第201話 舐めプは強者の特権
ミケくんとヘルメスちゃんが俺たちの所に滞在を始めてから数週間。
俺たちの日々は、大きなトラブルもなく、平穏に過ぎていった。
ぷひ子の方には、懇切丁寧に経緯を説明し、姉妹が仲直りするためということでなんとか納得して頂いた。まあ、なんだかんだでぷひ子は善人なので、他人を思い遣る心はあるのだ。
もちろん、代償はある。ヘルメスちゃんと昼に一時間擬似イチャイチャしたら、夜に二時間ぷひ子といちゃいちゃしなくてはいけないのは苦行だ。なぜ二時間かというと、ヘルメスちゃんと一時間いちゃいちゃしたら、帳尻を合わせるためにアイちゃんに一時間ペコペコしなくちゃいけなくて、それを見ていたぷひ子には一+一=二の嫉妬解消タイムが必要だからさ!
ますます俺の睡眠時間が削られていくよ! やったね!
そんなある日の夕方。
俺は、訓練場にいた。
森の一部を切り開いて造ったもので、普段からアイちゃんを含む、戦闘要員の部下娘ちゃんたちが使用している場所だ。
「……参りました」
戦闘要員の中でも一番体格の良い部下娘ちゃんがたまらず地面をタップして、大の字で空を仰いだ。
女の子とはいえ、ミケくんよりは大柄な娘で、体格差的には有利だったはずなのだが、あっけなく関節技にやられた。
「ありがとうございました――ごめん。ちょっと強く締めすぎてしまったかな。キミたちみんな吸収速度がすごいから、力の調整が難しくて」
ミケくんが紳士的に部下娘ちゃんを助け起こす。
「い、いえ、厳しくなければ訓練になりませんので」
部下娘ちゃんがさっと目を背けて引き下がる。
(あっ、メス顔になってる。でも、イケメン王子様だからね。仕方ないね)
俺は確かに、部下娘ちゃんの目に一瞬よぎったハートマークを幻視した気がした。
さすがはセカンドの主人公である。効果は抜群だ。
もっとも、全員が全員デレているという訳ではない。
今の所、部下娘ちゃんたちの評判は二つに割れており、「イケメンは正義」、「陰があって腕っぷしも強いイケメンとか反則」という声がある一方、「イケメン過ぎて逆に引く」。「ああいうタイプは観賞用のイケメンで付き合うと苦労する」という意見もある。
(でも、放っておいたら、全員オチそうだな。別のお仕事を頼んだ方がよかったかな)
というのも、ミケくんが、対価もなしに寝食を提供してもらうのは申し訳ないと言うので、戦闘訓練をお願いしたのだ。
ミケくんの今の強さを知りたいということもあったし、アイちゃんの不満のはけ口が必要という現実的な理由もある。
もちろん、ミケくんも俺たちもお互いに隠しておきたいことはいっぱいあるので、異能なしのステゴロタイマンだ。
(まあ、仮に部下娘ちゃんたちが全員オチても、ミケくんが選ぶのは一人だけだからいいか)
ミケくんは浮気性な性格ではない。
くもソラシリーズには、基本的にハーレムルートはないので、仮に部下娘ちゃんを盗られるとしても一人だけだ。
ミケくんが覚醒し、なおかつ彼との関係を深められるなら、その程度の代償は安いものである。
「キャー! ミケ様ー! 四人抜きー! すごーい!」
渚ちゃんが黄色い声を上げる。
ミケくんの滞在が決定してから、勝手にファンクラブを立ち上げた渚ちゃん。
前は別のアイドルの顔写真が張ってあった応援のうちわを流用して、ミケ氏を称える。
平娘ちゃんが渚ちゃんに呼応するように、学校から借りてきたタンバリンをシャンシャン鳴らした。
いくらミケくんのお世話係とはいえ、くだらない渚ちゃんのわがままにまで付き合わせて申し訳ない。
「モテるわねぇ、よっ、『女殺しぃ』。何人の女性をベッドで泣かせてきたのかしらぁ」
樹上から観戦していたアイちゃんが、パッとミケくんの前に飛び降りる。
「そういう仕事はしないよ。日本はどうかしらないけど、欧米圏は児童ポルノに厳しいからね」
「でも、グロには寛容でしょぉ? 骨が折れて血が出るくらいなら許容範囲よねぇ?」
アイちゃんが両手の拳を握り、戦意を剥き出しにする。
「隊長ぉー! 行けぇ!」
「私たちの敵を取ってくださーい!」
「隊長最強ぉー!」
部下娘ちゃんが口々にアイちゃんへ声援を送る。
「キミの方こそ、ボクよりもたくさんの女の子慕われているみたいだね」
ミケくんが微笑ましそうに言う。
「アタシの兵隊なんだから当然よぉ」
「それは楽しみだね」
「今日こそ、そのキレイな顔をふっとばしてしてやるぅ!」
アイちゃん、それ負けフラグ。
「やっぱり、速いね。ダイヤさんも強かったけど、年齢差を考えれば、キミの方が上かもしれない」
ミケくんはそう感心しつつも、余裕でアイちゃんの攻撃を捌いていく。
ミケくんは普段、能力に頼らずに徒手空拳で戦ってるからね。
異能なしの勝負なら、アイちゃんですら勝ち目はない。
「あぁ、このキザモヤシぃ! あんた、手を抜いてるでしょぉ!」
アイちゃんがじれったそうに叫ぶ。
キザモヤシとは、言うまでもなく、アイちゃんだけしか使っていないミケくんのあだ名である。というか、ミケ自体があだ名なんだから、さらにあだ名をつける必要はないのに。
「そんなつもりはないけど、任務以外では、人を傷つけたくないんだ」
ミケくんはどの女の子相手でも、ひたすらスタミナ切れまで攻撃をしのぎ切り、フィニッシュは身体に傷痕が残らないように、関節技か気功を使った身体への急所突きで決めてくる。
舐めプともいえるが、ミケくんにはそれだけの実力があるからしょうがない。
「あぁん!? なにそれ、胸糞悪い! あんた、あの
アイちゃん、正解。
俺は別にキモイとは思わないけど、お似合いの二人だよね。
見ての通り、アイちゃんはミケくんにデレる様子は全くなかった。
アイちゃんは自分より強い相手には、自動的に敵意スイッチが入るのだ。
「正しいことというのは、受け入れられにくい。人はだれでも正しくない部分を持っているから、正しいことを突き付けられると、自分が責められているような気持ちになるんだ」
ミケくんはマイケルジャクソ〇のごとく優雅な動きで、アイちゃんの攻撃をかわし続ける。
「ごちゃごちゃ抜かすんじゃないわよぉ! 戦え! 戦え! 戦ぇ!」
「戦ってる。キミの攻撃がボクに届かないのは、キミのせいじゃない。異能を使わず、生の肉体で戦うなら、年上の男性が有利なのは当然のことだろう?」
「ええ、そうねぇ。そうよねぇ。なら、本気でやりましょうかぁ」
「アイ、絶対ダメ」
アイちゃんの身体から立ち上る陽炎のような熱気に、俺はそう口を差しはさむ。
「黙れえええええええええええええ! アタシはこいつを殺すううううううう!」
「黙らない。それ以上やるなら、ミケさんに頼んで、戦闘訓練は中止ね。ミケさんの安全を担保できない以上、スキュラに帰ってもらうしかない」
「ぐぬうううううううああああ! マスターぁ、後で覚えてなさいよぉ!」
アイちゃんは血走った目で俺を睨みつけると、跳躍して森の中へと姿を消した。
まーた、アイちゃんのご機嫌取りに俺氏が酷使されてしまうのか。
でも、さすがにまだ敵か味方か分からない状態のミケくんに手の内は明かせないから仕方ないでしょ。
つーか、いくらアイちゃんでも危ない。
ミケくんがガチると、触れただけで生命力吸われて即死モードだし、オートヒール状態で被ダメージ度外視の特攻キメてくるし、とにかくチートだから。
ミケくんの生命力貯金が切れるまで飽和攻撃し続けるしか勝ち目はないけど、原作的には、世界 vs ミケくんでも、三日三晩耐える修羅だしなあ。
まだミケくんは覚醒前だからさすがにそこまでは強くないにしろ、侮れない。
今ならまだ、全力アイちゃんならさすがに勝つと思うけど、主人公は土壇場で覚醒したりするもんね。
「試合終了、かな?」
「まだよぉ。アタシは 悔しかったら、ちゃんとアタシをボコボコにして戦闘不能まで追い込んでみなさいよぉ」
四方八方から、アイちゃんの声が響く。
姿は見えないのに、近くにいるかのようだ。
風の異能を使ってるなこれ。
「困ったな……。どうかここは引分けということで矛を収めてもらえないかな。実際、キミとボクに同じ肉体を与えられていたら、多分、相打ちで終わってると思うし」
ミケくんがなだめるように言った。
「戦場には、勝者か、敗者の二択しかないのよぉ。覚悟しなさいよぉ、朝も、昼も、夜もぉ」
「はは、いいね。確かに戦場に時間制限はない。キミのおかげで勘がにぶらずにすみそうだ」
「キザモヤシ、絶対殺すぅ。ころす、ころすぅ――」
やまびこのような殺意を残して、アイちゃんの気配が消えた。
多分、憂さ晴らしに山の動物を狩りに行くんだろうなあ。
「いい戦士だね」
ミケくんは俺に向き直り、嫌味のない声色で言った。
「ええ。彼女なくして、俺の仕事は成り立ちません」
俺はそう即答する。
どこかでアイちゃんが聞いてるかもしれないので、誉めの一択だ。
「ミケ様―、お疲れ様でーす!」
自称ミケくんファンクラブ会長の渚ちゃんが、スポーツタオル片手にミケくんに近づいていく。
「どうもありがとう」
「とんでもないです! ほら、副会長!」
「はい」
勝手に副会長に任命されてしまった平娘ちゃんが、水筒の麦茶を注いでミケくんへと差し出す。
なんか、青春部活アニメのワンシーンっぽくて素敵ですね。
(ふう。今日も平穏な一日だったな)
若干自分の感覚が麻痺していることに気が付きつつも、見て見ないフリをする俺だった。
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