第213話 神話は大体全部集合的無意識のせい

 そして、三泊四日の旅行が始まる。


 俺たちが飛行機でやってきたのは宮古島。


 洪水型兄妹始祖神話は沖縄の地域全体に流布しているが、沖縄本島は人も多いし、米軍関連であれこれあるので、好き勝手動くには警戒すべきことが多い。


 かといって、あまり人口や旅行客が多くない小規模な離島では、余所者の行動が目立ってしまう。従って、そこそこ人の出入りがある大きな離島が望ましい。


 ということで、敢えての宮古島である。


 俺の生きていた時代には、宮古島人気が高まり、軽いバブルみたいになっていたが、今はまだ開発もそれほどでもなく、どことなくのどかな雰囲気が残っている。


 同じ大きめの離島の石垣島と比べても、商売っ気が少ないとでも言おうか。


 本当に全ての鬱フラグを潰したら、隠居したいくらい良い所だ。


 とりあえず、将来的に不動産が値上がりすることは間違いなさそうなので、今の内に買える土地は買っておこうと思っている。


 個人的には、こういう南の島では安めの民宿とかに泊まって地元の風情を感じたいタイプなのだが、シエルお嬢様もいらっしゃるし、防犯の問題もあるので、結局一番高いホテルの部屋をフロアごと貸し切った。


 チェックインして荷物を置き、日焼け止めを誰に塗るだの塗らないだの(結局、ほとんど全員に塗った)、誰の水着が一番似合うかだの(全員誉めて、人の見てないとこでぷひ子はさらに二度誉めた)、ギャルゲーっぽいイベントをこなしつつ、早速近場の海水浴場に繰り出す。


 みんなでシュノーケリングやバナナボートなどの定番イベントを楽しんだら、もう夕刻。ソーキそばなど、沖縄らしい晩飯を食う。


 そのままみんなで夜更かしする――こともなく、その日は即就寝となった。


 兵士娘ちゃんたちはともかく、他の子どもたちはなんだかんだで普通の小4と変わらない体力なので、早起きして車移動+飛行機移動したのに加え、がっつり遊んだので疲れていたのだ。


 そして、翌日、ホテルで朝食を取った後、俺たちは三つのグループに分かれた。アクティブ派とまったり派、そして、部下娘ちゃんたちの映画撮影派である。実はもう一人、前乗りしているたまちゃんもいるが――彼女が活躍する本番は明日なので今はいいか。


 アクティブ派の翼と香・渚兄妹、そしてシエルちゃんとソフィアの主従コンビは、青の洞窟という観光スポットに向かった。またシュノーケリングをするらしい。


 一方、まったり派はぷひ子とみかちゃんとタブラちゃんである。


 彼女たちは、俺を含む映画撮影派を眺めながらのんびりするらしい。


 そういうことで、部下娘ちゃんたちを引き連れてやってきました砂山ビーチ。


 観光パンフレットの表紙になるような、白い砂浜とエメラルドグリーンの海が眼前に広がる。ヤドカリがのんびりと歩き、運の良いことにヤシガニ(作画崩壊していない)も見かけた。


「天候にも恵まれ、絶好のロケーションですね」


 白いパラソルの下。


 今回の映画撮影の脚本にして総監督――体育座りをした祈ちゃんが童謡の『椰子の身』を鼻歌で歌いながら、ご機嫌な調子で言う。


 ちなみに、祈ちゃんは『しまうま』という白黒ストライプの水着を着ている。


 昔の――大正時代くらいの女性が着ていた水着の復刻版で、肌の露出はほとんどない。日よけには良いが、ぶっちゃけ囚人服っぽくも見える。


「だね。せっかくだから、ちょっと遊んでから撮影する?」


「お気遣いなく。いわゆる南国のレジャーというものは、昨日十分楽しみましたので」


 台本に視線を落としながら言う。


「そっか。祈ちゃんは、海は泳ぐより眺めたい派かな」


「そうですね。せいぜい、波打ち際で戯れるくらいで十分かと。そもそも、海水浴は、日本においては医療目的の健康法で、文字通り、波しぶきを『浴びる』ものでしたから。湯治に近いニュアンスですね」


「そうなんだ。――じゃ、ぼちぼち波打ち際でチャプチャプしながら撮影を始める?」


「ええ。そうしましょう」


 祈ちゃんが台本を閉じて立ち上がる。


 傍らで、事務畑の部下娘ちゃんが、ハンディカメラの機能をチェックしたり、照明とマイク関連のセッティングをしたりと、諸々の準備を始めた。


 彼女たちも俺と一緒にクソ映画をもう何本も撮ってるので、手慣れたものだ。


「ねー、ゆーくん。今回はどんな映画を撮るのー?」


「確か、宮古島に伝わる伝説をモチーフにしたお話だったわよね?」


 砂山を作って遊んでいたぷひ子とみかちゃんが手を止めて呟く。


 タブラちゃんが隙を見計らったように、無言で砂山へダイブして破壊の限りを尽くし始めた。


「うん。昔、この辺りに悪い軍隊がいて、彼等に攻め込まれたとある村で虐殺が起こった。村人は散り散りに逃げたんだけど、その中に「くりやけ」と「てだまつ」という兄妹がいた。兄は離れ島に泳ぎ渡り、海岸で火を起こす。対岸からそれを見た妹も「あれは兄に違いないと」思い、離れ島に泳ぎ渡り、兄と再会。二人は夫婦になって子孫は栄える。ざっとこんな感じだね」


「元のお話では、その後に卵から生まれた三兄弟の話――いわゆる卵生神話が続くのですが、話がブレるのでカットしました。今回は洪水型兄妹始祖神話に絞ります」


 地域に伝わる神話をなぞりつつ、都合の悪いお話を無視して、俺たちにとって都合のいい物語を再構築する。ここが重要だ。


 すなわち、俺と楓ちゃんを「くりやけ」と「てだまつ」にダブらせて、神々との契約の親和性を確保する。同時に、兵士娘ちゃんたちを勝利者の軍隊役に据えることで、仮初でも神話的な正統性を纏わせるのだ。


 ソシャゲで言うと、お金が足りなくてフェス限定特効キャラは引けないから、適当に有利属性の装備をつけて誤魔化す感じです。


 実は戦いはもう始まってるんだよね。気付けよ日本人(都市伝説風)。


「えーと、お兄ちゃんの役はゆーくんでしょ? でも、妹ちゃん役は誰がやるの?」


 ぷひ子が首を傾げる。


「今回は兄妹愛を物語の中心に据えながら、敢えて妹を描かないことで、観客に兄の妹に対する愛情を想像させる手法を取ります。祐樹くんの演技力が試されますね」


 祈ちゃんがからかい半分、本気半分の口調で言う。


 そういうことになった。


 本当は本物の楓ちゃんを用意したかったんだけど、彼女を召喚すると、ヤンデレが発動して、アイちゃんと殺し合いが始まることが確定してしまう。なので、今回はぼんやりとしたイメージ映像のみの出演となりまーす。


「ま、頑張るよ」


 俺は肩をすくめ、太ももが海水に浸かるくらいまで、浅瀬へと歩みを進める。


 寄せては返す波に合わせて、こそばゆい砂の感触が足の指の間をくすぐる。


「えっと、悪い兵隊さんの代表はアイちゃんよね? さっきから姿が見えないのだけれど大丈夫かしら」


 みかちゃんが首を傾げる。


 兵士娘ちゃんたちはすでにばっちりスタンバっているが、肝心の悪役の頭領のアイちゃんの姿が見えない。


「呼んだぁ?」


 と思った次の瞬間、ガサガサと近くの草むらが揺れ、野生のアイちゃんが飛び出してきた。


 適度に汚れた海賊風の衣装を着こんだ彼女の右手には、青いヤシガニがあった。


 アイちゃんがそのまま跳躍し、俺の手前の海へと飛びこんだ。


 海水へとヤシガニを突っ込み、一瞬で青が赤くなるまで加熱した後、そのまま殻ごとガリボリバリと、喰らい始める。


 祈ちゃんたちには背中を向けてるので、俺以外には異能を発動しているのは見えない立ち位置ではあるが、相変わらずのワイルドっぷりである。


「いいですね! すごく、悪者っぽいです! もう回しちゃってください」


 祈ちゃんがウキウキでゴーサインを出し、事務娘ちゃんがカメラを構える。


「マスターぁ、本気で逃げてねぇ? 捕まえたら、食べちゃうわよぉ」


 アイちゃんが引きちぎったヤシガニの鋏を両手に持って、俺を威嚇してくる。


(無茶言うなよ。アイちゃんは水属性は苦手だろうけど、そんなの関係なく、君、普通に海面走れますやん!)


「与那覇原の悪たれどもぉ! おらを捕まえて見ろぉ! 珊瑚に、真珠、瑠璃も、金貨も!おらの腹の中には宝物がいっぺえ詰まってるぞー!」


 俺はかつて時代劇用に創作された農民言葉を発しながら、さりげなく草むらを一瞥し、全力で平泳ぎを始めた。


 隠れている妹から注意をそらすために、敵を引き付ける兄――そんなシーンからこのクソ映画は始まる。


=====================あとがき===================

 皆様、今日も諸々お疲れ様です。

 2月19日の本作書籍版発売に向け、下記URLにて、『PV第3弾 シエルちゃんのツンデレヒロイン編』が公開されました!

 本話では別行動のシエルちゃん成分を補うためにも、よろしければご覧ください。

 CVは当然、田村ゆかり様です!

 ツンデレお嬢様と田村ゆかり様はお紅茶とケーキと同じくらい最高に相性がいいと思う今日この頃。


https://youtu.be/MawDBDIpFkM


 ちなみに、作者は内容を自分で考えているはずなのに、効果音の「コポポポポポポ」でリアルに紅茶を吹き出しそうになりました。

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