第208話 おとぎ話の裏話(2)

「なにもいきなり攻撃してこなくても……。まずは話し合いから始めるのが高貴な方々のやり方では?」


 俺は身体を強張らせて言う。


「そこまで掴んでる以上ー、私の思惑にまで辿りついてますよねー? なら、どちらかが死ぬまでり合うしかないじゃないですかー」


 カーラさんが平素と変わらぬトーンで言う。


 殺意に躊躇がない。


 あー、やだやだ。


 シエルちゃんルート民はこれだから。


 彼女のシナリオは、くもソラのルートにおいては、陰鬱さはマシな方だけど、バトルメインで血生臭いんだよね。みかちゃんルートも結構バトるけど、あっちはヤクザ親父が大体なんとかしてくれるからなー。


「助太刀した方がいいかな?」


「アイが怒るんで、好きにさせてあげましょう」


 定期的にガス抜きさせないと、アイちゃんのフラストレーションがどこに向かうか分からないので、こういう時は手を出さないのが吉。


「随分と侮られたものですねー。当然、勝算が合ってのことでしょうが、私は異能者相手でも、シンデレラクラス以外ならば対処可能ですよー? あなたはご主人様を守りながら戦えますかー?」


「それくらいのハンデはあげるぅ! わざわざこんな陰気で飯のまずい国にまで来てあげたんだからぁ、ちょっとは楽しませてよねぇ」


 勝手にハンデにされた俺。


 まあ、いざとなったらミケ氏が助けてくれるさ。多分……。


「持てる者の傲慢ですかー。気に食いませんねー」


「はっ。アンタがアタシの何を知ってるのよぉ。自分だけが世界の不幸を背負い込んだみたいな口ぶりすんなぁー」


 二人の会話がドップラー効果を伴って聞こえてくる。


「アイさんはさすがというか、攻撃的だね。カーラさんも、ただの人の身で、よくここまで……」


 ミケくんが真面目な表情で呟いた。


 どうやら、今、俺の目の前で、超人的な異能バトルが繰り広げられているっぽい。


 音だけ聞こえるけど、俺の動体視力じゃなにやってるかわからん。


 カーラさんは異能者以外では、ヤクザ親父並かそれ以上に強いし、パワーアップイベント前のアイちゃんなら余裕勝ちできただろう。でも、今のアイちゃんはもはやチート級なので比べるべくもない。


「まあこんなものかしらぁー。あんまり長引かせて騒ぎになっても面倒だしぃ、今日はここまでねぇー」


「やはり、実力を隠していましたかー。怪しいとは思っていましたが、裏が取れませんでしたー。自分の直感を信じてもっと早めに消しておくべきでしたねー」


 十分ほど経った後、気付いた頃には、床にズタボロで、糸で縛られたカーラさんが転がっていた。


 メイド服がボロボロになるくらいなら、「ふーんえっちじゃん」で、済むけど、普通に骨とか、内臓とか見えてるー。血だまりもできてるー。


 メイドと陵辱は食い合わせがいいジャンルだけど、リョナまで行くとちょっと無理だな、俺は。でも、もし原作ライターが今の光景を見てたら、大喜びしそうだけど。


 まあ、カーラさんはちょっとでも隙があったら殺しにくるから、アイちゃんは正しい。


 ともかく、失血死する前にミケくんに治してもらわなきゃ。


「……これで糸目女の技術は大体盗んだわぁ。次はあんたにもステゴロで勝つからぁ」


 アイちゃんがにんまりしながら、アドレナリン全開の血走った目でミケくんを睨みつける。


「こ、向上心があることはいいことだよね」


 あ、さすがのミケくんもちょっと引いてる。


 でも、ミケくんも天才だし、多分、新技とかがあったら、見てコピーしてるから、アイちゃんとの技術格差は埋まってないかもね。


「それでー? 私の秘密を暴いて、捕まえて、どうしたいんですかー? 殺さないってことは、引き渡して、あの男の歓心でも買いたいんですかー?」


 痛みにも怪我にも動ずることなく、カーラさんが言葉を紡ぐ。


 胆力がエグい。普通な喋れる状況じゃないぞ。


「いえ、そんなつもりは全くないです」


「なら、私を獅子身中の虫にして、あの男の裏をかいて下克上しますかー? それなら、協力するにやぶさかではないかもしれませんー」


「脅したり、暴力で従わせたり、騙したり、騙されたり、そういうことはしたくないんですよ。そんなことばかりしていたら、俺もハンプトン卿と同じになってしまうから」


 もし俺に野心があったら、カーラさんの言ったようなことをしていたかもしれないけど、あくまでシエルちゃんのフラグを潰すことが目的だから。


「はー? はいはい。わかりましたー。降参ですー。それでー? お優しいお坊ちゃんは、私にどうして欲しいんですかー?」


 カーラさんが投げやりな調子で呟いた。


「いや、だから、普通にハンプトン卿のせいで滅んだカーラさんの村の人を助けようと思うんで居場所を教えて欲しいだけなんですけど」


 カーラさんは、お兄様の鬼畜計画の数多いる被害者の内の一人だ。


 ママンも紛争地域から実験材料を仕入れたりするけど、お兄様はそんなものではな済まない。


 ママンは偶発的に起こった紛争を利用するが、お兄様は利用するために悲劇や戦争自体を作り出す。そういった意味で、鬼畜度合いはお兄様の方が断然上だ。


「……言ってもいい冗談と悪い冗談があると思いませんかー?」


 カーラさんが背筋が凍るような殺意の籠った視線を送ってくる。


「冗談で言いませんよ。こんなこと」


「本気ですかー? そんな手段があれば、とっくに私が見つけてますよー。なんのために、私が世界で一番憎んでいるご主人様クソ野郎にお仕えしてると思ってるんですかー。世界中の情報と技術がここに集まるからですー」


「それでも、ハンプトン卿だけが世界ではないですよ。西洋の物の見方だけで全てが分かったように思ってもらっては困る」


「資本力も、人脈も、軍事力も何もかもがご主人様に劣ってるあなたが、ハンプトン家をしのぐ治癒技術を有しているとー? いや、でも、あの女の息子ならばあるいは――」


「ゴチャゴチャうるさいわねぇ。敗者に選択権なんてないのよぉ。さっさとマスターの質問に答えろぉ――キザモヤシぃ、ちょっとこいつを犯して、吐かせて見たらぁ?」


 アイちゃんがカーラさんの子宮の辺りを踏みつけならが言った。


 いや、血まみれで骨見えてる女の人に欲情するのはさすがに無理でしょ。


 ……いや、そうでもないか。


 多分、内臓見えてるヒロインとでも愛し合えるな。ミケくんなら。


 直接的な描写はなかったけど、いくつかのルートでそんな感じのがあったし。


「冗談でもそういうことは言わない方がいいよ。露悪的な言動は、いつか自分に返ってくるから」


 ミケくんが諭すように答える。


「ハッ。本当にいけすかない野菜野郎ねぇ。返ってきたらそれもぶっ殺せばいいでしょぉ? セルフトレーニングぅ」


「ふう、ふう、確かにお二人共、うちではあまりみないタイプの異能者ですねー。意思が強い。――意図は、分かりませんが、このまま死ぬよりは、それこそ、『夢物語メアリー・スー』のように、都合のいいお伽話を信じてみるのも、一興ですかー。そこのパネルを操作して、扉を開き、私を、搬出口まで連れていきなさいー。口笛で、呼び出しますー」


 カーラさんがさすがに苦しそうに、言葉を途切れさせながら言った。


 信じてねえなこれ。


 まあ、俺がカーラさんの立場でも信じないだろうけど。


「わかりました。指示してください」


 俺はカーラさんの指示通りにパネルを操作した。


 床の一部が開き、地下へと続く階段が現れる。


 アイちゃんが犬の散歩をするようにカーラさんを引きずって俺たちを先導する。


 その次は俺。ミケくんは殿を受け持ち、周囲を警戒している。


 やがて、また扉に突き当たった。


 何重にも設えられた防護壁のロックを解除して、どんどん下に降りていく。


 先に進む度、吐き気を催すような臭気が濃くなっていった。


 だけどここで、鼻を覆ったりしちゃいけないんだよね。


 本来、平凡な一般人寄りの主人公の俺のロールプレイとしては、死体を見たら吐くぐらいの方が自然な反応である。でも、それはTPOによるというものだ。


 俺は今、クリーチャー化した人間を元に戻そうとしているので、彼らに敬意を示すため、失礼な反応はできない。


 それに、ここにいるのは、みんな過酷な環境を生き延びてきた超人たち。


 ここでパンピーな反応を見せたら、「やっぱり、ユウキは平和な環境でぬくぬく育ってきたんだね」的な感じになり、みんなとの間に心の距離ができる。


 現に、ミケくんもアイちゃんもこの程度の悪臭には慣れてるから平然としてるもんね。


 だから俺も気合いで耐えるよ。


 控えめに言って、使い古した剣道部の籠手の100倍くらい臭いけど。


「あー、お腹減ってきたわぁー。肉って腐りかけが一番おいしいのよねぇー」


 いや、違ったわ。


 慣れてるどころか、食欲かきたてられてるわ。


 アイちゃんはハイエナかなんかなの?


 納豆の臭いは嫌なのにこれはいいんだ。


 やがて、最深部に辿り着く。


 ドロドログチャグチャした怪物たちが、蜘蛛の糸にすがる罪人たちのごとく、こちらに群がろうとしてくる。


 アイちゃんが炎の壁を作って、怪物たちを牽制した。

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