第3話 魔法使い業界の実態

 寮は個室に別れ、トイレ、風呂共同。

 シェアハウスのように共用部分のキッチンがある。魔法により生活は一変し、魔力による冷蔵庫、洗濯機、コンロなどが備え付けられている。


 夕飯前、冷蔵庫を開け、プリンがあったのでそれを出したロックは、嬉しそうにフタを開けた。


「あ…」

「ん?」


 キールに鉢合わせする。寮にいるウィッチーズの社員たちは普段着に着替えていた。彼はケープを羽織った制服姿ではなく、シマシマのYシャツに伸縮性のある長ズボンだった。


「それ、ローズのだぞ」

「あ、そうなの? やばいな。フタ、開けちゃったよ。どうしよ?」

「はっ。知らんよ。そんなもん。あ〜。やっちゃったな〜」

「ローズさんに謝るか」

「あいつは怒ると怖いからな。そんぐらいで許してくれるとは思えないけど、ま、俺には関係のないことだ。じゃあな」


 キールは触らぬ神に祟りなしとばかり、その場を離れた。


「…どうするかな」

 

 夕飯は担当のおばさんが来て料理を作ってくれる。今日は煮物と肉料理だ。時間になると五人のメンバーがダイニングルームへ集まり、イスに座る。代わりに用事が終わったおばさんは出ていった。


 いつもより少し豪華な料理なのか、キールは目をキラキラさせていた。逆にローズはムスッとしていて、もう一人の女子は大人しそうに身を縮こませていた。


「まずはいただくまえに、ロックさん。一言お願いします」


 彼は立ち上がる。


「どうも。ロックです。ええと…よろしく」

「俺はリーダーを務めさせてもらっているシン」

「キールだ」

「オルト」

「ローズよ」

「クリームです。よろしくお願いします」


 ふんわりとした髪型のクリームと目が合った。しかし、全力でそらされた。首元まで伸ばしている髪は内側にカールし、小顔に見える。少しだけ黄色のクリーム色をした髪色が特徴的だ。タレ目で、ローズとは印象が異なる。


 服装も真逆で、ローズは赤いチェック柄のシャツにショートパンツで可愛らしいが、クリームは動きやすいが少しダサいジャージだった。胸のサイズもクリームは大きく、ローズは控えめ。何もかもが逆だ。


「個性的なメンバーだが、基本、いいやつばかりだ」

「シンさん。そろそろ食べましょうよ」

「あ、ああ。じゃあ、いただきます」

「「「いただきます」」」


 ロックはもぐもぐと口を動かしながら、それぞれのメンバーの顔を見ていく。

 こういった食事風景はウィッチーズの社員であれば珍しいことではない。ちゃんと就業規則に定められている。仲間たちとの交流を深めるために、一緒に食事することという項目がある。つまりこれも仕事の一部というわけだ。


 ただ、前の難度Sエリアでは、ウィッチーズの社員は僕一人だけだった。ライバル会社の社員と一緒に飯をするわけにもいかず、毎日一人飯だ。形式上は共闘エリアとなっていたが、実質は会社別に、別々行動。さすがにいじめかと思った。それでも僕が辞めないでいたのはインドア派だからで、一人でコツコツなにかをすることに長けていたからだ。


 超危険エリア。それも一人きりにさせて辞職に追い込んでやろうなどという、どこかのやつの策略だろうが、効果なしに終わって今頃次の作戦を練っているのかもしれない。そんなことを考える暇があったら、もっと大事なことに時間を裂いてほしいものだ。

 

「ローズ。お前、肉食べないんだろ? くれよ俺に。代わりにこのピーマンやるからさ」

「野菜しっかり食べなさいよ。そんなだから、小さいままなのよ。あんたは」

「なんだと? お前もたいして大きくないじゃないか」

「ふふん。女子の中では平均より少し上よ」

「少し上って、どんくらいだよ。ほぼ平均だろ」


 ローズとキールは中心となって賑わいを見せる中、オルトは一人もくもくと食事を続け、クリームはローズの横で相槌をうつ役を担っている。


「騒がしいだろ?」


 正面のシンが声をかけてきた。


「そうですね」


 ローズとキールの会話が止まり、彼らの視線がロックに向かう。即答の返事に、シンは苦笑いだ。


「はは。君は正直だね」

「よく言われます」

「ところで、前いたのは難度Sだと聞いたが…」

「ああ。一ヶ月だけいましたよ。いや〜。あれはひどかった」

「どんな感じだったんですか?」


 興味があるのか、シンは言った。


「いきなりなんの前触れもなく突然決まって。人事のゲオルグってやついるじゃないですか? あれに目をつけられちゃったんですけど、ひどいやつですよ」

「いや、俺が聞きたいのは現場はどうだったのか、ということです」


「ああ。まあ、大変でしたよ。魔物を倒しても倒しても、キリがないって感じです。なんというか、例えが悪いですけど、蛇口があって水が出ているのに、止めることに目を向けず、溜まった水を一生懸命かき分けているだけのバカな作業に思えてきまして」


 その場にいた四人がシーンとなる。これにはロックも気づき、黙った。

 それを言っちゃあおしまいだという空気が部屋全体を包み込む。この業界で働く人たちの多くが一度は思ったことはあるが、口には出さない事実だった。


 魔物は魔結晶という魔力の塊を食べて生活している。その魔結晶は空気中に漂うマナが蓄積されたもので、まるでホコリのように発生する。条件があえば、大量に発生。そこへ集まる魔物とそれを捕食する魔物で魔物の数が増え、どうにも対処できなくなった場所を魔界と呼ぶ。


 魔界は人が手入れしないような場所、例えば森、山に発生しやすい。たまに民家に発生することがあり、魔界になると元通りにするのは困難。危険エリアとして国から認定され、難度の検査も行われる。難度はその大きさや、魔物の強さに比例。さらに放っておくとエリアは拡大するため、拡大しないように努める組織が魔法使いだった。


 マナを減らせば魔結晶はなくなり、魔物が発生しなくなる。それならばと大量にマナを消費してしまうと、生命の源でもあるマナが薄くなり、植物が枯れて砂漠化する。砂漠化か魔物と戦っていくか、その結論は出ないまま、折衷案として今の状態が続いている。ただ、それぞれに支持派がいて、小さな争いは続いていた。


 魔物全滅派は砂漠化しても生きられる工夫をすればいいと話し、魔物共存派は、今後のために砂漠化するべきではないと話す。危険エリアを全て爆破してしまえばいいなんていう過激な意見も一部の人から出てきている。


「あの。ロックさんでしたっけ?」


 沈黙を破ったのは口うるさそうなローズだった。


「私、この仕事に誇りを持ってるんです。それをバカにするような発言はやめてもらっていいですか?」

「いや、でもさ。ローズさんは僕が言ったことについて、なにも感じないんですか?」


「感じません!」


 机が振動し、ガチャンと皿が鳴る。


「声が大きいって」

「この人が変なこと言うからでしょ? 誰? 呼んだやつ? 私たちだけで十分だっての」


 場の空気は悪くなり、そのままの流れでローズ、クリームは退出した。そして、ロックも食べ終わったので食器を洗い場で洗う。退出しようとしたところでリーダーに呼ばれた。別室行きだ。


 げっ。


 こういうときは注意を受けるだろうな、という予測を外したことはなかった。支店の建物にわざわざ移動し、着いたのは休憩室だった。安っぽい机に向かい合うようにして座る。


「ロックさん。困りますよ。ああいうことをあの場で言うのは」

「事実でしょ」


 シンは困ったなと頭を抱えるような仕草をとる。そして、正面の純粋な目を持つ、厄介な若者の顔を見た。


「それが事実であっても、俺たちの仕事は魔物エリアの拡大を食い止めることです。それが求められてることなら、誰かがやらなくてはいけない」

「いや、それは否定しませんよ。必要で大変だし、やりがいのある仕事です。でも、次から次へと溢れ出てくる魔物を前に、不毛だなと思ったのは僕だけじゃないはずです」

「じゃあどうしろと言うんですか?」


 シンはわかってないなと言わんばかりに首を軽く左右に振った。


「やることは一つでしょう。病気になったら根本を治療しないといけない。対処療法ばかりしていても意味がない」

「ならば研究者になることをオススメします。俺たちが担当しているのはあくまで対処の部分。それ以上のことを考える必要はない」

「へえ。本気でそう思ってます?」

「もちろんです。とにかく、これ以上仲間たちとの空気を悪くするようなことは言わないでいただきたい。それができないようであれば、本部に戻ってもらいます。そこで研究職志望だと伝えてください。なんなら俺が推薦状を書いていいですよ」


 最後のは嫌味かよ。

 ロックはため息をもらす。そして、「わかりましたよ」と諦め口調で伝えた。

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