第204話 エリクサーはラスボス戦まで取っておくより使った方がいい

「クセニア。覚悟していたとは思うけど、君とミケさんが親密な関係になった以上、機密の関係上、今までのように他の娘と同じオフィスで働くのは難しい。別の事務所を構えてフリーランスになるか、いっそのこと、大学を出るくらいまでは普通に学生として暮らすか、もちろん、他にやりたいことがあるなら、それでも構わない。どんな道を選んでも、俺はクセニアを応援するよ」


 俺はにこやかにクセニアちゃんに告げる。


「はい……。ご配慮ありがとうございます。マスター」


 クセニアちゃんは感動の面持ちで、何度も頭を下げる。


「仕事のことに関してはマスターのおっしゃる通りです。でも、まあ、学校や食事の場では今まで通りなので、安心してください」


 フオンちゃんが柔らかい口調で言う。


 クセニアちゃんと上司と部下の関係ではなくなったので、態度は友達に接する時のそれだ。


「いやいや、そもそも、クセニアがこのままこの村で暮らす前提で話しちゃだめじゃない? 仕事はネット環境さえあればどこでもできるんだから、都市部に出るっていう手もあるでしょ。そっちの方が、ミケさんのアクセスもいいだろうし。ほら、空港の近くとかさ」


 カルロッテちゃんがそう突っ込む。


 確かに、ミケくんは職業柄、定住生活ができるタイプじゃない。半単身赴任的な感じなので、いちいちクセニアに会うためにこの田舎へ足を運ぶのは大変だろう。


「確かにボクは世界中色んな場所を行き来する生活を送ってる。でも、警備のことを考えると、クセニアはここにいた方が安全だろうね。ボクの会いに行きやすさよりも、そちらの方が大事なことだと思う。――本来、エージェントは、恋をしてはいけないんだ。弱みになるから」


 まあ、血生臭い職業をやってると、当然アイちゃんみたいに人質とって脅そうとする人は出てくるよね。


「まあまあ、住むとことか、仕事がどうとか、細かいことなんてどうでもいいじゃない。愛があれば距離なんて関係ないでしょ! それこそ、今は、携帯? スマホ? とか色々連絡を取る手段があるんだからさ」


 ヘルメスちゃんが気楽な調子で言った。


 アイちゃんが白目を剥いてブーイングのサインをする。


 これがほんとの白眼視ってか?


「そうだね。まあ、こちらの都合で祐樹くんに余計な負担をかける形になるから申し訳ないけどね」


「マスター、ご迷惑かけてすみません」


「まあ、クセニアがいようがいまいが、村の防衛コストは変わらないから、このまま村に居てもらうのは全然構わないんだけど、問題は――」


「将来的に、ボクと祐樹くんたちが対立するような状況になった場合どうするか、だね」


 ミケくんが俺の考えを察したように、言葉を継ぐ。


「はい。そうならないことを願ってますが、経営者として、最悪の場合も考えておかなければならないので。仮に俺たちとミケさんが戦闘状態になったら、どうします? その場合、どうしても、クセニアは人質のような形になってしまいます。望む望まないに関わらず、俺たちは彼女を利用せざるを得ない」


 俺は深刻な口調で言った。


 まあ、もし本当にそんな状況になれば、主人公の恋人を人質にとるとか、メタ的に死亡フラグなんだけどね。主人公の覚醒フラグを立てるだけで、何もいいことはない。クセニアちゃんを解放して済むなら解放一択だ。


 でも、そんなことをこの場で言える訳はないので、一応、ブラフに過ぎなくてもカマしておくか、といった心持ちだ。


「……その時は、戦うよ。少なくとも、クセニアを手放した方がマシだとキミたちに思わせられるくらいの実力はあるつもりだ」


 予想通り、ミケくんからは覚悟完了している答えが返ってきた。


 怖いよー。これだからセカンドの戦闘民族たちは。


「舐められたものねぇ。アタシらの本気を見たこともないくせにぃ」


「そうだね。でも、キミもボクの本気を知らないだろう?」


 アイちゃんとミケくんが、双方、威嚇するように犬歯を剥き出しにした。


 異能ありの勝負をするとして、ミケくんの覚醒前ならタイマンでもアイちゃんが勝つだろうと踏んでいた俺。


 ミケくんの覚醒した今となっては、タイマンなら贔屓目にみて五分五分か、アイちゃんがやや不利なくらいかなあ。


 それでもアイちゃんの指揮する軍団全員でかかれば、なんとかミケくんには勝てるだろう。けど、損害は確実に出るな。仲間の犠牲も覚悟しなければいけない状態になると予測できる。


「やめなさいよ二人とも! っていうか、そんな将来のネガティブな想像をするよりさ、今、できることをして欲しいんだけど。ウチ、回りくどいのは嫌いだから、はっきり聞くけど、あんた、呪いを治せるようになったの? ウチがミケに近づいたのは、子どもたちを呪いの浸食から助けるためだって覚えているわよね」


 ヘルメスちゃんが真剣な表情でミケくんに詰め寄る。


「もちろん覚えてる。結論から言えば、治せるよ。クセニアに巣食う呪いは、ボクが解いた」


 ミケくんははっきりとそう言い切った。


「やった! それ、スキュラ出身の子だけじゃなくて、魔女の子どもたちグレーテルにも効くのよね?」


 ヘルメスちゃんが手を叩いて喜ぶ。


「試したことはないから、確実なことは言えないけど、おそらく治せると思う」


「じゃあ、早く! 早くあの子たちを治して!」


「ごめん、今すぐには無理だ」


 ミケくんが首を横に振る。


「なんで!?」


 ヘルメスちゃんがミケくんの胸倉を掴んでガンをつけた。


「落ち着いてくれ。もちろん、ボクも是非、呪いの治療に協力したいと思ってる。でも、力が足りない。クセニアを救うには、人の一生を70年として、およそ三人分の生命力が必要だった。――ああ、今更だけど、ボクには人の生命力を吸収し、排出する能力がある。君たちは多分、そこまで調べているよね?」


「確証はありませんでしたが、ミケさんは回復能力をお持ちというところから、予測はしてました」


 俺はそううそぶいた。


「そうか。――で、話を続けると、呪いとの結びつきが薄い娘――スキュラでは、異能者として一番下のクラスの『プラナリア』と呼ばれていた彼女を救うのですら三人分の代償が必要なんだよ。多分、魔女の子どもたちを救うにも、同等か、それ以上の生命力が必要だと思う。でも、今のボクにはその力の蓄積が足りない。救えて、一人か二人がせいぜいだろう」


 ミケくんはそう言って唇を噛む。


「……やはりそうでしたか。都合のいい奇跡はありませんね。全ての物事に代償はある」


 俺は溜息をついた。


「ああ。残念だよ。今なら感覚が鋭敏になったから分かるんだ。ボクは、確かに君の言う『解放者』なのかもしれないけど、万能ではない。例えば、祐樹くんの幼馴染の――えっと名前はなんて言ったっけ」


「……美汐です」


「そう。美汐さん。もし彼女を治すなら、途方もない代償が必要だろうね。仮に全人類を犠牲にしたとしても、救える自信がない。――彼女は一体何者なんだい?」


「――俺の大切な幼馴染ですよ」


 俺は悲しげな声色で、わざとズレている答えを返した。


 ぷひ子は最凶だからね。しょうがないね。


 他のヒロインでも、ミケくんのヒールで治そうとすれば、地球全部とは言わないまでも、国の一つや二つは滅ぼすくらいの代償が必要だろうなあ。ママンに人工的に呪いを植え付けられた部下娘ちゃんたちとかと違って、くもソラヒロインズはみんな天然ものだからね。


「……愚問だったね。ボクにはそこまで立ち入る資格はない。祐樹くんこそ、一番彼女を救いたいと思ってるだろうに、余計なことを聞いた」


「そんな……。じゃあ、あの子たちはこれからもずっと呪われたままなの?」


 ヘルメスちゃんが絶望に顔を歪める。


「ヘルメスさん、落ち着いて。美汐はともかく、魔女の子どもたちの呪いは解けるよ」


「本当!?」


 ヘルメスちゃんが俺の方を振り向いて、目を見開く。


「ああ。――フオン、今、『ドナー』は何人くらい集まってる?」


「はい。現在の報告を受けているところによれば、1138人です」


 俺の問いに、フオンちゃんが即答した。


「……どういうことかな?」


「事前にまだ『裁かれてない』犯罪者を集めておきました。仮にミケさんが覚醒した際に、代償が必要なことは推測できていたので」


 俺が吸収したヤクザ勢力や、ママンのツテ、その他諸々のコネクションを駆使して、俺は全世界中から犯罪者の身柄を確保していた。


 具体的にはほぼやってるだろうけど、証拠不十分で釈放された殺人者。金と圧力で無理矢理示談に持ち込んだ性犯罪者などなど。いずれも凶悪犯ばかりである。


「つまり、ボクにその悪人たちの生命力を吸い取って、子どもたちを救えと」


 ミケくんが俺を射抜くような視線で見つめる。


「もちろん、正しくないことは分かってます。法治国家では私的救済は認められていませんし、ましてや俺たちは直接的な被害者ですらない。復讐する大義も、勝手に裁く権利もない。これは悪です」


 俺はその瞳を真っ向から見返して言った。


 もう、敵対ヤクザとかをアイちゃんを使って潰しているからな。


 完璧ないい子ぶりっ子はミケくんには通用しない。


「それでも、やれと言うんだね」


「はい。俺には助けたい人たちがいるので」


「わかっているなら、これ以上咎めることはできないね。ボクも人のことをとやかく言えるほど、綺麗な手をしている訳ではないから」


 ミケくんはそう言って、傷一つない白魚のような自身の手をじっと見つめた。


「ミケさん……」


 クセニアちゃんが、その手にそっと自身の手を重ねる。


「気は進まないけどやるよ。一応確認しておくけど、冤罪の可能性はないんだよね?」


「それはあり得ないです。――ルビー、と言えばお分かり頂けるでしょうか」


 ルビーちゃんとは、ヨドうみのヒロインで、ヒドラの一人。サイコメトリっちゃうの異能持ちの女の子である。


 いつだか、虎子ちゃんとの会話でちょっと話題にのぼったことがあったよね。


「……そうか。君はプロフェッサーの息子だからね。彼女を利用して当然か」


 ミケくんが頷く。


「ルビー、ああ! あの嫌味な子、心が読めるんだっけ? それなら、嘘はつけないわよね」


 ヘルメスさん納得したように手を叩いた。


「と、いうことで、ミケさんには、後程、犯罪者の来歴などを記載した資料をお渡しします。それを元に、それぞれの罪にふさわしいと思う分だけ、生命力を吸収して頂ければと思います」


 フオンちゃんが冷静に話を進める。


「ボクは裁判官じゃないんだけどね」


 ミケくんが眉を顰める。


「重荷なら、量刑は俺が決めます」


「いや、ボクが請け負う以上、ボクの責任で決めるよ。それが、仕事だ。――というか、仕事、でいいんだよね?」


「ええ。もちろん。仕事には報酬が必要ですが、ミケさんは何を望まれますか?」


「それじゃあ、将来的に、万が一、祐樹くんとボクが対立しても、クセニアには危害を加えないこと。そして、ボクが迎えにきたら、安全に引き渡すこと。それを約束して欲しい。どうかな?」


「それで構いません。契約書でも交わしますか?」


 俺は即行ミケくんの提案を受け入れる。


 そもそも、俺はもしミケくんと対立しても、クセニアちゃんをどうこうするつもりはなかった。


 下手なことをするとミケくんが奮い立つだけということはもちろん、そんな冷酷プレイをすると、部下娘ちゃんたちの忠誠心が下がる。


 なので、実質これは無報酬に等しい。


 ミケくんも俺の気持ちが分かった上で、破格の報酬を提示してくれてる訳だ。


「いいや。必要ない。祐樹君は、約束は守る人だよね。短い付き合いだけど、それくらいは分かるよ」


 ミケくんは穏やかに笑って言う。


「ウチも保証する。もし、戦争になったら、ウチの命に換えても、この子を守って、ミケの所に届けるから」


 ヘルメスちゃんが決然とした表情で言う。


「信頼してもらえて嬉しいです。今日は色々あってお疲れでしょうし、準備もありますから、お休みください。明日、『ドナー』の待機場所にご案内します」


 俺は椅子から立ち上がり、一礼した後そう言った。






======================あとがき=========================


 皆様、いつも拙作をお読みくださり、まことにありがとうございます。

 本年の更新はこれで最後となります。来年度はちょっと諸々書籍化作業で忙しく、更新スピードを維持できないかも。でも、多分、1月はこれまで通りでいけそう。

 ということで、ついに書籍化情報解禁の許可を頂きましたので、この場を借りて、発表させて頂きます。

 発売元レーベルは、ファンタジア文庫様。発売日は、2022年、2月19日。イラストは、希望 つばめ 様です。ありがてえ、ありがてえ……。

 また、書籍化に伴い、タイトルは以下の通りに改題されております。


『鬱ゲー転生。

 知り尽くしたギャルゲに転生したので、鬱フラグ破壊して自由に生きます』


https://fantasiabunko.jp/ ←こちらのアドレスの下の方の2月の新刊情報に載ってます。発売日が近くなったら、また色々とうるさく宣伝し始めると思いますが、ご容赦ください。


 なお、作者は本作以外にも色々書いておりますので、年末年始お時間等がございましたら、暇つぶしに是非お読みください。特に、打算まみれの恋愛しかできないゆうくんで胃がモタれたら、下記↓の『セックスだけして捨てた彼女が死にかけてるから旅に出る話』のような、純愛作品でお口直しして頂くのも良いかもしれません(宣伝おかわりです)。タイトルはアレですが、中身は超真っ当な、感動系を目指して書いた作品です。最初は超真面目なタイトルでやっていたのに、pvの暗黒面にひかれて闇墜ちしました。また光墜ちして元に戻すかもしれません。悩んでます。


https://kakuyomu.jp/my/works/16816700428422855616


 ともあれ、皆様、今年もお疲れさまでした。お身体に気を付けて、良いお年を。


 そして、来年も何卒よろしくお願い致します。



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