第4話 ロストマジックの紹介

 研究者、ねえ。

 魔法研究という分野があり、ウィッチーズにもそういった研究開発課があることは知っている。


 そして、彼らが魔物発生に対する根本治癒に手を出さないことも知っている。その理由もだいたい察しがつく。つまるところ、魔物がいなくなると会社の利益が減るからだ。これに尽きる。


 魔物から人々を救う仕事。


 それは聞こえの良い、かっこいい仕事だ。魔法使いは魔物討伐専門警察官のようなもので、世間からの評価も高い。だが、実態は一番重要なところは放置して金を儲けているに過ぎない集団だ。

 増殖する魔物が不安を高ぶらせ、どうにかしてくれと人々は国に助けを求め、その声に反応し、魔法使いの業界が生まれ、金を生んでいる。


「ま、俺もそれに加担しているのだから、大きな声で文句は言えない。だけど…誰もやらないのならば、自分でやるしかない。難度Sで生き残るぐらいの実力もついたことだしな」


 ロックは一人、部屋で宝珠を眺めていた。魔法を使うためのワンダーリング、そしてはめこんで使う宝珠はワンセットだ。持ってきた透明のケースにはいくつものカラフルな宝珠が入っている。


 それらは失われた魔法、ロストマジックを使うための宝珠だ。汎用性が高く、組み合わせによっては使えるだろうと選んだ宝珠セットは、研究、実践の成果という側面もあるが、半分趣味みたいなものだった。


「あ…プリン」


 ローズのプリンのことを思い出す。謝ろうとしていたが、言うのをすっかり忘れてしまった。食べたわけではなくフタを開けてしまっただけで、その後はテープで留めて一時しのぎしている。しかし、もう夜は遅い。明日にしよう、と思っていたところでノックの音がした。

 もしかして、ローズさんか? よくも私のプリンを〜っていう展開になるんじゃ…。やばいな。


 出てみると、そこに立っていたのはクリームさんだった。意外な人物だ。あのメンバーの中で自分の部屋を訪れそうなランキングがあるとすれば、最下位に位置するといってもいい。


「クリームさん。どうしました?」

「あ、えっと。ちょっといいですか?」


 ここでは廊下から見られてしまうため、中に入りたいようだ。しかし、それはそれで問題がありそうだが、彼女がそうしたいというので中に入ってもらった。


「なにかご用ですか?」

「ちょっと、ロックさんが心配になって」

「はあ」


 心配? ああ、たぶん、シンさんが僕を別室へ連れ出したことをどこかで聞いたのだろう。


「初日じゃないですか。だから、嫌いにならないでほしいんです。私たちのこと」

「ああ。そのことですか。大丈夫ですよ」

「え?」


 軽い口調に、驚いた様子の彼女がいた。


「僕がちょっと特殊なんで。彼らはまともですよ。そこはちゃんとわかってるので」

「そ、そうですか。よかったです」

「それにしても、クリームさん。あなたのほうこそ心配ですね。あんなこと言った僕のところにわざわざ一人で来ますか? しかも異性の部屋に」

「あ、いえっ。その…あの…」


 視線を左右に動かし、いかにも嘘をつけそうにない人の対応を見せる。

 ははあ。裏に誰かいるな。


「ローズさんにでも言われたんですか? ま、それしか考えられないですよね」

「あ、そ、そうです…」


 ん? なんか不自然だな。彼女の反応、まるでそうじゃないと言わんばかりだった…。まあ、いっか。

 クリームはチラリと視線を後方にある宝珠のほうに動かした。


「これ、気になるの?」

「い、いえっ! やけにたくさんあるなあと思っただけですよ」

「見てみる?」

「いいんですか? ありがとうございます」


 ロックは絨毯が敷かれた床の上に座った。そして、ケースを持ってきて一つずつ取り出していく。クリームは正座して座り、やや緊張の面持ちだった。


「これがダテレポの宝珠」


「ダ、ダテレポ? テレポではないんですか?」

「質問です。じゃあ、テレポとは?」

「えっと。任意の場所に移動するための魔法です。でも、大量の魔力が必要なので一人の魔力じゃ使うのは無理ですね。それを可能にしたのがテレポーターです」

「正解。こいつはダメなテレポ。つまり劣化版だ」

「どういう魔法なんですか?」

「知りたい?」

「は、はい。できれば…」

「しょうがないな〜。教えてあげよう。これはね。上に上がるんだ」


 ロックは人差し指を天井に向けた。クリームはクエスチョンマークを頭に浮かべている。


「テレポは目的地に向かって移動するでしょ? こいつは違う。ただ、真上に浮き上がるだけだ」

「空を飛んで移動できるってことですか?」

「いやいや。浮き上がって、元の位置に戻ってくる。落ちてくるときは重力に逆らいながらだから、スタッて感じでちゃんと着地する」

「そ、それだけ?」

「うん。だから、失敗作なんだこれ」

「は、はあ。他には?」


 元あった位置にはめ込み、横の宝珠を取り出す。


「こいつはアストーンの宝珠」


「ストーンってことは石に関係するんですよね?」

「うん。なんだと思う?」

「ええっと…。…。わかりません」

「これは自分を石化させるんだ」

「ええ!? 相手じゃなくて自分ですか?」

「そうそう。数秒後、元に戻るけどね」

「珍しいですね。でも、状態異常系ってことになりますけど、相手を石化させるロックプリズンっていうのがありましたよね。それとどう違うんですか?」

「ん? こいつは消費魔力が少ないんだ。それにロックプリズンは石化したら治癒しない限りずっとだろ?」

「な、なるほど。他には?」

「じゃあ、これ」

「白い宝珠ですね。聖属性ってことですか」

「これはね。カースヒール。範囲S回復魔法だよ」

「範囲Sって、エリアヒールの範囲は確か…」

「Aだ。これは消費魔力も少なくって、効果範囲はエリアヒールより大きい」

「え? じゃあ使えますよね? エリアヒールより」

「でも、使用者に状態異常がかかる」

「えー!」


 クリームの反応に、ロックの顔が柔らかくなる。


「自己犠牲の回復魔法。面白いでしょ?」

「はい。他にはなにかあるんですか?」


「あと、珍しいのっていったらこれかな。ダサーチ」


「場所の特定ですか?」

「そのサーチは、ポスっていうマーク付け魔法とセットだよね。これは、魔法を使ったやつの居場所を指し示すんだ。半径百メートルぐらいだから狭いけど」

「それって、どういった場面で使うんですか?」

「ん〜。例えば建物の中で魔法使いと戦うときに有効だよ。そんぐらいかな」

「ほ、他には?」

「え〜? 今日はこれでおしまい。これ以上は企業秘密」

「そ、そうですか。残念です」


 しょんぼりとする彼女。

 難度Sエリアにいた僕のことが気になってきただけか。


「また来なよ。そしたら色々教えてあげる」

「あ、でも、ここに来るのはちょっと…」


 それもそうか。夜な夜な女が男の部屋に来るとか、怪しすぎる。他のメンバーも気になるだろう。


「かといって、休憩室もやだなあ。あそこは人が入ってきそうで落ち着かないし…」

「あの、ワンダーポリスに行けば…。近いですし、店はいっぱいありますよ」

「そうだなあ。でも、いちいちそこまで行くのも嫌だな。あ、そうだ。おごってくれるんだったら行ってあげてもいいよ」

「あ…。はい、じゃあそれで…」


 クリームは苦笑いを浮かべた。


「ところで、魔物のほうは大丈夫なの?」

「え?」

「初めて会ったとき、バタバタしてたみたいだけど。そのこと」

「大丈夫です。無事、追い払うことができました」

「追い払う? 倒さなかったんだ」

「はい…」

「まあ、いいや。明日、僕も参加することになるから、倒してあげよう。例の厄介な魔物をね。実はそのためにきたんだ」

「そうだったんですね。よろしくお願いします」


 最後にクリームはペコリと頭を下げて、部屋から出ていった。

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