第2話 初日のワンダーポリス

「リーダー! また、例の魔物が!」


 ワンダーポリスから北東に位置する難度B危険エリア。五人のウィチーズの社員たちは厄介な魔物を発見した。


 目の前にいたのは巨大な亀だ。体長五メートルほど。動きは遅く、のろのろと前進してくるその姿は強そうには見えない。しかし、社員たちの顔色が変わった。


「くっ。またか。キール、オルト。サンダーボルトだ」

「「了解。サンダーボルト!」」


 攻撃役の二人から水棲の魔物の弱点である雷属性を射出する。亀は甲羅に閉じこもって防御体勢を築く。雷撃が命中し、甲羅を揺らした。


 数秒後、様子を見守る社員たち。やったかと期待を膨らませたが、亀は甲羅から手足を出し、前進を再開させる。


「くっ。一時撤退だ。逃げるぞ」


 五名の社員たちは危険エリアから逃げ出した。ウィチーズのワンダーポリス支店は一階建ての平屋だ。そこへ戻り、作戦会議室へ。真四角の大きな机の上には危険エリアの地図が広がっていた。


「またあの亀か。今日のポイントを変えるか…」

「それか、臭い袋を投げつけるしかないっすね」


 メンバーの一人、若い男が言った。金髪ツンツン頭のキールだ。


「やはりその方法しかないか」

「リーダー。本日、本部から新しい社員が来るみたいですが」


 オルトは言った。寡黙で図体がでかいのが特徴の男だ。


「ああ。なんでも本部から来るエリート社員だというが、余計なことだ。我々だけで十分だと言うのにな」


「…あのぅ」


 ガチャとドアが開かれ、申し訳なさそうに受付嬢が顔を出す。その衣装は黒を基調としたフリフリの可愛らしいものだった。これ目当てで受付の仕事を望む女子も多い。


「なんだ?」

「本部からの社員さん、来たみたいです」

「そうか。ならば出迎えを」

「いえ。それが…」

「ん?」


 受付嬢は隣の部屋を指差す。隣は休憩室で長机、イスがある場所だった。そこへ足を運ぶと、机に体を預け、突っ伏している男を発見した。


「…誰だ?」

「その人がロックさんです。本部からの社員さんです」

「…」

「あの…」

「ああ。後はこっちでやっておく」

「はい。では」


 受付嬢は部屋から出ていった。

 リーダーのシンはウィッチーズに入社して二十年目の古株だ。散髪するときは手間なのでいつも短めに刈り、三十後半の独身。頑固なところはあるがマジメな性格が評価されていた。


 これまで少し無礼なやつはいたが、始めからあからさまにだらけている社員は初めて見たようで、眉をひそめる。しかし、最初から怒るのはいかがなものかなどと迷っていると、当人は起き上がった。うっすらと目を開け、目をごしごしとする姿はいかにも眠そうだ。気配に気づいたのか、後ろを振り返る。驚いた様子はなく、銀髪の青年はゆっくりと視線を上にあげた。


「あ、どうも。今日からお世話になるロックです」

「そ、そうですか。それはどうも。私、リーダーのシンです。本部から来たようで…」

「はい。ここのほうが楽ってことで、着任しました」

「ら、楽、ですか」

「ああ。失礼。でも、対処できない魔物がいるようですね。話を聞かせてもらえますか?」

「…いえ。それは私達の仕事ですから大丈夫です。それより、寮のほうには向かわれましたか?」

「はい。荷物は少ないんで明日から一緒に仕事できそうですよ」

「そうですか。今日は寮にお帰りください。私たちは忙しいので。では」

「わかりました」


 シンは休憩室を離れ、ハアっとため息をもらした。キールは苦笑いを浮かべている。


「なんですかあれ? エリート社員ってことで期待したのに、とんだクソ野郎だ。ねえ。オルさんもそう思うでしょ?」

「…ああ」

「まあ、今日は疲れているだけかもしれん。様子を見ようじゃないか」

「いや。疲れって、テレポーターがあるんだから疲れる要素ないですよ」

「そうね。一瞬で移動できるわけだし」


 相槌を打ち、口を開いたのは茶髪のショートヘアー、ローズだった。


 テレポーターは主要な都市間を移動するために作られた施設だ。料金を払えば基本的には誰でも使える画期的なもので、それまで馬車で運んでいたものがかなりの時間短縮されることにより、都市部では様々な商品が行き交うようになった。


 その変化に対応できない運送業者たちは抗議を続けていたが、そういった声は便利さの陰にすっかり埋まってしまった。


「やることが他にあったんだろう。今、俺たちがやることは目の前のことだ」

「わかりましたよ」

「それで、やっぱり臭い袋を使うっていうことにしますか?」

「そうだな…」


 ロックは眠そうな顔をして、休憩室から出てきた。作戦会議を開いている五人に近寄る。



「あらまあ。忙しそうですね。じゃあ、僕はこれで」



 ロックはニコニコ顔で去る。パタンとドアが閉まり、シン他一同はその素直な態度を前に呆気にとられた。

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