第209話 おとぎ話の裏話(3)
「それでは、呼びますけどー、間違って焼き殺さないでくださいねー」
カーラさんが口笛を吹く。
それに反応して、ゴミ山の中からもぞもぞと姿を見せるクリーチャー――こと、カーラ村人(仮)たち。
RPGの海か廃墟フィールドに出てきそうなモンスター風の見た目の方々が、続々と湧き出してくる。
大体、二十人くらいかな?
「じゃあ、行くよ」
ミケくんが顔を引き締めて、そう宣言する。
「アイ、ミケさんが治療に集中できるように手伝ってあげて」
「はいはい。仰せのままにぃー」
アイちゃんが、村人以外のクリーチャーを弾いていく。
その隙を縫って、ミケくんはゴミ山へと跳んだ。
「……彼は無理だ。魂がもうない」
ミケくんは躊躇なく、触手っぽくなったぬるぬるの手を握って首を横に振った。
「彼女も、厳しいな」
次にその隣にいた
というか、彼か彼女か分かるのすげえな。
俺には外見から性別の区別をすることすらできない状態だけど、ミケくんには俺には見えないものまで見えているのだろう。
そして、三人目。
「! ――彼はまだ治せる。……ああ。苦しいよね。辛いよね。分かるよ。消えてしまいたい気持ち。治すのは、ボクの――ボクたちのエゴだけど、多分、これからも、生きていれば辛いことがいっぱいあるけれど、それでも、ボクは、生きて欲しい。だから、ごめんね。そして、おめでとう」
ミケくんは身体中が鱗に覆われた男性を抱きしめて言う。
それこそ、蛙が王子に戻る童話のごとく、男性の身体が光り輝き、元の姿を取り戻していく。
ミケくんはそのまま男性を抱きかかえ、こちらまで運んでくる。
「ジョン! まさか、本当に、こんなことが……」
カーラさんが這いずりながら、ジョンさんに近づいていく。
「あの、これで、わかって頂けました? 先にカーラさんを治すようにミケさんに頼みましょうか」
俺はアイに目くばせして、拘束を解かせつつ、控えめにそう申し出た。
そろそろカーラさんの出血がヤバイレベルだと思うんだけど、よく意識を保ってられるな、この人。一応、改造されてない一般人のはずなんだけど。
「私のことは、いいですから、早く、治して! 一人でも多く! 一秒でも早く!」
カーラさんは肩で息をしつつも、糸目キャラにあるまじきほど、大きく目を見開いて叫んだ。
結局、ミケくんは、見事、計五人の男女を治して見せた。
やはり、村人全員は無理だったな。
いや、そもそも、ここにいる村人自体、村人の全体の中では少数派なんだから今更か。
カーラさんの生まれた村の正確な人口は本編で描写されてなかったが、小さな村だった。推測するに、村人の全人口の9割くらいは滅びたということになるだろう。
つまり、救えたカーラさんの同郷人はごく少数である。
でも、0と1は全然違うのだ。
カーラさんがお兄様を通り越して、シエルちゃんや周りの国まで滅ぼそうとするのは、守る者を全て失ったからである。
故に、一人でも助かってくれれば、それがカーラさんがこの世界を壊さない十分な理由になるはずだ。それが五人なら、俺としてはまあ上々といえる結果だ。
シエルちゃんルートのバッドエンドは日本はギリ無事だけど、ヨーロッパが壊滅するからな。経済がめちゃくちゃなことになる。防げるならそれに越したことはない。
「ミケさん、本当にありがとうございました」
俺はミケくんに頭を下げた。
「いや、力及ばずでむしろ申し訳ない。身体はともかく、心の方だけはどうにもならなくて……。ボクが治せたのは全員、カーラさんへの想いが強く残っていた人だよ。みんなが教えてくれたよ。――頻繁にあなたは、彼らに話しかけていたんですね。そのおかげで、彼らを魂をつなぎとめられていた。あなたの中には、まだ憎しみ以外の温かい心が残っている」
「違い、ますよ。全く逆です。私はあの男への憎しみを忘れないために、みんなを利用していただけですから」
ミケくんの優しい言葉に、カーラさんは自虐気味に答えた。
復讐心を持続させるのは、意外と難しい。
自らを叱咤するため、カーラさんは日々、ひどい姿になった村人たちを見て、お兄様への憎しみをアップデートし続けた。
まさに臥薪嘗胆というわけだ。
まあ、今ここには基本、悲しき過去ガチ勢しかいないからな。
客観的にみると、相対的には、俺の悲しき過去が一番ショボい。
「あの、俺、あんまり詳しくないんですけど、お話の前に、そろそろ、カーラさんを治さないとヤバくないですか?」
俺はおずおずと話に割り込んだ。
カーラさんの顔が青くなり始めている。
「うん、そうだね。治そう」
ミケくんは頷いて、横たわるカーラさんの近くに膝をついた。
「いいん、ですかー? 私を生かしといたら、ご主人様たちにあることないこと吹き込んで、あなたたちを消そうとするかもしれませんよー?」
「マスター、やっぱ殺しとくぅ?」
アイちゃんがガムでも勧めるかのような軽い調子で問うてくる。
「いやいや、カーラさんはそんなことしないよ。俺はそう信じている」
俺は首を横に振った。
まあ、いざとなったらお兄様にカーラさんの情報改竄を証明するレポートの準備はできているし、一応、さっきの戦闘シーンの『そこまで掴んでる以上ー、私の思惑にまで辿りついてますよねー? なら、どちらかが死ぬまで殺り合うしかないじゃないですかー』とかの自白発言は全部録音してあるけど。
「信じるなんて、よく軽々しく使えますねー。子どもならではの無邪気さという訳ですかー」
カーラさんがやさぐれた感じで言う。
気持ちは分かるよ。
今までの苦労が一瞬で水の泡になって、こんな急にデウスエクスマキナ的な救済をされても、素直には受け入れられないよね。
「いや、逆に大人ですよ。希望が見つかったのに、そうやっていつまでも拗ねている方がよっぽど子どもではないですか」
ミケくんが俺をフォローして言った。
「痛みを知らない子どもはそうやって正論ばっかり言ってればいいと思ってますよねー」
「彼は痛みを知ってますよ。そして、痛みに溺れて鈍らせるよりも、何度転んでも痛みを受け入れて、かさぶたのかゆみに耐えながら、走り続ける方が尊い生き方です」
「ミケさんもまだ若いですからねー。怪我の治りが早いのは、子どもの特権ですねー。大人はそうもいかないんですよー。私のような年になると、あなた方のように無邪気ではいられませんー」
「そうかもしれませんね。でも、過去と未来なら、未来の方が無条件で偉いんですよ。」
ミケくんがいかにも主人公っぽい台詞を羅列しながら、カーラさんを治していく。
「……それは、否定できませんねー」
カーラさんは傷の癒えた身体の感触を確かめるように開いた手を、じっと見つめて言う。
「あの、これよかったらどうぞ」
俺はリュックからユニセックスかつフリーサイズの衣服を取り出して、カーラさんへと差し出す。
もちろん、村人の分もある。
メイド服も用意しようと思えばできないことはなかったけど、それは悪手。
今は、彼女がメイドという復讐のためにつかざるを得なかった役割から解き放たれ、一個人として過去に向き合う時なので、村人たちとおそろいの普通の服で正解のはず。
今回は手配までの苦労はすごかったけど、実務はミケくんにおんぶにだっこだからなー。これくらいしか気遣いポイントがないのだ。
「こちらありがたく頂戴致しますねー。年齢に似つかわしくない気遣いなのは逆にちょっと引きますけどー」
「シエルから常にジェントルマンたれと言われておりますので」
「そうですかー。シエルお嬢様の薫陶を受けているにしては、ちょっとデザインがアレですねー」
カーラさんはそうチクリと刺しながら、自分より先に、村人たちに服を着せ、手櫛で髪を整え始めた。
スーパーメイドなので、その手つきたるや見事なものだ。
カーラさんはようやく最後に自身の血まみれのメイド服を脱ぎ捨て、服を着こむ。
「そちらはまだ勉強中なのでご勘弁ください」
「あなたにも年相応にできないこともあるんですねー。ちょっと安心しましたー」
カーラさんは普通服を見事に着こなして言った。
結局着る人が着れば何着ても似合う。容姿というよりは、立ち居振る舞いの差だな。
「むしろ、できないことの方が多いですよ」
俺はそう答えつつも、ちょっと傷ついていた。
え? 俺のファッションセンスは小学生並ってこと?
いや、急遽出立が決まったから、ファッションまで加味して服を吟味してる暇がなかっただけなのよ? 本当よ?
「う……ん」
そうこうしていると、村人の内の一人、三十代くらいの女性が目を覚ました。
「大丈夫!? 私のこと誰だか分かる? どこか痛いところは?」
カーラさんが女性の下に駆け寄って矢継ぎ早に尋ねた。
「ああ、カーラ。ええ。大丈夫よ。――私、夢を見ていた気がするわ。なんだかすごく悪い夢を」
女性が寝ぼけたような口調で、色んなアニメで聞いたことがある気がするけど具体的なタイトルは出てこないような感じの台詞を吐く。
「……」
カーラさんは声一つ漏らさず、そっと女性を抱きしめる。
その頬には一筋の涙が伝っていた。
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