第214話 三種の神器は時代の象徴

 完成したショートフィルムは、ホテルの会議室を借りて、その日の内に上映会が行われた。


 評価はもちろん、仲間内なので甘々で、ガチダメ出しをしてきたのはシエルちゃんくらいのものである。


 神話は認知されることで現実となり、力を持つ。


 まあ、せいぜい数十人の間での認識の共有だから気休めだけど、今回は神様側も信者数があまり多くないので、ある程度の効果はあるだろう。


 そして、映画撮影の疲れ云々で、今日も早めに就寝した俺は、丑三つ時に静かに起き出す。


 こっそりとホテルを抜け出し、アイちゃん率いる兵士娘ちゃんズと共に、レンタカーに乗り込んだ。なお、運転手は、保護者という体でついてきてもらった、俺の系列会社のエージェントである。

 宮古島本島から橋を渡ってやってきたのは来間島。


 さらにしばらく行くと、さっき撮った映画のモデルになったスムリャーミャーカ史跡がある。要はお墓なのだが、墓と言っても、本土みたいな縦長の墓石や卒塔婆がある訳ではなく、原始的な石積みの床式墳墓だ。教科書で暗記させられた縄文時代のなんちゃらふんの小さいバージョンを想像してくれればいい。


「祐樹様ー、お疲れ様ですー」


 たまちゃんがのんびりと頭を下げる。


 今日のたまちゃんは、巫女は巫女でも土地に合わせてユタバージョンの服を着ている。普通の巫女服と何が違うのかと言われれば、服の材質が通気性の良い麻で、南国に似つかわしい虹色のヴェールを被っているところが相違点だろうか。あと、幣もいつものぬばたまじゃなくて、ヤシっぽい葉っぱで作られてる。


「環さん、お待たせしました。儀式の準備は?」


「はいー。できておりますー。後は、三種の神器を供えれば、理屈の上では幽世かくりよへの入り口が開く……と思うのですがー。何分初めてのことですのでー」


 たまちゃんが祭壇を見つめて、ちょっと不安そうに言う。


「大丈夫です。環さんならできますよ」


 俺は確信を持って言う。


 なぜって、たまちゃんは本編でもきっちり同じような儀式をしているから。


『くもソラ』の全ヒロインを攻略した後に解放されるトゥルーエンドルートにおいて、主人公は諸悪の根源であるぬばたまの君そのものを救わなければ、根本的な解決にならないと考え、『あの世』――すなわち、神域におもむくことになる。


 当然、何もしないで神域に行ける訳もなく、儀式が必要なのだが、それに必要なアイテムが、いわゆる三種の神器である。


 三種の神器とは説明するまでもなく、ド直球にそのまま、『八尺瓊勾玉やさかにのまがたま草薙の剣くさなぎのつるぎ八咫鏡やたのかがみ』の三つのことを指す。RPGとかでおなじみですね。


 現実世界では、熱田神宮とか伊勢神宮とか皇居に本物があるらしいが、くもソラ世界ではそれらは全て偽物であるという設定だ。オリジナルの三種の神器は、今、すでに俺の手元にある。


「それでは、まず、八尺瓊勾玉を捧げます。……南風はえ吹き来る美ら海ちゅらうみ此方彼方ニライカナイにおわします――」


 たまちゃんが首からげていた勾玉を外し、祝詞を唱えながら祭壇へ置く。ちゃんと沖縄バージョンにカスタムされてる祝詞らしい。


 ということで、一つ目の勾玉。


 これはレジェンドアイドル小百合ちゃんからゲットしたやつですね。いつもお世話になっております。


「祐樹様、草薙の剣を」


「ああ」


 俺はリュックからずっしりと重いポン刀を取り出し、祭壇に置く。


 出ました。二つ目の草薙の剣こと、必殺スーパーヤクザソード。


 元は虎ちゃんパパの所有物だが、今まで俺がかけた恩を帳消しにする代わりに譲ってもらった。


 というか、俺は借りるだけでいいって言ったんだけど、虎ちゃんパパがくれるっていうから、断り切れなかった。だって、断ったらブチきれられそうな雰囲気だったんだもん。


(ブチ切れたヤクザ親父は、糸目メイドさんよりも怖いしなー)


 ゲーム本編をプレイしていると、いくら強いとはいえ、一般人に過ぎないヤクザ親父が異能者をぶっ殺せることに違和感を抱く。でも、トゥルーエンドで、親父だけじゃなく武器もチートだから勝てたという真実が明かされ、ユーザーは「ああ、あの異常な強さはきっちり伏線だったんだ」と納得するという訳だ。


 あ、もちろん、このヤクザソードはそのままだと空港のゲートチェックを通れないので、こっそりクロウサジャンプで運び込んだやつです。


「――なれば剣はますらおの証なるー。……二の祝詞が終わりました」


 たまちゃんが厳かに言う。


「アイ、準備はいい?」


「くだらない質問ねぇ! さっさと神をブン殴らせなさいよぉ!」


 アイちゃんが拳をポキポキと鳴らして俺にガンをつけてくる。


 部下娘ちゃんたちの目つきも鋭くなり、戦闘モードで直立不動だ。


 彼女たちが着こんだ最新の科学装備の黒スーツが、闇の中に溶け込んでいる。


 できるだけ科学兵器だけで頑張ってみて、無理そうだったら異能を全開にして戦う予定だが、果たしてどうなることやら。


 今回の戦闘は、本番のイザナギイザナミ戦の予行演習的な意味も含んでいる。もしここで苦戦するようなら、さらに強大な二柱と戦うのは到底無理なので、楓ちゃん救済計画は先延ばしになっちゃうなー。理論上は余裕勝ちできるはずだけど、不安なものは不安だ。


「OK! じゃ、クロウサ、頼むぜ」


「ぴょい」


 リュックからひょこっとクロウサが顔を出す。


 そうです。三つ目の八咫鏡は、苦蓬宙海渡大命こと、クロウサパイセンです、


 対価に応じた奇跡を『反射』してくれる便利なミラー兎、それがクロウサの正体だ!


 さらっと明かされる衝撃の真実! 実はクロウサが八咫鏡になった経緯は、くもソラシリーズの根幹に関わる重要なエピソードなのだが、まあ、今はどうでもいいな。


 とりあえず、こいつが便利でチートな兎だという事実は、今までもこれからも変わらない。


「祐樹様ー、それでは最後の神器をー」


「はい」


 俺はクロウサをリュックから取り出す。


「ぴょい……」


 俺の手の中に納まったクロウサが何かを訴えかけるようなつぶらな瞳で俺をじっと見てくる。


「わかってるよ。クロウサは少しでも早くぬばたまの君を救いたいんだろ? でも、そんな簡単なものじゃないって、お前が一番良くわかってるはずだ。物事は積み重ねなんだよ。こうやって、少しずつ神と人との接触方法が確立されていけば、いつかは、な? わかるだろ?」


 俺はクロウサの耳元で、ホストのごとき甘い声で囁いた。


 クロウサの事情も分かるが、俺には俺の事情がある。


 保身優先の汚い大人ですまんな。


「ぴょぴょぴょ」


 クロウサは小さく頷いて、俺の手から抜け出すと、自ら祭壇に飛び乗った。


(すまんな、クロウサ。俺には原作の主人公のような甲斐性はないんだ)


 ゲーム通りだと、成瀬祐樹はぷひ子ルートのグッドエンドで3000年もの間めちゃくちゃ苦しい想いをして愛を貫いて、ぬばたまの君の信頼を勝ち得る。そして、その上でトゥルーエンドのルートでぬばたまの君に会いに行く。だが、改めて言うまでもなく、俺はぷひ子を攻略するのはごめんだ。


 というか、俺は転生した瞬間に、速攻でぬばたまの君の一部をコンクリ詰めにしたから多分、めちゃくちゃ嫌われてると思う。きっと、ラスボスさんはいきなりパイ投げドッキリにでもあった気分だろうね。いや、靴に犬の小便をひっかけられた気分か?


(でも、一応、俺はラスボスちゃんのためにも動いてはいるんだけどなあ……)


 例えるのが難しいが、ゴルディアスの結び目を一刀両断にするのが原作の成瀬祐樹だとすれば、俺は結び目を愚直に解くふりをして遅滞戦術をしているといった感じだ。いや、ふりではないか。本当に一歩一歩だけど良い方向には向かってるのよ? ただ、このペースだと解決には何万年かかるか分からないけどね!


「――今、ここに遠き約束は果たされぬ。此方より彼方ニライカナイまでの門よ開かれよ」


 たまちゃんが激しくヤシの葉を振った。


 その刹那。


 プツッっと、全ての音が途切れる。


 墳墓に重なるように現れた円い空間。


 闇よりも深い闇。


 黒を超えた深淵の穴が、こちらを覗いている。


「さあ! 近親相姦の変態兄妹をぶっ殺しに行くわよぉ!」


 アイちゃんがウキウキで穴へと駆けていく。


「だから殺さないって」


 俺は隊列を組んだ兵士娘ちゃんに守られながら、その後を追う。


 行きたくないけど、今回は俺が契約の当事者だから仕方ないのだ。


「お気をつけてー」


 たまちゃんの見送りの声を背に受けて、俺たちは神域へと突入した。


==================あとがき===============


 皆様、お疲れ様です。

 いよいよ、明日、2月19日に本作の書籍版が発売されます!

 それに伴い、下記のように、ラストを飾るPVを作って頂きました。

 ラストキャラはそれゆけ我らがアイちゃん。

 CVは自明の理として田村ゆかり 様です!


https://youtu.be/CE0C9yll_II


 アイちゃんのご機嫌な謎歌をご堪能頂きまして、いい感じで洗脳されて頂き、書店に足を運んで頂いたり、無意識にネットショップでポチったりして頂けると大変ありがたいです。↓


https://twitter.com/fantasia_bunko/status/1494629502663618560?s=20&t=tkB7vZsYX3xL8tKkITzAXw


 それでは引き続き、拙作を何卒よろしくお願い致します。

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