第6話 指導係のクリーム
カチャカチャ。
食器を動かす音だけが聞こえる食卓がそこにあった。
「ごちそうさま」
夕食の時間、早々に食べ終わったローズは一人、部屋に戻っていった。
昨日の空気の悪さは継続中のようだった。メンバーは夕食をともにしなければいけない。それは守っているのだが、険悪なムードは続いている。それからキール、オルトが席を外す。
「ふう。ごちそうさまです」
ロックは料理に半分ほど手をつけただけで、食事を終える。食べ物が喉を通らないのは空気の悪さが原因…ではなかった。
「ロックさん」
言うタイミングを見計らっていたのか、シンは口を開いた。
「なんですか?」
「クリームにあなたの指導係を任せることにしました」
「は? 指導係というのはなんですか?」
「あなたをチームの一員として機能するための指導係です」
「ええ!? なんで?」
「なんでって。わかりませんか?」
「あ、いや。なんでクリームさんなのかなあと」
「ローズのほうがよかったですか?」
「クリームさんでお願いします!」
即答だった。
それはさすがに悪手すぎるだろうから、今のは冗談だろう。
「クリームとは仲が良さそうだからと思っただけです。それにロックさん。このままだとあなたは、ただの給料泥棒ですよ?」
「それを言われると返す言葉がありません」
上等だ、給料泥棒さいこうだぜ〜とは言えない。思っていても言えない。
「ならば、決定ということで構いませんね」
「あ、はい」
貴様に拒否権はない。目がそう言っていた。そして、二人だけにするために、リーダーは席を外す。
食べ終わったあと、ロックは真横にいる彼女に声をかけた。
「よろしくね。クリームさん」
「ロックさん。クリーム先輩、ですよ。私、これでも一応、ここの先輩ですから」
真剣な表情の彼女がそこにいた。それは遠目からして無理をしているように見える。笑いそうになるが、こられた。
なんだろう? 似合わないことしてるからなんか面白いというか…。いや、笑うな。笑うなよ、僕。
「どうしちゃったの? クリームさん」
「クリーム先輩」
「クリームさ、先輩」
「指導するからには、これからびしびし鍛えますので覚悟してくださいっ」
「は、はい。…ぶふっ」
「な、なにがおかしいんですか! 先輩に対して失礼ですよ!」
「い、いえ。なんでもありません。隊長」
「バカにしてるんですか? もうっ!」
もうって牛かな? こ、これは笑いをこらえるのに精一杯だ。どうしよう?
「それで、ロックさん。もちろん、プリンはちゃ〜あんと買ってきたんですよね?」
ジト目で圧力をかけてくるクリームだったが、そこに迫力はない。
「いや、シュークリームを買ってきたんだけど」
「シュークリームッ」
クリームは一瞬、目をハートマークにして笑顔になった。
どうやら大好物のようだ。わかりやすいなあ。
「こほん。まあ、いいでしょう。シュークリームでも。それはどこですか?」
「いやあ、それがね。事情があって食べちゃったんだよね」
「…は?」
沈んだような声を出すクリーム。
「いや、聞いてよ。今日、ワンダーポリスに行ったんだけど、そこで買った宝珠がさ。持続発動するやつだったんだ。それでその効果が毒で、しかもさ、その毒効果がめちゃくちゃ低いもんだからこっちもしばらく気づかなかったんだよ。それで、気づいたときにはもう顔から汗なんか吹き出しちゃって。効果低すぎる補助魔法って罠だよねえ」
「…それで?」
「もちろんちゃんと治癒したよ。そのあと、気分直しにシュークリームを食べたんだ。いやあ、これが本当においしくって、あっという間に空になっちゃったっていうか…。うん。そういう話」
「はあん」
「というわけで僕はこれで」
「待ちなさい」
ガシッと腕をつかまれる。
「あ、ところでクリーム先輩。マナアブソーブの宝珠って持ってる?」
予想外の問いに困惑する彼女だった。相手が怒っているときに一旦忘れさせるような程度の低い手法だが、彼女は引っかかった。
「え? マナアブソーブ? どこかで聞いたことがあるような…」
「ほんと? 思い出してよ」
「ええっと…。確か、キールくんがそんなこと言ってたかな」
「ありがとう。さっそく行ってみるよ」
「あっ! ちょ、ちょっと!」
「話は後で」
ダイニングルームから逃げ出すように、ロックはその場を離れた。
「もうっ。勝手なんだからっ」
キールの部屋はドアの前にプレートがあるのでわかった。ノックし、出てきた彼は、ロックが視界に入ると、嫌そうな表情をした。
わかりやすい反応だな。って、それは僕も同じか。
「なんだよ?」
「ちょっといいかな」
「あんたと話すことはねえよ」
「そこをなんとか」
バタン、ガチャ。鍵をかけられた。
「うむむ…」
すごい嫌われようだ。さすがにへこむ。
あ、そうだ。クリームさんの力を借りよう。
ダイニングルームに戻ると、彼女はいなかった。部屋に戻ったのかと彼女の部屋を訪ねる。ノックすると出てきた。
「なんですか?」
こちらも不機嫌モードだ。いつものクリームではない。
「さっきの続きで、先輩の話をちゃんと聞こうと改心しまして」
「ふうん。じゃ、入れば?」
「し、失礼しま〜す」
部屋にはその人の個性が出る。クリームの部屋はなんというか、想像通りだった。勉強机にはぬいぐるみ、ベッドの上には細長い抱き枕。
これにしがみついて寝ているのか? 可愛いな。おっといけない。調子に乗ったら嫌われる。
ロックは用意された座布団の上に正座して座った。その前に体操座りするのはクリームだ。
「どうせキールくんに断られたんでしょ?」
「ぎくっ」
「…それで私に頼もうかと思って、ここに来たと」
「ぎくぎくっ」
「いちいち声に出さなくていいよ」
「さすがはクリーム先輩。というわけで、マナアブソーブの件、よろしくお願いします」
「その前にやること、あるでしょ?」
「え? もしかしてお金? いや、宝珠買ったりしてるから、あまり貯金ないんだよね」
「ちっがーうっ! ローズちゃんのご機嫌直し!」
バンバンと絨毯の上を叩く彼女が微笑ましい。
「ああ。そっちか。もちろんオーケーだよ。ばっちりだ」
ロックが親指を立ててみせるが、クリームは半信半疑のようでため息をもらす。
「なんかすごい心配なんだけど、私。ちゃんと買ってくるんだよ」
「初めてのお使いみたいな感じだね」
「プリンでいいからね。それと途中で食べたりしないこと。明日の夕食の前に、話を切り出して、謝ること。いい?」
「了解です。任せてくださいよ〜。へへへ」
「大丈夫かな…」
満面の笑みのロックだったが、真顔に戻る。
「ねえ。クリーム先輩」
「やっぱクリームさんでいいよ。なんか、慣れないから」
「じゃ、クリームさん。魔物退治は順調?」
「え? うん。まあ、順調かな。いつもと変わらずだよ。突然、なに?」
「いや、ちょっとね」
立入禁止エリア外に魔物が漏れ出ていることは珍しいことではない。報告は不要か。
「例の厄介な魔物は?」
「出没したら臭い袋を使って追い返してるから問題ないはずだよ」
臭い袋は魔物が嫌がる臭い、それを出す袋のことだ。それで一時的に防いでいても、いずれは対処できなくなる危険性があるのは容易に想像できる。
「シンさんはなにか対策は打ってるの?」
「私にはなにも…。でも、なにかしら考えてくれてるとは思うけど」
「そう。ところで壁の管理とかは誰が担当してるの?」
「壁って、エリア周囲の防護壁ですか?」
「うん、そう」
魔物を封じ込める目的で、危険エリアの周囲には壁が設けられている。鉄製で、難度によって厳しい管理がされているのが普通だった。
「人手が足りなくて、その管理までは…」
「う〜ん。難度Bだと、そこまで厳重じゃなくてもいいわけか。でも心配だな」
「あの、聞いたんですけど」
「ん?」
「ロックさんって、難度Sにいたって話。本当ですか?」
「うん。それがなにか?」
「ちょっと信じられないんですけど。だって、難度Sっていったら、上級魔法使いでも震え上がるほどのところですよ。こう言っちゃなんですけど、みんなは信じてないっていうか…」
ウィッチーズでは、レベルという実績に応じた数字がある。レベル三十を越えると上級魔法使いだと名乗れ、給与が上がる。ロックのレベルは十二。難度Sを体験したものの期間が短かったため、あまりレベルは上がってない。ロック自身はまったく感心がなく、実績などどうでもいいとさえ思っていた。
「別に証拠みたいなものないからなあ。まあ、別に信じたくない人がいてもいいんじゃない?」
「わ、私は、信じますよ。ロックさんのこと。ちょっと…というかだいぶおかしな人ですけど、悪い人じゃないかなって思ってます」
「はは。僕もクリームさんのことは信じるよ」
「あ、はい」
クリームは少し照れたのか、うつむいた。
「やることないんだったら、そうか。壁の点検でもやっちゃおうかな」
「わ、私も。いいですか?」
「え? クリームさん? いいの?」
「指導係ですから、シンさんも納得してくれるはずです。それに、このままだとまずいと思ってるはずなのでちょうどいい案だと思いますよ」
「じゃあ、僕が」
「私が、シンさんに言います」
「いや、大丈夫だってば」
「いえ。心配なので」
「そんなに心配性だと将来、ハゲるよ?」
「は、ハゲません!」
そんなこんなでロックは防護壁の点検を行うことに決まった。
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