第212話 テコ入れは水着回
こうして、俺のイギリス遠征は、さしたるトラブルもなく、目論見通りの成果を収めた。
もちろん、(救った人を含め、アイちゃんが全部殺したことになっている)『夢物語』を買い取り、『三文小説』の中から、アイちゃんが目利きした戦闘要員も十人ほど仕入れた。その全ての人材に相場よりもだいぶ高い金額を支払ったため、お兄様もそこそこ満足げであった。
また一つ鬱フラグを潰せたし、シエルちゃんと楽しくイギリス観光もできたし、俺としても充実した時間を過ごせたと思う。
(さて、こうなると、残るくもソラヒロインの鬱フラグで一番気になるのは、やっぱり妹ちゃんだろうな。他のヒロインのフラグはだいぶ安定してきたし)
俺がゆうくんになる前に、もうすでに色々厄介なものを抱え込んでしまっていた楓ちゃん。応急処置だけして後回しになってしまっていたが、そろそろ助けてあげないとかわいそう。
だが、急いては事を仕損じる。
俺が本格的に動き出したのは、イギリス遠征から半年以上経った、四年生の夏休み。お兄様から買い付けた人材の教練も済み、戦力もさらに充実した頃のことであった。
楓ちゃんのフラグ解決には、神様とガチバトルしなければならないという多大な危険性を孕んでいる。
そのため、俺の軍が育ち切り、かつ、町の防衛戦力を用意した上で、精鋭を全力で動かせるまで待たなければならなかったのだ。
そして、今、その条件が整ったという訳だ。
「ねえ、ゆーくん、似合うー?」
上下セパレート式のパレオがついた水着を着たぷひ子が、ぴょんぴょん跳びはねてアピールしてくる。
「おー、いいんじゃないか」
自宅のリビング。沖縄旅行を前にした、水着の試着会。
テーブル椅子に腰かけた俺はそう答えて、カットされたスイカに手を伸ばす。
水着のデザイン云々以前に、若干でべそ気味なところが最高にぷひ子。
もちろん、臍ヘルニアとかではなく、ちゃんと高校生になるまでには治るやつだから心配ない。
「ゆうくん、私は?」
白のワンピース型の水着を着たみかちゃんが、その場で一回転する。
みかちゃんはもちろん神なので、普通に水着の広告に使われてもおかしくないくらいに美少女だ。
「みか姉も似合ってるよ」
俺はぷひ子が嫉妬しないように、抑えめのトーンで言った。
あー、スイカが美味い。
「じゃあ、水着はこれでいこー。ねえ、みかちゃん、沖縄楽しみだねー。ウミガメさん見られるかなー」
「そうね。会えるといいわねー。私はマンタを見てみたいわ」
和気あいあいとそう話し合う二人。
ぷひ子はドジっ子属性的に、ウミガメが現れても一人だけ見逃すタイプだな。
そして、みかちゃんはウミガメとかマンタより、サメに遭遇する確率の方が高そう。
サメパニック映画なら真っ先に犠牲になる金髪ブロンド枠だし。
「――ねえねえ、みかちゃん。一緒にお風呂入ろー。海でシュノーケルを使う練習をしたいから見ててー」
ぷひ子が水着を入れる透明のバッグから、ピンク色のシュノーケルを取り出して言う。
「いいわよ。ぷひちゃんと一緒に入るのも久しぶりね。最近は他の子のお世話することが多かったから」
みかちゃんが穏やかに頷いた。
「ありがとー、ねえ、ゆーくんも一緒に入ろー」
「いや、潜る練習するなら、三人で入ったら狭いだろ。俺は後でいいから」
俺は取り皿にスイカの種を吐き出してから言った。
ちなみに、一応、俺も二人に付き合って買った新調のサーフパンツを履いている。
俺たちももう小四なので、二年前に比べれば身体は成長しているのだ。
「えー、三人で入ろうよー」
「でも、ぷひちゃん。あまり今からゆうくんが私たちの水着に見慣れてしまうと、肝心の沖縄旅行時までに飽きられてしまうかもしれないわよ? シエルちゃんたちも新しい水着にしてくるでしょうし」
「そうなの!? やっぱりゆーくん、見ちゃだめ!」
ぷひ子が両腕で自身の水着を隠す。
水着隠して、ヘソ隠さず。
「いいから、さっさと入ってこいって」
俺は苦笑して右手を振る。
「じゃあ、お先にお風呂頂いちゃうわね」
「頑張るぞー!」
みかちゃんとぷひ子が手を繋いで浴室へと向かう。
「マスターぁ! いよいよねぇ! 神をブッ殺せる時が来たのねぇ」
アイちゃんが網戸をズバーンっと勢いよく開けて部屋の中に入ってきた。
そのままテーブルの上に跳躍し、伝説のコメディアン並の速度でスイカを平らげる。
髪に葉っぱとかついてるし、訓練後かな。
「いや、前のブリーフィング聞いてた? 多分、戦闘にはなると思うけど、殺さないよ。こちらの力を示した上で、俺と楓の契約の変更をできるように交渉するつもり」
神殺しをしちゃうと、呪いのキックバックがヤバそうなので怖い。
ミケくんとのコネができたから、そうなっても多分大丈夫な保険はあるけど、確実ではない。日本の国土と深くつながってるイザナギ・イザナミ神を殺せば、天変地異がエグいことになるし、なるべくなら穏便に済ませたい。
ということで、神様をぶん殴った上で、脅しながら交渉に持ち込むのが俺の計画だ。
「はあ? 神と交渉ぉ? 生贄でも捧げるつもりぃ?」
アイちゃんがスイカの種をダダダダダとマシンガンのような勢いで庭に向けて吐き出した。
当たったら身体に穴が空きそう。
「うーん、生贄と言えば生贄かな」
「ふうん。マスターも悪ねぇ。なら、どこかの兄妹を攫ってきて、身代わりにでもするのぉ?」
おっ、さすがアイちゃん。察しがいいね。
半分当たりだ。
「生贄は生贄だけど、人じゃないよ。イザナギ・イザナミの他にもいる、兄妹神という概念そのものを生贄――というか、俺と楓の身代わりにするつもり」
食べ終わったスイカの皿をキッチンカウンターに下げながら言う。
別に水着回がやりたいから沖縄旅行を計画した訳ではなく、神話の類型に、洪水型兄妹始祖神話というものがあり、国内で一番都合の良い神がおわすのがたまたま沖縄だったというだけだ。
「どうでもいいけどぉ、アタシはつまらないのはいやよぉ?」
アイちゃんは、目から熱線を出して、窓から侵入してきた蚊を焼き払う。
「むしろ、たくさん神様と戦えるんだから、アイとしてはお得だと思うんだけど」
「ふぅん。そのお土産代わりの雑魚神を狩りに南の島に行くって訳ねぇ?」
「うん。そう。せっかくの沖縄旅行だから、アイも水着でも買ったら? 戦闘の時はバトルスーツを着るにしてもさ」
「めんどくさいからパスぅ。適当に現地調達か、服のまま入るぅ」
まあ、アイちゃんは瞬間瞬間に生きる女だからな。旅行だからといって、一々水着を準備したりはしないよね。
それにしても、着衣水泳とは中々マニアックな。
いや、現地の人は日差し除けのために服を着て海に入るらしいし、ある意味正統派といえるのか。
どちらにしろ、アイちゃんは火と風の異能で水分をとばせる人間乾燥機だからな。
「そっか。ま、一応、俺が適当に何枚か買っておいたから、よかったら使ってよ。アイは一人で山籠もりしてたからいなかったけど、他の娘たちの水着も経費で落としたからさ――えっと、どこに置いたっけ。あったあった」
俺はソファーの下の収納ボックスから、水着の入った買い物袋を取り出して投げ渡す。
名目的には、水着は映画撮影のために買ったということになっている。
実際、せっかくの海というロケーションなので、ショート(クソ)映画を撮るつもりだ。
時々忘れそうになるけど、一応、部下娘ちゃんたちのカバージョブはあくまでタレントなのである。
「ふぅん――」
アイちゃんが袋を破いて、中身を取り出す。
一枚目は真っ赤な三角ビキニ。
二枚目は機能性重視の競泳水着。
三枚目はネタ枠の派手派手プロレス風水着。
(さて、どれを選ぶかな?)
アイちゃんは原作のデータが少ないので、機会があるごとになるべく選択肢を与えて、彼女の行動を観察するように心がけているのだ。
「まず、これはクソねぇ。これなら、バトルスーツの方がマシぃ」
アイちゃんがすぐに競泳水着を捨てる。
確かに単純に水中での機動性を考えるなら、お高いバトルスーツでいいよな。
「とりあえず、ガワはこれねぇ」
アイちゃんはプロレス風の、着飾ったインコっぽい水着を選んだ。
「マジ? ぶっちゃけ、それはシャレで入れたんだけど」
「派手な見た目で相手の注意を引くのよぉ。で、それ以外の所に、色々仕込むぅ」
アイちゃんが品定めするように、水着を色々な角度から眺める。
「なるほど。マジシャンの原理か」
俺は頷く。
「それで、隠密任務で悪目立ちしたくない場所ならぁ、この普通の赤いビキニを着こむわぁ。ただし、ワイヤーは戦闘用の特殊金属のやつに取り換えるけどぉ。警戒されにくい武器としては悪くないんじゃなぁい?」
「アイは仕事熱心だなぁ。素直に感心したよ」
本心からそう言った。
旅行イベントでも浮かれず、色ボケのしない戦闘員は信用できる。
この調子でがっつり俺の命を守ってくれ!
「これでも、あの糸目のメイドほどじゃないけどねぇ? もうちょっと乳と尻が育ってきたら、下着の面積も増えるし、さらに色々仕込めるわねぇ」
アイちゃんは指の先で、自身の身体をなぞりながら呟く。
どうやら、アイちゃんのおっぱいには夢ではなく、殺意が詰まっているらしい。
これはこれで彼女らしいと思った、とある夜だった。
===================あとがき=================
そんなこんなでぷひ子やみかちゃん回に見せかけて結局アイちゃん回だったけど、作者はちゃんとメインヒロイン様のことも忘れてはおりません!
ということで、2月19日の書籍版発売に向けて、下記URLにて、PV第2弾が公開されました!
皆様に大人気()のぷひ子編です! ぷひ子をハブると世界が消滅するからね。しょうがないね。
よろしければ、第1弾のみかちゃん編と併せてご覧ください。CVは、もちろん、田村ゆかり 様です! めろーん↓
https://www.youtube.com/watch?v=5saCT2xKmR0
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます