼロだよ」


「へ?」


 きょとん顔の彼女。その表情を見て、ロックは笑いかける。


「最初に謝っておくよ。ごめん」

「な、ななな…なにをしたの?」


 ここにきて、彼女の顔からサーッと血の気が引いて青白くなっていく。陰でなにかとんでもないことをされたと勘違いしているようだった。まずはその誤解を解こうと大げさに手を左右に振る。


「いやいや。別に、苦しくなるようなことはなにもしてないよ。僕もそんな酷いマネはしないから。ね?」

「ね? って。ええっと。と、とりあえず、グーで顔パンしてもいいですか?」

「ええ!?」


「ええ!? じゃないですっ! それはこっちのセリフですよ! な、なにをしたんですか!? 内容次第ではシンさんに報告しますから!」


 彼女はグーを作り、今にも殴ってきそうだった。


「お、落ち着いて。状態異常をかけただけだから」

「かけただけって、なんの!?」

「マナポイズン。魔力をじょじょに消費する魔法、です」

「い、いつの間に…」

「まあまあ。いいじゃない。今度シュークリーム買ってあげるから」


 彼女は怒りを鎮めるように、呼吸を整える。明らかに怒っているような口調で「それで、なんのために?」と言った。

「実験だよ。効果の低い毒が有効だとわかったから、人でマナポイズンも有効かなって」

「…やるなら、今度から最初に言ってください」

「言ったら実験にならないじゃないですか〜。まいったな」


 グググ…と握りこぶしを作るクリーム。


「マナアブソーブの件、キールくんに聞いてあげようと思ったんですけど、やめますよ?」

「わかりました。今度から言いますよ」

「…ていうか、そもそも仲間で実験しないでください! もうっ!」


 激しくドアを閉められ、彼女は去っていった。

 マナポイズンを受けて体調不良になった人はほとんどいないし、クリームさんだから許してもらえるだろうってことで試したんだけどな。でも、ちょっとやりすぎたか。

 少し反省するものの、次の日には忘れているロックだった。

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