第5話 仲間たちの嫌悪感
「え…。僕、参加できないんですか?」
朝食を食べ終わって、さあ、これから出発だというところになって、シンから言われたのは「ロックさんは待機で」ということだった。それには少し時間を遡る。
朝食が始まる前、ダイニングルームにはシンとローズの二人が並んで座り、机を挟んだところにロックが座っていた。そして机の上にはプリンが置かれている。フタがテープで留められた状態のそれは見覚えがあった。
「これ。開けたのはロックさんのようだね。キールから聞いたよ」
「あ…はい」
ローズは不快感からか眉を寄せる。
昨日、クリームさんに頼めばよかったな。つい、宝珠の解説が嬉しくなって忘れてしまった。でも、この場合、直接言わないとダメか。
「それでだな。ロックさんには、まずローズに謝ってもらいたい」
毅然とした態度のシンがそこにいた。昨日までのお客様相手とは違うと示しているようだ。ロックは彼女に向かって軽く頭を下げた。
「ごめんなさい」
「うん。よかった。ちゃんと謝ることはできるようだね。君は」
おい。僕のことをどういうやつだと思ってたんだ? そこまでか? そこまでおかしいか?
「これでいいか、ローズ?」
「いえ。私、この人と一緒に仕事したくありません」
「ええ。そんなあ〜」
「反省してるように見えないし。だいたい、私に話しかけるチャンスなんていくらでもあったでしょ? なのにずっと黙ってるなんて信じられないんだけど」
「まあまあ、ローズ。悪気はないんだよな? ロックさん」
「もちろんですよ。そもそも、そんなに大事なら名前ぐらい書いてほしいですね」
「な、なんですってえっ!」
ガチャンと机が揺れ、ローズは立ち上がった。シンは彼女を制するように両手を前に出す。
正論だが、悪手だった。この場合、はいしか言わないのが一番いいのだが、つい思っていることが口から出てしまう。
「まあまあまあ! ローズ。落ち着いて」
「勝手に開けておいて、その態度! なんなのあんた! さぞかし嫌われ者だったんでしょうね!」
「あいたた。痛いところつくなあ。さすがローズさん」
「ふざけんなっ。私、こいつとは一緒に仕事しないから! シンさんもそのつもりで」
バタバタバタンと彼女は物にあたりながら部屋を出ていった。そして、言い渡されたのが最初の待機命令だ。
「このままだと無理だな。ローズが、いや仲間たちが一緒に仕事したいと思うような態度をとってくれ。頼むよ」
シンはダイニングルームから去っていった。
言い直したのは、自分に対してもという意味も含んでいるんだろうな。きっと。
「まいったな」
「…あのぉ」
「ん? ああ。クリームさんか」
聞いていたのか、クリームが入ってきた。ジャージ姿の彼女はちょこんとロックの隣に座る。
「背後霊かと思いましたよ。なんですか?」
「は、はいごれい…。く…。そ、それですよっ。ロックさん」
びしっと彼女はロックに向けて指差す。
「え?」
「言葉が、正直すぎてきついんです。だから…もうちょっとオブラートに包むとかしたほうがいいかなと」
「なるほど、なるほど。しかし、ローズさんも相当きついと思うけどなあ」
「え? そ、そうかな? あ、いや、そうかも…しれない…」
「はは。なにそれ? ブレブレだなあ。クリちゃんは」
「う…。って、クリちゃんってなんですか?」
「愛称」
「なんか、ちょっといやですね。それ」
「ん? だったら、リーム? なんか変だなそれ」
クリームは呆れたように肩を落とした。
「いや、もう、なんでもいいです。それで、どうするんですか?」
「ちょっと町でも行ってみるよ。プリンでも買いに行こうかなって思ってる」
一転、クリームはニコッとした笑顔を見せる。
「あ、なるほど。それはいいアイディアです。それでローズちゃんのご機嫌取りをしようってことですね?」
「え? あ、そうか。そういう手もあったか」
「…え? え?」
「いや、僕、プリン食べたくなっただけなんだけどさ。なるほど。そういう方法もあったか」
「あ、はい…」
また、彼女はげんなりとした表情になった。
「どうしたの? なんかいつもより元気がないっぽいけど…。下痢?」
「う、うん。まあ…ちょっとずつ治していけばいいんだよね。いきなりなんて誰だって無理だし、そうだよね」
ブツブツブツとクリームはなにか言っていた。
「下痢なら我慢しなくていいよ。早くトイレに」
「違いますっ!」
クリームは赤い顔をして、大きな声を出した。
「ここがワンダーポリスか」
ロックは町の入り口に立っていた。背中にはリュックを背負い、腰にはウエストポーチをつけている。クリームと話したあと、彼以外のメンバーは寮から出ていった。それを見計らってから準備して外出し、今に至る。
プリン買って、謝ればローズちゃんもわかってくれますよ。
クリームから圧力を受けて買うことになったのだが、同じものを買っても面白くない。というわけでシュークリームを買うことにした。土産物屋の位置を確認したあと、もっとも興味のある場所へと向かう。それは宝珠屋だった。宝珠屋といえば「まじかる」が有名だが、彼が興味を示すのは中古店のほうだ。
情報によると宝珠の中古屋は二店あり、一つは全国に何店舗もある「オルフォス」。もう一つは個人経営のナース宝珠店だ。オルフォスに入る。奥の中古コーナーには、箱に入った宝珠が雑に入れられていた。同じ趣味の人がゴソゴソと手を動かしている中、ロックも同じように目当てのものを探す。
属性ごとに色付けはされているものの中身はわからない。なので、宝珠の表面にシールが貼られている。ただ、それが本当なのかどうなのか、わからないという適当っぷりだ。さらに店員に聞いても確認してないからわからないという潔さ。
「いいのはなさそうだな」
オルフォスは中古店でも有名だ。なので、いいものは買われている可能性は高い。残るはナース宝珠店。
そこは見るからに小さな店で、駄菓子屋に近い雰囲気のある店だった。商品が宝珠になっているだけで、なぜかトイレットペーパーなどの日用品も一緒に売られている。五十代ぐらいのおばさんがカウンターの奥から出てきた。
「いらっしゃいませ〜」
愛想がよさそうなおばさんだが、詳しいことは知らなさそうだ。でも、一応聞いてみることにした。
「おばさん。マナアブソーブっていう宝珠を探してるんですけど、聞いたことはありますか?」
「マナアブソーブ…。少々、お待ちください」
おばさんは奥へと引っ込んだ。その間、店内の宝珠を眺めていく。使われない魔法の宝珠がチラホラとホコリをかぶっていた。
「ふむふむ。なるほど。さすが誰も来なさそうな店だ。しかし…これは…」
一つの宝珠をつかみとる。その宝珠にはなにもシールが貼られていなかった。
魔法名の記載なしか。オルファスのところよりギャンブルだな。
「お客さん。マナアブソーブをお探しで?」
「あ、はい」
振り返ると、そこにはおじさんが立っていた。さっきの人の夫だろうか、頑固そうな人だ。
「数日前まであったんですけどね。買われた方がいまして売り切れに」
「そうですか。わかりました。じゃあ、代わりにこれを」
せっかく来たのだからという理由で、ギャンブル性の高い宝珠を買った。百ゴールドだから安いものだ。
店を出て、お土産屋に向かう。
それにしても、ここもハズレか。
マナアブソーブ。空気中のマナを吸収する作用を持つ宝珠だ。それを使えば周囲のマナ濃度を減らすことができる。濃度が減ればエサである魔結晶が作られない。よって、魔物を減らすことにつながる。だが、その第一歩が踏み出せない。
しかし、おかしいな。どこにいってもマナアブソーブが売ってない。これは偶然か? それとも誰か回収してるとか?
土産物屋でシュークリームを購入。帰りの道を少しそれた。使われてなさそうな公園の中に入り、木のベンチに座る。試したいことがあった。それはさっき買った宝珠だ。期待はまったくしてない。だが、試せるならすぐに試したい。
リュックを下ろし、ポーチからワンダーリングを取り出した。その金色のリングを手首につける。穴は六個で、その中の三つには白、黒、赤の宝珠がはめられている。空いている一つにさっき購入したばかりの宝珠をセット。魔力を溜め、トリガーである魔力が溜まったら、ワンダーリングは青白い明滅を繰り返す。
対象は自分。目の前の木にぶつけてもいいが、状態異常魔法だと効果がわからない。
ロックは自分の体に向けて、手を広げた。魔法名を言う必要はなく、放った魔法の発動光線が彼の体に触れる。
「…ん?」
反応なし。空、ではないな。ということは遅延系?
空というのはまさしくなんの呪文コードも入ってない状態のことだった。空の宝珠など、ビー玉として使うぐらいの用途しかない。遅延系は、遅れて発動する魔法のことで、確認するときに厄介な一つがこれだった。
「まだわかんないか。少し様子見だな。ん?」
ガサガサ。
遠くのほうで茂みが揺れた。顔を出したのは、猫だった。しかし、だたの猫ではなく、頭から角が生えたホーンキャットという魔物だった。体長は犬ほどだが、魔物には違いない。その小さな体から魔力が漏れ出ているのがわかる。
「あれ? ここにも出るのか。立入禁止エリアより外なのに…」
危険エリアの周辺は立入禁止エリアとして看板を出してたりマップで示している。ここはその区域よりは外側。つまり本来は安全エリアと呼ばれる場所だった。
危険エリアから魔物が広がっていく。防護壁が周りを取り囲んではいるが、全ての魔物を完璧に閉じ込めることは実際できない。完璧を追求するとなると人員が足りなさすぎる。
魔物を見つけたという報告が伝われば、上層部からお叱りがある。そういう厳しい立場にいるのが魔法使いたちだ。といっても外に広がっていくのは競争に負けた弱い魔物がほとんどなので、怯えることはない。
ロックは立ち上がった。
「しょうがないな。ここは僕が町への侵入を阻む守護者として戦ってやろう」
「シャー!」
威嚇するように唸るのは猫と同じだった。そして、毛を逆立て、しっぽも立てる。
ホーンキャットは…デバフ、状態異常に弱かったな。
「可愛そうだけど、やるしかない」
魔物とは、魔力により能力が高くなった動物。とりわけこういう猫だと素早さは高い。だとしたら最初にやることは…。
魔力を溜める。
溜めるという行為は、体内の魔力を吐き出すのと空気中に漂うマナを集める作業だ。集める場所は手のひらから少し距離を置いた一点。相手が攻撃する前に即座に発動した魔法は、素早さ低下のスピードダウン。それを連続発動し、射出された発動光線は弧を描くように対象に命中していった。それを示す弾かれた光のエフェクトがかかる。この間一秒もない。
流れるような魔法発動にホーンキャットは避けることはできず、動きが遅くなる。ロックと魔物との距離は三メートル以上。攻撃、回復以外の補助系と呼ばれるこういった魔法の欠点として、有効範囲が狭いことにある。よって使われることは少ない。だが、彼は独自のオプション宝珠によって遠距離から発動、命中させることを可能にしていた。
さらに、よく使うであろう魔法は全てオプション宝珠に登録されており、見た目の使える魔法の数と実際に使える数は一致しない。一つの宝珠に一つの魔法が常識だが、それに反している。これも彼独自のやり方だった。いちいち宝珠をはめて使うのは非効率。そこでまとめて登録する方式にしている。
デバフが当たればこちらのものとばかり、ロックは近づいて仕上げにとりかかった。トドメとして繰り出すのはマナポイズン。これは体内の魔力がじょじょに消失する状態異常だ。
魔物は体から魔力が一定以上消失すると絶命する。それはまるで血液のごとく、魔力は魔物の生命活動を行う上でなくてはならないものだ。
ホーンキャットは力なくがっくりと寝転がり、最後にガクッと頭を地面につけた。
補助系魔法は攻撃魔法より消費魔力が少なく、魔物にとっても痛みは薄い。
ま、実際、どうなんだろうね、この殺し方は。魔物の立場じゃないから僕にはわからないな。
「さてっと。そろそろ戻るとしますか」
命を絶ったことを確認した後、ロックは寮に戻ることにした。
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