第210話 おとぎ話の裏話(4)

 やがて次々と村人が目を覚ました。


 カーラさんと二言、三言会話した村人たちは、安心したように眠りにつく。


「ミケさん。皆さん、大丈夫ですよね?」


「うん。すぐに魂が再定着すると思うよ。長くても三日以内には、全員元通りになるんじゃないかな。肉体的には、一応、点滴くらいは打っておいた方がいいと思うけど」


 俺の問いに、ミケくんが確信を持った口調で頷く。


「……で、救世主さん? 改めて伺いますが、何が目的ですかー? この業界的に、タダより怖いものはないのですがー、私に何をさせようとー?」


 カーラさんが俺に、求人票の残業時間を見るような視線を送ってくる。


「いや、本当に特に要求はないんですが、そうですね。強いていえば、カーラさんが、世界に絶望するのやめて、復讐を思いとどまり、人生に希望を抱きながら、ポジティブに生きてくれれば、それがメリットですかね」


「つまり、あの男を許せと?」


「いえ、そうは言ってないです。カーラさんが、ハンプトン卿個人に復讐する権利はあるかもしれない。だけど、その復讐に世界や、無実のシエルを巻き込む権利はないと思います」


 偽善者と言われようと、俺は綺麗ごとを言い続ける。


 正しさこそが主人公の最大の武器だからね。


 シエルちゃんルートでお兄様がピンチになるのは、大体カーラさんが裏でチクったり、工作したりするせいだからな。


 原作でお兄様が研究所へ攻め込んで敗北する件も、カーラさんが上手い事情報操作して、お兄様が相手の戦力を過小評価するように仕向けたことに起因しているし。


「それが本音ですかー。ようやく見えてきましたー。あなたとシエルお嬢様の関係性は名目だけの関係かと思っていましたが、意外と深かったんですねー。確かに、シエルお嬢様なら、このような手法を取るかもしれません。あなたが、そこまで、シエルお嬢様に懸想けそうしていらっしゃったとはー」


 カーラさんが納得したように頷いた。


「俺とシエルはカーラさんが思っているような関係ではないです。外面上は婚約者となってますが、あくまで大切な友達です」


 まあ、シエルちゃんのためにというのは合ってるけどな


「えー、ただの友達にここまでしますかー?」


 カーラさんがいつもより口角上げ気味の笑みを浮かべて言った。


「しますよ。まだ俺はせいぜい恋に恋する年齢で、そこまで深い愛は知りませんし」


 設定上は、みかちゃんに初恋はしているが、それはママンから受けられなかった母性をみかちゃんで補おうとしている面もあるし。


 主人公が本当の恋を知るのは、あくまで高校生になってからである。


 それがギャルゲーの王道というものだ。


「その台詞が出てくる時点で、知ってますよねー?」


「まあ、俺のことはともかく、どうですか?」


「……。無関係の人間が大量に犠牲になるような計画は放棄しますー。シエルお嬢様に手を出さないこともお約束しますー。でも、あの男に関しては何一つ約束したくありませんー」


 カーラさんはちょっと考えてから言った。


「それで十分です」


 俺はほっと息を吐き出して頷いた。


 シエルちゃんさえ無事なら、お兄様がどうなろうと俺は知ったこっちゃない。


 正直、お兄様のこれまでの所業を考えると、擁護不能だし。


 原作のシエルちゃんもお兄様を一応説得はするけど、最終的には手遅れだと悟って更生を諦めるしね。


「――ふう、ひとまず、事が穏便に済んでよかったよ。それで、彼らの身元保護に関してはどうする? なんなら、ボクも少しはお手伝いできると思うけど」


 ミケくんがカーラさんに問いかける。


 そこそこ戦闘はあったけど、あれくらいはミケくんにとっては戦いの内に入らない。死人が出てなければ十分に『穏便』なのである。それがヨドうみクオリティ! あんまり関わりたくないぜ!


「それくらいは自分で何とかしますよー。『金の人々』にこれ以上借りを作るとか冗談じゃないですしー。あ、でも、あと一時間くらいはここにくださいー。商談がちょっと長引いたということで、話は合わせておいてくださいねー」


 カーラさんが警戒感を滲ませて言った。


 まあ、彼女が自分で処理をしてくれるなら、こっちが余計な責任を負わずに済むのでありがたい。


 みんな――というか、主にカーラさんとミケくんが、村人たちを管制室へと運び上げる。


 その後は、カーラさんが村人をどこかに連れて行った。


 俺たちは、カーラさんの望み通りに、管制室でゴミの山とクリーチャーたちを眺めながらダベる。


 あ、ちなみにアイちゃんはダンボールのプチプチを潰すような暇つぶし感覚でクリーチャーを虐殺してます。


 ミケくんが眉をひそめながらも止めない所を見ると、もう完全に人間やめちゃったのを殺してるのかな? まだ治る見込みのある奴を殺そうとすれば、さすがに制止してくるはずだし。


 俺には区別つかないけど、能力者には分かるのかな。やっぱ。


 ミケくんでも治せないなら、これ以上苦しませないように殺して楽にするしかないからな。


「……全く、ここまでとは思わなかったな。スキュラも非人道的な施設だったけれど、ここに比べれば天国だね」


 ミケくんが苦悶の表情を浮かべて言った。


「母の行いを正当化する訳ではないですが、母は、俺を助けるために済し崩し的に裏の世界に入っただけですからね。ですが、ハンプトン卿は自ら積極的に悪事に手を染めていますから。――いえ、彼も世界のシステムの中で、財閥のトップという役割を必死に果たそうとした結果がこれなのかもしれません」


「立場のせいにするのは、ボクはあまりいいこととは思えないな。それは思考停止だ」


「そうですね。だからと言って、今、ハンプトン卿を暗殺したところで何も変わりませんよね?」


「うん。彼を殺した所で、別の貴族に成り代わるだけだもんね。もし、彼の親類を全部殺したとしても、今度は諸外国の似たような勢力が取って代わるだけだ」


「そうですね。世界は本当にままならない」


 俺たちは、何ともやりきれない顔で視線を交わし合う。


 まあ、ここで、ヘルメスちゃんなら「じゃあ、全部ぶっ壊せばよくね?」と極端な思考をミケくんに吹き込むけど、俺は穏健派なので漸次的な改善しか望まない。


 『創造のためには破壊が必要なのだ』とかいうラスボスが吐きがちな理論を、勇者は感情論で押し切りがちだが、実際、極端で急激な改革は失敗例の方が多い。


 もどかしくても、徐々に変えてくしかないのが世界の現実なんだよね。


 あの女体化されがちな信長も、最近の研究だと、別に無宗教者の第六点魔王でもなく、斬新な改革者でもないとかいう学説もあるらしいし。


 現代社会ちゃんは夢がないね。


「はい。それでも、今日は少しでも世界のためにいいことができたと思います。一粒の麦の種だとしても、撒かないよりはいい」


 俺はいい感じに締めの台詞を口にする。


「うん。そうだね、ボクもこんなに気持ちいい仕事は久しぶりだよ。いつもミッションがこういうのばかりならいいんだけど」


 ミケくんが苦笑して頷いた。


 いやいや、それは無理ですよミケくん。


 主人公は苦労してナンボだからな。


 セカンドの厄娘たちはあくまでyouの担当なんですよ?


 そこんとこ忘れないでね。





============= あとがき =================


皆様いつもお世話になっております。ファンタジア文庫様より2月19日発売の本作の書籍版に関して、特典情報が公開されましたので、宣伝させてください。下記の店舗様で本作をご購入頂くと、それぞれ特典がつきます。購入者限定のSSや、ポストカードが手に入りますので、もしお手に取ってくださるつもりの方がいらっしゃいましたら、ご購入する際の参考にして頂ければ幸いです。


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ダ・ヴィンチストア 様 「眼鏡っ娘のこだわり」(※ 祈のショート小説)


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以上です。

 一通りのヒロインは網羅しているかと思いますが、もし「好きなキャラクターのSSがない」という方がいらっしゃいましたら、ごめんなさい。そして、全員お気に入りだ、もしくは特にお気に入りのヒロインはいないという方は、全部買ってくれてもいいんですよ(ゲス顔)。

 宣伝失礼しました。それでは、引き続き、本作をお引き立てのほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

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