第199話 外国人キャラは空気を読まなくても許される(2)

 確かにヘルメスちゃんは強引に突っ走る熱血漢な部分があるキャラだけど、ここまで空気読めなかったっけ?


 俺が『悲しき過去』を防いだことで、陽キャ寄りの性格になってるのか?


「ふふふ、マスターもこの女のウザさが理解できたぁ? ぶっ殺したくなるでしょぉ? 日本人のぬるい『空気を読め』文化なんて、この女には通用しないのよぉ?」


 アイちゃんが呆れと哀れみの混じった口調で呟く。


 ああ、あるよね。


 外国人キャラ特有の空気を読まなくても許される風潮。


 でも、実際は外国人も空気は読むからね!


 むしろ、パーティーとかの陽キャ文化が発達している所は、その辺のコミュ力は、日本人より高かったりするはずなのにね。


 まあ、ヘルメスちゃんは、家なき子たちのまとめ役をやってた経緯もあるので、世話焼き属性もついてるからな。その延長だろう。


 みかちゃんも世話焼きだけど、彼女がどちらかといえば母性に振っているのに対して、こちらは姉属性に振ってる結果がこれなのかな。


 弟をからかって遊ぶお姉ちゃんの気分なんですか。


「だって、恋はまず自分の気持ちを自覚するところから始まるのよ。アタックするにも、ユウキ自身に恋愛対象を自覚してもらわないと、どうしようもないじゃない」


「詳しいね」


「ユウキがミケと仲良くしろっていうから、色々対人コミュニケーションについて勉強したのよ。悪い?」


 ヘルメスちゃんはコーヒーカップのハンドルから手を放し、俺の頬を両手で挟んでウニウニとこねくり回した。


 第三者から見れば、今の俺は、ムンクの叫びのような間の抜けた表情になっていることだろう。


「それは――ありがたいけど」


 そんなこと言われたら何も反論できないじゃん。


 まあ、本編でも、冷静沈着なミケくんに無茶をするように説得できるくらい、ヘルメスちゃんはレスバ強いしね。


「はい。じゃあ、さっさと答えてね。ユウキの恋人にしたいランキング、ベスト3。どうぞ」


「言いたくない」


 俺は即答した。


 ヘルメスちゃんは俺の攻略対象じゃないもんね。


 多少好感度が下がっても気にしない。


「えー、なんでよ」


「それは、その、えっと、は、恥ずかしいから」


 俺は軽く息を止めて、顔に力を入れる。


 そして、熱くなってきた顔を、両手で覆った。


 そっちが姉ムーブで強引にくるなら、こっちはショタ弟ムーブで対抗するよ。


 小学生男子なんて、一番そういう話が恥ずかしい年頃だから。


(恋人にするなら、か)


 もし俺が選べる立場にあるなら、くもソラのヒロインは全員ヤベーので願い下げである。


(でも、仮にこれが呪いとかてんこ盛りの伝奇ファンタジーではなく、純粋な学園モノのギャルゲーで、成瀬祐樹ではなく、俺自身が選ぶのだとしたら、誰を恋人にしたいと思っただろうか)


 俺はしばし考える。


(うーん、1位 アイ 2位 シエル 3位 祈 ――って感じかなあ)


 若い時に付き合っていて楽しいのは、明るくて刺激的なタイプである。もし、学園モノで猟奇要素が取り除かれたアイちゃんが存在したならば、間違いなく最高の彼女になっただろう。想像もつかない行動で、大いにこちらを振り回してくるだろうが、きっと最高の青春を送れる。


 方向性は違うが、シエルちゃんも捨てがたい。


 全く異なる世界で育ってきたお嬢様なので、きっと付き合ったら刺激的だ。


 一般人がシエルちゃんと付き合うならば、かなり背伸びすることにはなるだろうが、彼女との交際を通じて、自分の世界を広げ、男として成長することができると思う。


 3位の祈ちゃんは一番現実的なラインで、根が陰キャの俺でも学生生活が想像しやすい。


 前二人のようにアクティブではなく、文芸部にでも所属しながら、静かに創作の世界に浸って過ごす。


 まあ、祈ちゃんは天才なので、才能の差に圧倒されて劣等感を抱いてしまうかもしれないけど、インドア派にとっては理想の彼女かもしれない。


 翼ちゃんと渚ちゃんとソフィアちゃんあたりは多分、趣味が合わない。


 みかちゃんとか環ちゃんあたりはもちろんアリだけど、甘やかされ過ぎて堕落しそうだ。


 あとは、ぷひ子? なにそれおいしいの?


「仕方ないわねえ。じゃあ、結婚したい女性ランキングはどう? まさか、ママとか言わないでよ」


「プロフェッサー? はんっ!」


 アイちゃんがフレーメン反応を起こした猫のような顔で、嫌悪感丸出しの息を吐く。


 まあ、確かにうちのママンは、『将来はね。お母さんと結婚すりゅぅー』と言いたくなるタイプのママンではないよね。本心では息子を愛してくれてはいるけどさ。


「そっちは、本当に想像できない。なので、ランキングもないよ。今の俺の婚約者はシエルだけど、現時点では正直、仲の良い女友達としか言えないし」


 俺はパっと顔を上げて、堂々と嘘をついた。


 リアルな結婚生活を想像できる小学生がいてたまるか。


(ま、仮に恋愛ランキングと同じ条件で、結婚ランキングをつけるとしても、こっちは迷わないな)


 俺は脳内でそう結論づける。


(1位 みかちゃん 2位 みかちゃん 3位みかちゃん。はい、終了)


 どう考えても結婚するならみかちゃん一択なんだよね。


 だって、男の理想と妄想を具現化した良妻賢母のみかはかみですもの。


 恋人にしたい女性と、結婚したい女性は違う。


 アイちゃんは安定を求めるタイプじゃないから、絶対に結婚生活は長続きしない。


 シエルちゃんとは、付き合うならまだしも、結婚となると価値観のギャップをすり合わせるのが厳しい。今みたいに知識チートで稼ぎまくれる世界ならともかく、普通の稼ぎと家柄の男は色んな意味で気後れするだろう。


 祈ちゃんも多分上手くいかないな。天才小説家の妻を持った、一般リーマンというのは中々厳しい。天才クリエイターの結婚相手としてつりあうのは、同じクリエイターか、リーマンはリーマンでも業界関係者か、ヒモ覚悟の専業主夫くらいしかないだろう。


 他のサブヒロインは性格の不一致。


 ぷひ子?(以下略)。


「とりつくシマもないなー。ミケもそんな感じだけどさ、やっぱり、ユウキもハニートラップの訓練とか受けているの?」


「俺はそういうのは特に受けてないですね」


 あるのはバッドエンドへの恐怖と、ギャルゲーマーとしての矜持だけだ。


「ふーん、じゃあ、こういうことしたら、ちゃんとドキドキするの?」


 唐突に、ヘルメスちゃんが俺の脇に手を差し入れて持ち上げてくる。


 そのまま彼女の太ももに座らされた俺は、後ろから抱き着かれた。


 ヘルメスちゃんもまだまだ幼いとはいえ、第二次性徴期は余裕で迎えているので、それなりに胸の膨らみはあった。


「……」


 タブラちゃんがサササとこちらに寄ってきて、俺の太ももの上に座る。


 そういう遊びだと思ったのだろう。


 俺はサンドイッチの具のように挟まれた。


 タブラちゃんのミルクのような匂いと、ヘルメスちゃんのフローラルな香りが入り混じり、それこそ優雅なお茶会にでも招かれたような気分である。


「とりあえず、現時点ではドキドキより息苦しさと回転酔いの辛さが勝りますね」


 しかし、それはあくまで気分であって、身体が訴えてくる苦痛は如実であった。


「はぁ、アンタねぇ、ガキは全部同じような犬っころだと思ってるみたいだけどぉ、ガキでもオスはオスなのよぉ?」


 アイちゃんは怒りを通り越して呆れたような口調で溜息をつく。


 タブラちゃんの服の襟を掴み、俺から引きはがした


「わかってるわよ。それくらい。でも、ウチらはストリートの時代から、いつ死ぬか分からないような状況で生きてきたじゃない。ううん、今もそうでしょ。中々、『日常』が難しい生活を送ってる。だからね。ウチは、なるべくみんなに『当たり前』で『幸せ』な思い出を配りたいの。友達と遊んだり、喧嘩したり、泣いたり、笑って、怒って、そういう普通の感情をいっぱい体験して欲しい。いつ死ぬのだとしても、幸せな思い出は一つでも多い方がいいから」


「それは――夢のある考え方だね」


 俺はさりげなくヘルメスちゃん椅子から脱出しつつ呟く。


 さすがメインヒロインちゃんはいいこと言うね。


 こういう、厳しい状況でも『普通の幸せ』を忘れない姿勢がミケくんに刺さって、クリティカルヒットする訳ですね。


「でしょ? ウチの役目わね。『憧れのお姉さん』。ウチは、チビたちにとっての、いい思い出でありたいの。もしウチが明日死ぬのだとしても、誰かの中に、理想のお姉さんとか、初恋の女の人とか、そんな温かい思い出として残れたら、それはそれで素敵なことだと思わない?」


 そう言って、ヘルメスちゃんは完璧にキラキラしたメインヒロインスマイルを浮かべる。


 まるでタイミングを見計らったかのように、コーヒーカップも動きを止めた。

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