数の魔術師 1427字/30分

【税離師とは】

 日々高度複雑多様化していく税制の連ねる数字はついに術式と同じくのエネルギーを産むに至り、裏界よりの侵略者を呼ぶ門となった。

 金が動く度、帳簿のページが増える度、奴らはこの世界に侵略してくる。それはおとぎ話の竜や、あるいは巨大ロボットや、あるいは人間に似ていた。

 奴らには銃も刃も通用しない。通じるものはただひとつ、奴らがこの世界へ至るのに使った門と同じもの……すなわち「数字」である。

 その数字を操り奴らと戦いこの世界を侵略者から守る者たちを、税「離」士と呼ぶ……。



「日本帝国陸奥ノ三島が告ぐ! その身に追いし数多寡問わず脱するものと存ずる、《徴税》!」

 目の前に立つ巨大な虎に羽根が生えた「侵略者」を前に、片手で広げた分厚い帳簿を勢いよく事務術式で捲りながら、長い黒髪を靡かせる少女が凛と声を響かせる。

 その侵略者を挟んで向かい側、続けて追唱するのはスーツ姿の若い男。

「甲は乙に盟約に基く追税をする事が出来る、尊守出来ないならば逃れる事あたわず退去の執行となろう、我ら、《税離士》の名において!」

 地に蜘蛛の巣のように走る緑の光線。それらが侵略者に絡みつき自由を奪う、否、違う。それは光線ではなく、輝く数列だった。そしてその数列に触れられた侵略者は、少しずつ分解され空中にほどけた数列が散ってゆく。

 苦しげな咆哮をあげ身をよじった侵略者が数列を千切り、少女がなぎ倒される。それと同時に術式もはじけ飛び、男が叫ぶように少女の名を呼んだ。

 侵略者の爪が少女へ迫る。

 片手に握る帳簿を離さず、睨むようにそれを見返した少女に怯えも絶望も無い。何故なら。

 刹那、銀の光が周囲を覆いつくし、すべての目を眩ませる。

 ――人の目が慣れた頃に、甲高い侵略者の悲鳴が響いた。

 その前足が一本、すっぱりと切り落とされている。そしてその侵略者と少女との間に、巨大な長物を持った少年が立っていた。

「遅い!」

「ごめんごめん、ヒーローは遅れて登場するもんだろ?」

 少年はその両手で得物を――極端に長い柄の鎌を――構え、虚勢でなく、宣言する。

「よし、こいつをあっちの世界に叩き返すぞ! ……我ら共管業務、《税離士》と《行聖書士》の名において!」

 再び唱和し術式を編む二人の税離士と、その武器でもって侵略者を圧倒する行聖書士。彼らは侵略者を追い返す任においてのみ協力体制を敷く……教官業務にあたることを許されており、普段から対策業務などをおこなう税離士と違って、行聖書士はその才覚も稀有であり野に埋もれている事が多い。

 行聖書士の持つ武器は侵略者に対して傷をつけることが出来るばかりか、税離士と《共感》することによって鬼神のごとき力を発揮することが出来る。

「三島! まだか!」

「追課税の処理は重いのよ、もう少し……」

 侵略者の攻撃が重い、押し切られかける少年の体に青く光がともる。

「少しならもつ! 急いでくれ!」

 男の持つ帳簿から少年につながるのは今にも切れそうに細い光線で、それは少年の反応速度や対攻撃結界を強化するもの。

 かせげた時間はほんの数秒。だが、それで十分だった。

「追課税完了! 伊勢!」

 少女の合図と同時、少年のまとう光は青から黄金へ。まるで炎のように吹き上がるそれは一分ともたないことを少年は知っている。

「お、おぉぉおおおお!!」

 その構えた刃が、音よりも早く、空気を薙いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る