あついやまい 1161字/30分
全身の血が煮立っている。
ひとも矢張り地球の子だと、皮肉にも今わの際に証明されてしまった。
際限なく上昇する海水温、厚く空を覆う大気に熱は閉じ込められ、最後のトリガーは引かれてしまった。
……その熱い病で死に至る地球の上で、ひとも同じく熱に侵され死にかけていた。
頭がぼんやりしていけない。煮立つ血潮が苛むものは、ひとの罪と母との絆。
最初の発症者は生まれたての赤ん坊だった。
取り上げた医師が声をあげるほどその赤子は体温が高く、生まれて1時間後に死んだ。体温は45度を超えていた。
それからぽつりぽつりと世界でその奇病を発症する者が現れた。症状はたったひとつ、「体温がどんどん上昇していく」こと。ひとはなすすべなく熱に倒れ、内側から熱い血潮に苛まれ死んでいった。
対処療法、延命措置はなんとか行えるようになっても、完治させる方法は見付からなかった。
私も研究者のはしくれである、この熱病の原因や治療法を懸命に探してきたが、発見出来ないままにこうして自分も病に倒れてしまった。
熱に脳髄を侵されて初めて知ったのは、……これがけして苦しくはないということ。頭はぼんやりするが、外気温との差だろうか、むしろ体感的には涼しくすごしやすい。
トリガーを引いて以降際限なく上昇し続ける気温に人類は適応できずにいたが――適応したところで遅かれ早かれ地球ごと死ぬのだが――、この熱病の患者は倦怠感以外は涼しげな顔で生活出来ていた。私も同じくに。
ただ、私にとってはこの頭にもやがかかった状態は深刻な悩みで、思索も研究も論文も書けずに過ごす日々は死にそうなくらい退屈だった。
理論的な、数学的な、知識による思索はまともに出来なかったため、自然と哲学や信仰などの方面に思考が飛躍する。
私はそういった方面には詳しくないためその思考は大抵の場合うまくまとまらずに不時着したが、ある時思いついたことだけは自分でもいい考えのような気がしていた。
熱に溺れて死にゆく子。母を焼き殺す子への罰か、それとも最後の慈悲か。
死へと至る熱い胸に抱かれ、苦しみを除かれまどろむ子らは、いずれはすべてが母の元に還るだろう。
それは、もしかしたら、幸せの一種かもしれない。
……数日前から、涼しいを通り越して寒くなってきている。
もう体温を計るのはやめていたが、恐らくそろそろ臨界点だ。
あの思いつきを胸に抱くうちは、死はそんなに恐ろしくはない。いずれすべての人類は死に絶えるだろうし、妻も子もとっくに向こうへ旅立っている。
私の胸に流れる血、胸から頭を満たしはらわたを巡り手足を駆ける真っ赤な血、溶岩のように沸き立つ流れを想像する。
熱く滾るその流れは、生命の根源的な風景のようだった。
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