実は、ぐうたら魔法使い社員はSランク級

kiki

第1話 問題がある魔法使い

 外は暗くなっていた。


 魔法使いの会社ウィッチーズの本部会議が本日開かれていることになっている。場所は国の中心都市ウィルミントン。三階建ての建物であり、会議が開かれるのは机とイスが並んだどこにである会議室だ。


「おい。聞いたか?」

「ん?」


 若い男は少し早く着いたことと、知り合いの顔があったことから時間つぶしに会話することにした。ウィッチーズには制服があり、白のワイシャツの上に黒のケープを羽織っている。


「例のやつ」


 男はなんの話かと一瞬真顔になったが、すぐに察した。


「ああ。ロックさんか。なんでも飛ばされたらしいな。超危険エリアに」


 ニヤニヤしながら、男は話を続ける。


「勤務態度が悪いからって、上の連中がわざとそのエリアに飛ばしたって話だぜ」

「しっかし、いきなり難度Sに飛ばすとか、上層部も酷いな。たぶん、推したのはゲオルグ部長だろ?」

「ああ。間違いない。それで、だ。今日、そのロックが戻ってくるって話だろ」

「生きて帰ってくるのか?」

「さあな。案外、この場でお亡くなりになりましたっていう訃報を聞くことになるかもしれない」

「げっ。嫌だなそれ」


 時間が近づいてきたこともあり、魔法使いたち社員が続々と集まって席についていく。女性の場合は下はスカートで、胸のところに赤いリボンがついている。友人を見かけると話しかけ、ザワザワしだした。


 そこへ、ゲオルグ人事部長が到着。彼はスーツを身に着けているがお腹がパンパンに膨れ上がっていた。まるで妊婦のようだという陰口が囁かれていることを彼は知らない。


 齢は五十後半。現役活動は引退し、本部に留まって主に人事を担当している。気に入るものにはニコニコと笑顔だが、気に入らない相手には厳しい。そのため、若い魔法使いたちから騒がしさが消え、静かになる。先程の男二人もひそひそ話に切り替えた。


 上司の悪口は盛り上がるかっこうの話のタネだが、聞かれたら大変だ。特にゲオルグ部長に目をつけられたら難度の高い危険エリアに送られる。そして、死ぬのが怖くて行く前に辞めた社員は何人かいた。


「今のところ、まだ来てないみたいだな。来るか来ないか、賭けするか?」

「やめろって。一応仲間だろ」

「でもよ…。あ…」


 入ってきた男に視線を向ける。言葉を詰まらせたのは、それが件の男だったからだ。

 ロック・ハザード。

 銀髪のサラサラヘアーを揺らし、背は少し低く、パット見は美男に見えるその男は、徹夜明けのような死んだ魚の目をしていた。


 両親が経営している宝珠屋を手伝っていたが、息子が接客し始めたとたんに経営が悪化。宝珠とは、魔法を使うときに必要な玉であり、店をやめるよう言われた。さてお金に困ったと、男が就職先に選んだのは魔法使いだった。齢二十五。異色の経歴だが、魔法学校を卒業していたこともあり、魔法の知識はそれなりにあった。


 やる気のなさは当時から評判だったが、採用したのは社長の気まぐれとか、社長と知り合いで実は仲がよいとか、大金を渡したとか色々噂があったが真相はわからない。ただ、噂をしていた男たちは、目を見開く。そして、ポツリと「嘘だろ」とつぶやいたのは、彼が健康そうでピンピンしていたからだ。


 難度Sは最前線の戦場と同じ、凶悪な魔物の巣だ。ドラゴンさえ通るのを避けるというほどの危険な場所で一ヶ月間過ごしていた男は、少し疲れた表情で周りを見渡した。


「だるいな」


 開口一番、ロックは面倒くさそうに最後列の席に座った。机の上には会議の資料があったが、その上に腕を組んで顔を預け、机に突っ伏した。それに気づいたのは壁際に立っていたゲオルグだ。彼は目を細め、厳しい目を向ける。


「君たち! もっと前に来なさい!」


 彼は社員たちに指示を飛ばす。従うのは中段にいた人たちであり、やれやれと前列へ仕方なく移動する中、まったく気づかないやつが一人いた。ロックだ。彼は突っ伏したままピクリとも動かない。そこへゲオルグは近寄り、彼の後頭部をにらみつけていた。


「おいおい。あれ…」

「ロックのやつ、やばいぞ」


 社員たちはこれから大変なことになるのでは、という好奇心で後方を振り向いている中、入ってきたのは社長だった。ゲオルグとは性別もそうだが真逆の存在だ。


 女社長リリスは一言で言うと金髪美女であり、スタイル抜群。魔法使いとして輝かしい成果を積み重ねてきた彼女は若くして社長に上り詰めた。赤いレディーススーツでぴっちりとした姿は、まさしくキャリアウーマンで、働く女性そのものだった。


「あ、社長。これはどうも」


 ゲオルグは厳しい表情から一転、柔和な表情で話しかける。


「どうした?」

「いや、こいつが…」

「ああ。おい、ロック。起きろ」


 リリスは彼の背中に手を触れ、軽く揺らした。ロックは眠そうに起き上がる。


「ああ、社長」

「おはよう。ロック。今から会議だぞ」

「わかったよ」


 大あくびする彼に、ゲオルグは睨んだ。

 会議が始まっても、ロックは最後列から移動しなかった。机に突っ伏すことはなかったが、興味なさそうに会議資料に目を向けている。営業部長のおじさんが壇上に立ち、報告を行う。壁際にリリス、ゲオルグが立ち、映し出された画面を眺めていた。


「現在、ウィッチーズの担当は全国の魔物出没エリアのほぼ六十パーセントを占めております。グラフのように、難度B、Cは八十パーセント弱で、今後、難度Aのより高いランクへの移動が課題となってます。そのため、社員のかたの一層の努力と経験が必要となります。続きまして、競合の動きです。業界第二位のブレイブハーツ社が担当エリア率を落とし、縮小傾向です。代わりにとなりの魔女社が勢力を拡大しているようです」

「魔女社は設立してまだ二年の新しい会社だったな。エリア拡大している理由はなんだ?」

「難度S、Aエリアのパーセンテージが上がってます。B以下のエリアは横ばい。つまり、高難度の危険エリアに絞って、拡大しているようです」

「難度Sを担当していたのは、この中ではロックか。確か、魔女社との共闘エリアだったな。どんな感じだった?」


 シーンとなる。遅れて、自分に聞いていると気づき、顔を上げた。


「…え? あ、俺ですか?」

「そうだ。ロックはお前しかいないだろ。聞かせてくれ」

「どんな感じだったというのは?」

「こらっ! 立ちなさい! 社長に失礼だろ!」


 ゲオルグは大声を出し、ロックは面倒くさそうに立ち上がった。


「ライバル会社の担当者だ。思ったことを口にしてもらって構わない。容姿や実力とかそういったものだ」

「ああ。あまりパッとしないやつらでしたね。俺と同い年ぐらいの連中が多くて、五人でチーム組んでましたけど、なんというか…怯えてましたよ。まあ、危険ですからね。あそこ。僕も居続けるのは嫌だったし」

「そうか…。ロックから見て、実力はあまりないように見えたか?」

「そうですね。まあでも、Sに派遣されるやつらですからね。ある程度あるのが普通でしょ。じゃなきゃ死んじゃうよ」

「こらっ! タメ口をやめろ!」


 ロックはうるさいなとため息をもらした。


「まあまあ。わかった。ロック、ありがとう」

「どうも」


 営業の報告が終わったあと、次は人事からの報告に移った。ゲオルグがややイライラした様子で、社員への配置、その決定事項を伝える。


「ロック。お前は…難度Bエリアに移動だ」


 難度Sから難度Bへの移動。この決定に、ロックはニヤリと微笑んだ。反対にゲオルグは気に入らないようで、眉を寄せる。

 そのあと、せっかく集まったということで軽い食事の場が設けられた。ロックは一ヶ月間ではあるものの、難度S担当だったということで注目を集め、周りの社員から声をかけられることが多かった。


「よく生きて戻ってきたな」

「まあね」

「どうやってくぐり抜けたんだ? 秘訣を教えてくれよ」

「あー。まあ、色々。魔法の使い方を工夫したんだ」

「使い方? 詳しく聞かせてくれよ」

「失われた魔法」

「は?」

「ロストテクノロジーっていうのがあるけど、それの魔法版。古代の魔法とかいわれてる。僕はそれを研究しているんだよ」

「はあ…。そんなこと初めて聞いたぜ」


 ロックは酒を少しだけ飲み、三十分ほどして、彼は早々に帰ることにした。わいわいがやがやしている場所はあまり好きではない。


 そこから離れ、ある人と待ち合わせをしている時間まで時間をつぶし、向かった先は居酒屋だった。カウンターと奥のほうに仕切られた二人席、四人席が複数ある。彼は奥のほうの二人席に移動し、待っていた人の向かいに座った。


「遅かったな。女性を待たせるとは、感心せんぞ。ロック」


 それはリリスだった。


「社長。本日は、お誘いいただきましてありがとうございます」

「ふっ。なんだその喋り方は?」


 リリスはロックと以前からつながりがあった。それは同じ魔法学校のクラスメートだったことだ。学校のときに仲がよかったわけではなく、会社に入ってから仲がよくなったという関係だった。


 用意されたビールのジョッキをぶつけ、軽く喉を潤す。


「社長。ありがとう。これでやっと、ホッとできるよ」

「ゲオルグ部長は難度Sに留まらせるべきだと言っていたがね。会議での、あの余裕発言が出せるのなら、今から変更してもいいが?」

「冗談じゃないよ。もうゴメンだ」

「はは。しかし、周りの社員も驚いていたようだ。今後、君に意見を聞くことは増えるかもしれない。よろしく頼むよ」

「口を動かすぐらいだったらやりますよ。その際は特別手当お願いします」


 店員から注文したタレがのった焼き鳥が届き、食べ始める。


「しかし、ライバル会社との戦いもある。体を動かすことも、君の役割だ」

「じゃあ、社長。俺を上層部の仲間入りさせてくださいよ。あ、ゲオルグとは部屋別で。同じ空気を吸いたくないので」

「はははっ。君は、ずいぶんとゲオルグが嫌いなようだな」

「え? 好きなやついるんですか?」

「まあ、あまりいないだろうね。しかし、人の配置というのは精神的に大変な仕事だ。すすんでやるのはゲオルグくんぐらいだよ」

「完璧に私情が入ってるじゃないか。ダメでしょ、あれは」

「そこは私や他のものが調整する。なので、問題にはならないようにするよ」

「頼みますよ。社長。…あ、そうだ一つ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」


「そのゲオルグ。たいそうな家を建てたって話聞いたんですけど、本当ですか?」


「君はどこでその情報を?」

「いや、今日の飲みでチラッとそんな話を聞いたので」

「事実だよ。何億もかかった豪邸のようだ。彼の父が資産家でね。まあ、そういうことだ」

「げっ。ますます気に入らないなあ」


 個人に関することなので、リリスはそれ以上は知らないのか、喋らないようだった。彼女はビールを空にして、机に置いた。それが合図のように彼女の表情が少し引き締まる。


「さて、そろそろ本題に行こうか」

「あれ? 今日は俺を労ってくれるために呼んだんじゃないんですか?」

「ふっ。それももちろんあるけどね」

「こんなときまで仕事の話ですか? やれやれ…そんなんじゃいつまで経っても結婚できませんよ?」

「ロック。君は、口は災の元だということをこれまでの人生で経験してこなかったのか?」

「…続きをどうぞ」


 口は笑っていたが、目は笑っていなかったので、ロックは察した。その部分に関してはこれ以上、深堀してはいけないと。


「難度Bといったが、君に特命を与える」

「特命、ですか?」

「そうだ。君が行くところは港町ワンダーポリス支部。海産物がおいしい場所だが、そこに五名の社員が任務についている。行ったことはあるか?」

「いえ。基本引きこもり系なので」

「リーダーが報告してきてな。対処困難な魔物が発生しているようだ」

「はあ…。それで?」

「君も察しが悪いな。ここまで言えばわかるだろう?」

「…なんで、俺が?」


 ロックは眉を寄せ、いかにも嫌そうな顔をした。その顔で客を怒らせたこともある。


「楽をするからには、特命を与えなければな。それでどうにかゲオルグが納得したのだ」

「なるほど。しかし、対処するのはそいつらの仕事でしょ?」

「手に負えない魔物らしい。やってくれるな?」

「拒否権は?」


「ない。相手が魔物なら楽だろう? 『客』じゃないのだから」


「はは。確かにそれは言えるなあ。接客業はもうこりごりだ」

「話は以上だ。詳細は現地のリーダーが伝えてくれるだろう」

「今度は今日みたいなくだらない会議じゃなくて、移動先を決定する会議に参加させてくださいよ」

「考えておこう」


 リリスはニヤリと微笑んだ。

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