第203話 はやし冷やかしにぎやかし

 長い話し合いになりそうだと察した俺は、ぷひ子を家に帰らせ、みかちゃんには子どもたちのお世話をお願いし、席を外してもらった。


 やがて俺の部屋にやってきたミケくんとクセニアちゃん。


 俺は二人にソファーを勧め、自らはテーブルの椅子を動かして向き合う形をとった。


 そこに閃光を見て駆けつけた幹部娘ちゃんたちや、ヘルメスちゃんも加わり、第一回くもソラ緊急家族会議の開催である。


「ミケ! 恋人ができたって!? おめでとう。――へえ、こういう子がタイプだったのね」


 ヘルメスちゃんはニヤニヤしながらカップルに近づいていくと、二人の肩を叩く。


 世話焼きな親戚のおばさんのようなテンションだ。


「ヘルメス、からかわないくれ。頼むよ」


 ミケくんがはにかんで言う。


「だって、ウチが『どんな子がタイプなの?』って聞いてもはぐらかしてばっかりだったミケの恋人だもの! そりゃ気になるでしょ。それで? それで? どっちから告白したの?」


 ヘルメスちゃんが、弾んだ声でミケくんとクセニアちゃんを左見右見する。


 アイちゃんが『うっざぁ』と呟きながら、カレーの残りを食べ始めた。


 確かにちょっと鬱陶しい所もあるけど、重苦しい空気になるのも嫌だ。なので、こういう場面に陽キャのヘルメスさんがいて、雰囲気を和ませてくれるのは俺的にはありがたい。


「えっと、あ、あの、私から……」


 クセニアちゃんがおずおずと手を挙げて、消え入りそうな声で答える。


「へえー。やるわねぇ。さすがにこれ以上、具体的な告白のセリフとかまでには突っ込まないけどさ。ミケは、彼女さんのどこがよかったの?」


「ヘルメスさん、その質問もどうかと……」


 俺は苦笑して口を差しはさむ。


「ご、ごめんね。彼女さんが気分悪くするわよね。でも、ほら、ミケって、ほんと蚊に刺されるレベルの頻度で告白されてるから、彼女の何が特別なのか、知りたくなっちゃってね」


 ヘルメスちゃんはそう言って目をつむり、反省するように彼女自身の頭を手で叩いた。


 まあ、気持ちは分かる。


 俺も内心驚いていた。


 クセニアちゃんを侮るつもりはないが、正直、十中八九、ミケくんに振られて終わりだと思ってたわ。


 原作では、ミケ氏が他のモブ系の女の子からナンパされるイベント(もちろん、ミケくんは断るのだが、その過程でヒロインの嫉妬を誘発する)とかザラだったからな。


「い、いえ、大丈夫です。正直に言えば、私も少し気になります。その、選んでもらえるなんて、夢みたいで」


「ほら、彼女もこう言ってるんだし、不安にさせないように説明しなさいよ」


 ヘルメスちゃんがクセニアちゃんをダシにそんな催促をした。


「……確かにボクは仕事柄、異能者と接する機会は多いことは事実だね。その中には、告白してくれる子もたまにはいる。でも、それは、ボク自身が好きなのではなくて、ボクがその子の辛い現状を打破できる希望なのだと勘違いして好意を抱いている場合がほとんどだ。ボクにはそんな力なんてないのにね」


 ミケくんは自嘲気味に呟いた。


 まあ、本当のミケくんは打破するどころか、世界を変革する力があるんだけどね。


 でも、現在のミケくんは、色々あって金の人々に逆らいにくい状況だからな。


「そして、それとは逆に、何も知らない一般の女の子が興味を持ってくれることもある。でもそれは、ボクの真実を知らずに、表面的な容姿を気に入ってくれてる人ばかりだ。それでなければ、ハニートラップとかね。――とにかく、クセニアが、ボクにすがるのではなく、素晴らしい仲間がいて、安定した環境にあるのに、危険を冒してまで、わざわざボクを好きになってくれたことが、嬉しかった、のかもしれない」


 ミケくんは、時間をとって、彼自身を分析するように、言葉を選びながら続けた。


 確かに、クセニアちゃんはスキュラ出身であるので、異能者の苦悩を共有できる。そういう意味で、ミケくんの恋人になれる最低限の資格をクリアしている訳だ。


 性格的に普通にいい子は世間にたくさんいるかもしれないが、裏世界にいっちょ噛みしてるという条件を満たす人間は少ない。


「なるほど。しかし、その条件だと、現在、マスターの部下を務めている私たちのような女性ならば誰でもいいということになりませんか? ミケさんの事情もクセニアと同程度には理解していますし、非戦闘員メンバーは、もはや手品レベルの異能しか使えない凡人ですし」


 フオンちゃんが小さく頷きながらも、真面目くさった口調で言った。


 フオンちゃんは部下のクセニアちゃんが心配なんだよね。ミケくんの本気度を疑っている。


「確かにクセニアがアリなら、私たちもアリなはずよね? ――あっ、マスター、私はマスター一筋ですから」


 企画畑の幹部娘ちゃん――カルロッテちゃんは、そう言って俺にウインクした。


 お調子者でムードメーカーな子である。


「ははっ、君たちは、自分たちが思っているよりも普通じゃないよ。ティーンエイジャーで為替の動きを左右するレベルのビジネスを展開しているんだからね」


 ミケくんは二人の疑問を一笑に付した。


「そうですか?」


「マスターに比べれば、大したことないと思いますが」


 幹部娘ちゃんたちはいまいち納得いかないように首を傾げて、俺の方を見た。


「……」


 俺は曖昧に笑って誤魔化す。


 ぬばたまの姫の身体強化は、脳細胞にも及ぶ。


 適合性が薄いとはいえ、部下娘ちゃんにもその恩恵はあり、彼女たちの知能は同世代の女の子を凌駕しているのだ。


 幹部娘ちゃんたちは、その中でも特に優秀な個体だからな。


「でも、確かにフオンさんが言うように、単純に条件を列挙するなら、他にも当てはまる娘はいるかもしれないね。でも、違うんだ。誰かじゃなくて、クセニアなんだよ。――ほら、こういう仕事をやってると、どこかで歪まずにはいられないだろう? キミたちは今は解放された身だけれど、平然を装っていても、どこかに受けた傷の影響は出ているはずだ」


 ミケくんが目を細めて言う。


 憂いを帯びたイケメンモードだ。


 つよい(確信)。


「そうですね。日常生活に支障が出るほどのものではないですが、銃の組み立て訓練でミスをして死にかけたトラウマのせいか、パズルとか、知恵の輪とか、最後までやりきらないと気が済まないところはありますね。やらなければいいのに、ついやりたくなってしまいます」


「私も湯船に浸かってないとよく眠れない時があるかも」


 ファブ〇の親戚かな?


「溺れたら危ないですよ?」


「最近は特注のウォーターベッドをはめ込んで使ってるから大丈夫。フオンこそ、マインスイー〇ーにはまって締め切り落としかけたことあったけど、あれからどうしたの?」


「あれはアンインストールして、代わりに趣味でゲームを作りましたよ。適度に私のパズル欲が満足するようなやつを。一定時間を超えると自動的にプレイできなくなるようにプログラムも組みました」


 そんな会話を交わし、和やかに笑い合う二人。


 まあ、確かに部下娘ちゃんはクセの強い趣味を持っている子は多いな。


「二人共強いね。――とにかく、ボクは辛い目にあっても、歪まずに、普通に、正しく、人に優しく生きているクセニアの姿が、とても尊く映ったんだ」


「そ、それは、ミケさんの方です! 私なんかよりも大変な目にあっているのに、優しくて――!」


 クセニアちゃんが首を横に振って、ミケくんを熱の籠った瞳で見つめる。


「あー、なにこの二人! 上手く言えないけど、なんかいいわねー! ウチ、ちょっと泣けてきた」


 ヘルメスちゃんが瞳を潤ませ、目の端を指で拭う。


(ヘルメスちゃん、呑気だなあ。さっきのミケくんのラブワード、ヘルメスちゃんルートの告白イベントのセリフとほぼ同じなんだけど?)


 メタ的にNTRくらってることに気づかないヘルメスちゃん。


 もうちょっと気張ってくれ、メインヒロイン。


「……私もなんか釣られて感動してきちゃったわ。色々考えることはあるけど、まずは素直に喜んであげるべきよね」


 カルロッテちゃんが言う。


「そうですね。仲間が幸せになろうとしているのですから」


 フオンちゃんが頷く。


「そうだね。クセニア、おめでとう」


 俺たちはミケくんとクセニアちゃんに拍手を送る。


 カルロッテちゃんとフオンちゃんが、クセニアちゃんと軽い抱擁を交わす。


 室内が祝福ムードに包まれた。


「はっ、要は富士山の頂上で食べれば、お手軽なカップヌー〇ルでも美味く感じるってことねぇ。無駄に高くて、すぐに冷めてまずくなるのにぃ」


 いつの間にか俺の近くに来ていたアイちゃんが鼻白んだように耳打ちしてくる。


「何が言いたいからよくわからないけど、富士山の上までカップヌードルを運ぶのは簡単じゃないし、時間をかけた高級な料理がおいしいとも限らないよ」


 俺は小声で答えた。


「へぇー、いいこと聞いたわぁ。マスターの幼馴染どもに教えてあげよぉ」


 アイちゃんはクスクス笑う。


「富士山の上で何を食べるかって話だよね? ……ああ、でも、やっぱり俺は、食料はあらかじめ準備していかないと遭難した時に危険だと思うなあ」


 俺は何となくアイちゃんの言いたいことを察しつつも、あくまでとぼける。


(まあ、不可抗力でクセニアちゃんとミケくんが二人っきりになるシチュエーションは多かったとはいえ、二ヵ月も経たない内にオチるのは予想外だったなあ……。いや、現実は案外こんなもんか)


 ギャルゲーだと、付き合うまでには紆余曲折あるのが当たり前だ。っていうか、そうじゃないとゲームにならない。例外は低プライスの抜〇ゲーくらいだ。


 しかし、現実だと、逆に、まあ、長くても3回目のデートくらいまでには恋人関係にならなければ脈なしで、「お友達」のまま関係が固定されてしまうことが多いそうである。


 つまり、ゲーム基準で考えると早すぎるけど、現実基準だと二人が恋に落ちるまでの速度は普通ということだ。


 何もおかしくない。


(というか、俺だって将来的にはややこしいヒロインズを振り切って、普通の女性と普通の恋愛がしたかったから、羨ましい。ずるいよ。ミケくん)


 考えてみて欲しい。


 容姿は100点だが、ややこしい性格とバックグラウンドを持っているめんどくさいヒロイン。


 容姿は地味だけど普通に優しくて、精神的にも安定している平娘ちゃん。


 結婚を前提としたお付き合いをする相手として、現実的にどっちを選びますか? って話。


 おそらく、ほとんどの男性が平娘ちゃんを選ぶはず。


 特にセカンドのヒロインたちはクセが強すぎる。


 ダイヤちゃんとかサファちゃんとか虎鉄ちゃんとか色々アレだからな。


 ヘルメスちゃんは性格的にはマシだけど、背負ってる運命が重すぎるし。


(っていうか、そうだよ。セカンドのヒロイン厄娘たちどうすんの。もしかして、これまた俺に全部ふりかかってくるやつなん? ミケくんは恋愛してもいいけど、主人公としての役目からは逃げないよね?)


「ふうー、さあさあ、みんな、二人の馴れ初めをほじくるのはこれくらいにしておいて、本題に入ろう! 俺たちの今後について話し合わないと」


 ミケくんには主人公として、最低限の仕事はしてもらわなければいけない。


 その辺をゴン詰めするため、俺は深呼吸一つ、会話を仕切り直した。

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