第205話 モブの品格

 こうして、俺はミケくんをママンの研究所がある島に付属した離れ小島へと案内した。


 監禁状態の犯罪者たちから、淡々と生命力を吸収していくミケ氏。


 その表情から日頃の柔和な笑みは消え、冷徹なエージェントの一面を覗かせる。


 さしたるトラブルもなく、作業は終了。


 生き残った犯罪者は、ママンが記憶を消して元の場所に戻す――という建前になってるけど、多分実験材料にされると思う。


 残念ながらこの世とお別れした犯人の死体は、サファちゃんの玩具として有効活用されることとなった。


 SDGsにも配慮されていて素敵だね!


 そのまま村に帰り、早速、ミケくんパワーで魔女の子どもたちを治療し始める。


 ついでに、アイちゃんたち、戦闘要員の娘たちに残っていたぬばたまの姫の呪いをすっきりと消し去った。


 結果、それぞれの適性がある神への帰依が一層深まり、パワーアップ完了である。


「あー! 気分いいわぁ! 全身の毛穴から宿便をひり出した感じぃ!」


 恢復した魔女の子どもたちがはしゃぎまわる空き地で、アイちゃんが快晴の空を仰いでカラカラと笑った。


「アイ、さすがにその例えはどうかと」


 お下品ですことよ。


「はぁん? なら、マスターがもっとアタシを気持ち良い経験をさせてくれるって訳ぇ?」


 アイちゃんが挑発的に唇を歪ませて言う。


「はは、ないない。宿便最高! ――キワナとサンティも、異常ない?」


 俺は軽く手を振り、軍事部門で副隊長格を務める二人に話しかける。


「はい。快調です。身体は軽くなりましたし、総合的な戦闘能力としては大幅なプラスです。強いていえば、軽くなりすぎて、動きのテンポがズレるのが不安なぐらいでしょうか」


「その辺りは、二、三日もあればすぐにバランスの調整ができるかと思います」


 二人が柔軟体操をしつつ答える。


「なら良かった。……カルロッテもフオンも、俺やみか姉に遠慮せず、治しちゃっていいんだよ」


「いえ、フオンたちとも相談したのですが、事務畑はしばらくはそのままにしておこうかと。まだ、ミケさんが使う生命力の確保にも余裕がないようですし、ぬばたまの姫の呪いにもメリットがない訳でもないので」


 カルロッテちゃんが穏やかに笑って答える。


「私たちは、戦闘能力が低いので、軍事部門の娘たちみたいに他の神様の試練を突破して、力を借りるスタイルでいくのも難しいですからね」


 フオンちゃんが俺の耳元で、小声で囁く。


 ぬばたまの姫の呪いには、身体能力強化の効果があるが、当然、それは脳領域にも及ぶ。


 彼女たちが年齢に比して、異常な知的能力を有するのもそのためだ。


 呪いを解除すると、楽にはなるが、当然、知的能力へのバフと成長ボーナスもなくなる。


 そこで幹部娘ちゃんたちは、脳が成長しきるギリギリの年齢まで、環ちゃんの巫女パワーで対症療法をしつつ、呪いを使い倒すつもりなのだ。


 戦闘要員だけではなく、事務畑の娘たちもしたたかというか、割と覚悟がガン決まりしているようでなにより。


「みんなで話し合った上でのことなら、俺はその決断を尊重するよ。でも、きつくなったら、無理しないで早めに相談してね」


「はい」


「お気遣いありがとうございます」


 フオンちゃんとカルロッテちゃんが頭を下げる。


「ふう! ――あの子たちが元気いっぱいになってよかったわ。夜によくうなされていて、かわいそうだけど私には何もしてあげられなかったから」


 魔女の子どもたちの遊びに付き合わされていたみかちゃんが、ようやく解放されてこちらにやってくる。


「そんなことないよ。みか姉がいなければ、今のあの子たちの笑顔はなかったと思う」


「ふふっ、そうかしら。――でも、やっぱりヘルメスさんには敵わないわね。あの子たちとヘルメスさんは本当に固い絆で結ばれているのね」


 みかちゃんは、魔女の子どもたちを一人一人愛おしげに抱きしめるヘルメスちゃんを、慈母の眼差しで見遣った。


「なになに? ウチの話?」


 体中に子どもをまとわりつかせたヘルメスちゃんが、こちらにやってくる。


「はい。やっぱり、私ではヘルメスさんの代わりにはなれないんだってゆうくんと話していたところです」


「代わりとかそういう話じゃなくない? ミカは、本当にこの子たちによくしてくれたわね。感謝している」


 ヘルメスちゃんはそう言って握手を求めるように手を前に差し出す。


「ありがとうございます。でも、お礼なら、私ではなくゆうくんに言ってあげてください」


 みかちゃんがその手を握り返して言った。


「そうね。ユウキも、本当にありがとう。正直言うとウチ、最初はユウキの話を半信半疑に聞いていたわ。こんなにすごい奴だとは思わなかった」


 ヘルメスちゃんが俺に向き直って言う。


「ははは、すごいのは俺じゃなくて、ミケさんですけどね」


「あんたもすごいし、ミケもすごいわ! それでいいじゃない!」


 ヘルメスちゃんは屈託のない笑みを浮かべて言う。


「お褒めの言葉は、ありがたく受け取っておきます」


「全く、ユウキと話していると、どっちが年上なのかわからなくなってくるわね――ま、とにかく、覚悟していてね! これから、ウチもバンバン恩返ししていくから!」


 ヘルメスちゃんが、俺の頭をガシガシと撫でてそう宣言した。


 そういえば、ハンナさんが、ヘルメスちゃんを使ってオリハルコンを作るとか言ってたな。


 ヘルメスちゃんは覚醒していないため、賢者の石の創造のような、0を1にするようなチートは使えないが、それでもオリハルコンの現物と原料があれば複製はできる。


 あくまで人一人の職人的な仕事であり、賢者の石を触媒にした工業的な製造に比べて、生産効率は比較にならないほど悪いが、それでも現代の科学水準からいえば規格外であることには相違ない。時給換算で数億くらいの働きはするだろう。


「はぁっ? あんたぁ、まさかこのままここに居つくつもりなのぉ?」


 アイちゃんがこの世の終わりのような表情で言う。


「そりゃそうよ。だって、ミケがあの子たちを治してくれたんだから、もうウチがスキュラにいる必要なんてないじゃない」


 ヘルメスちゃんは当然のように言った。


 まあ、そうなるよね。


「だったら、さっさとクソガキ共を連れて出ていきなさいよぉ」


「えっと、それは難しいかもしれませんね。すでに魔女の子どもたちから何人もうちに就職希望が出てるので。すでに何人か、内定も出しちゃってますし。もちろん、帰国したいという子がいれば止めはしませんが」


 カルロッテちゃんがやんわりとアイちゃんの言葉を否定した。


 魔女の子どもたちをリクルートし、将来的に俺の組織に編入するのは既定路線である。


 もちろん、強制はしない。


 でも、魔女の子どもたちグレーテル視点でいうと、自分とさほど年齢の代わらない子が、身近でバリバリ働いてバリバリ稼いでたら、それに憧れるようになるのは自然だよね。


 まあ、俺もそうなるように、部下娘ちゃんに機会があれば、すかさず働くことの素晴らしさを彼女たちにアピールするようにお願いはしていた。


 働いてない子どもたちにも年齢に応じて常識的な範囲のお小遣いは与えているのだが、部下娘ちゃんは丸の内のOLよりも稼ぐからね。自分が駄菓子食ってる横で、お取り寄せスイーツ食べてる部下娘ちゃんを見て、羨ましく思わない子の方が少ないだろう。


「勝手なことしてぇ。仕事が地味だから数で補おうって腹ねぇ。ダサぁ」


 アイちゃんが肩をすくめる。


「勝手って、ちゃんと前に会議にかけましたよ。アイは仕事でいませんでしたが、議事録はちゃんと回しておいたでしょう。それにアイもそろそろ手駒を増やしたい頃合ではないのですか。魔女の子どもたちの中には、あなたたち戦闘部門に憧れている子もいますし」


「あいつに甘やかされて育ったガキが使いものになるのかしらねぇ。アタシの兵隊はただソロバンをはじければいいって訳じゃないしぃ」


 今度はアイちゃんとフオンちゃんがバチバチと視線を交わし始める。


 別にアイちゃんと他の幹部の仲が悪いという訳ではないのだが、どんな組織でも現場とバックオフィスの間には確執が生まれがちだよね。


「うふふ、みんな仲良しね」


 みかちゃんが、そんな三人を見て、ニコニコして言う。


 仲良し……。


 まあ、フオンちゃんたちは最初アイちゃんにボコボコにされまくったのに、その恐怖心にも負けなかったのは偉いよね。二人とも今ではアイちゃんに臆さず物を言えるようになったという意味では、対等な関係に近づいてはいるのだろう。


「――ユウキくん。一応、希望する子は全員、解呪したよ」


 治療を終えたミケくんが、クセニア平娘ちゃんを伴ってこちらにやってくる。


 結構疲れてるはずだけど、傍目には微塵もその素振りを見せない。


「ミケさん! お疲れ様です。本当にありがとうございます。ミケさんは、俺たちの救世主です」


 俺は深く頭を下げた。


「はは、大げさだな。ボクがキリストなら、ユウキくんはヤハヴェのポジションだと思うけど」


「では、三位一体ということで」


 俺氏とミケくんは同じシリーズの主人公という固い絆で結ばれているぉ。


 ズッ友だぉ。


 だから、役目と責任から逃げないでミケくん。


 マジで。マジで頼む。


「なら、父の御心のままにもっと奇跡を起こした方がいいのかな。――ボクの仕事はまだ終わりじゃないよね?」


 ミケくんが悟り切った表情で言った。


「さすがですね。お気づきでしたか」


「うん。明らかに、治す人数に対して、採取した生命力が多すぎるからね。まさか、『おつりは取っておきなさい』って訳でもないだろうし」


 ミケくんが肩をすくめる。


「すみません。別件で、どうしても助けて欲しい人が数人」


「数人? 魔女の子どもたちなら十数人救える力は残ってるけど」


「俺の治して欲しい人たちは、魔女の子どもたちよりもかなり浸食が進んでいると思われるので……」


「なるほど。色々と訳ありみたいだね」


「勝手なお節介なんですけどね。世界を憎んでる人がいて、俺はそれを止めさせたい」


「漠然としていてよくわからないけど、何となくユウキくんらしいね。そういうの、ボクも嫌いじゃないよ」


 ミケくんはそう言って、数々のヒロインを篭絡してきた主人公スマイルを浮かべて言う。


「そう言ってもらえると助かります。とりあえず、ミケさんはクセニアと一緒に、ハネムーンのつもりでついてきて頂ければと」


 笑顔で答える。


 色々と回り道しがちだけど、俺の役目はあくまでくもソラヒロインの鬱フラグを潰すこと。その本旨はちゃんと忘れていない。

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