第198話 外国人キャラは空気を読まなくても許される(1)

 こうして、ヘルメスちゃんに導かれ、俺たちは次なるアトラクションへと足を運んだ。


 そこは、『アリスのお茶会』と名付けられたコーヒーカップのアトラクション。


 壁や床には、『不思議の国のアリス』モチーフの派手な色使いのトリックアートが採用されており、遠近感と色彩感覚を狂わせる仕様となっている。


 そこにさらにコーヒーカップの回転が加わると、次第に平衡感覚もおかしくなり始め、確かにアリスっぽい、不思議ワールドに紛れ込んだような怪しい気分になってきた。


「それで? それで? そもそも、ユウキってどんな女の子がタイプな訳?」


 ヘルメスちゃんは、前置きもなく、いきなりそんなド直球を放ってくる。


 っていうか、ヘルメスちゃん、ちょっと回し過ぎじゃない?


 かなりエグめの回転速度になってるよ。


 アイちゃんもタブラちゃんもスーパー人間だから余裕だろうけど、俺が凡人だって忘れないで欲しい。


「正直、俺にはまだ恋愛というものがよくわからないけど、今の所、特定のタイプというものはないよ。俗に言う、『好きになった子がタイプ』というやつなのかもね」


 事実、ギャルゲーの主人公とはそういうものだ。


 ロリからお姉さんからロリババアから人外まで、プレイヤーが好きになった子がタイプである。


「なにそのクソつまらない答ぇ、ヘタレぇ」


 アイちゃんは、そっぽを向いたつまらなそうな表情で俺を煽ってくる。


 ヘルメスちゃんに負けて不機嫌なのだろう。


「まあ、本心だとしても、そういう当たり障りない回答だと、アタックする方の立場としては困るわよね。――せめて、好みの容姿はあるんじゃない? ほら、かわいい系が好きとか、綺麗系が好きとか。背の大きい子が好きとか、小さい子がいいとか、髪はロングかショートか、そういうの」


 ヘルメスちゃんはウキウキで追撃してくる。


 マジでふざけんなよこいつ。


 地雷質問ばっかりしてくるじゃねーか。


 ここはフラグ回避オリンピック会場か?


「そういわれても、俺は容姿で人を好きになったりはしないよ。極論、容姿なんて整形や化粧でどうにでも変わるものだし、年を取れば衰える程度の価値しかない」


 まあ、くもソラシリーズの場合は永遠に老けないのもちょくちょくいるけどさ。


「本当ぉ? マスター、周りに綺麗どころしかいないから、そんなかっこつけた台詞を吐けるだけじゃないのぉ?」


 アイちゃんがうさん臭そうに言う。


 なんだよ。俺をいじめることに関しては、姉妹で阿吽の呼吸で仲良しじゃん。


 このドSコンビが。


 まあ、アイちゃんの言う通り、ぬばたまの姫の呪いのせいで俺の周りには美人しかいないのは事実だ。


 攻略対象ヒロインはもちろん、部下娘ちゃんたちも、世間の基準で言えば美人しかいない。


「まあ、確かに客観的にみて、俺の周りには容姿に恵まれている子が多いことは認める。でも、仮に何か事故があって、アイの四肢が吹っ飛んで、顔が爛れてそのソフトクリームみたいに溶けたとしても、俺のアイへの態度は変わらないよ」


 俺は、タブラちゃんの手にあるソフトクリームを一瞥してそう断言した。


「ふんっ、まあ、その程度なら、しばらくすれば生えてくるしねぇ?」


 アイちゃんはそう憎まれ口を叩く。


 でも、ご自慢の爪を磨くその仕草、ちょっとテンション上がってる時にするやつだよね。


 姉のヘルメスちゃんほどじゃないけど、俺だってアイちゃんへの理解度は深まりつつありますよ。


「はは、そういう意味じゃないんだけどね?」


 俺は酔いをこらえるように、遠くを見て呟いた。


 容姿で愛情が変わるタイプの人間に、主人公の資格はない。


 特にくもソラだと、虫化した翼ちゃんとか、蛇化した渚ちゃんとかにも変わらぬ愛情を注げなければバッドエンドだし。


(まあ、メタ的にも、俺はそこまでイラストは重視しない派だ)


 ギャルゲーマーの嗜好によって、どこまでヒロインのイラストを重要視するかは個人差がある。


 特定のイラストレーターで絵買いする人もいるだろうし、シナリオライターで選ぶプレイヤーもいる。特定のメーカーを支持している場合もあるだろう。


 俺は、特定のライターやメーカーを支持する訳ではないが、シナリオでゲームを選ぶタイプである。


 逆に、グラフィックの方はあまり気にならない性質だ。


 たとえ下手クソなグラフィックだろうと、シナリオさえよければ自然と愛着が湧いてくるものだ。最初は、「何だこの下手クソ」と思っていても、ゲームをクリアする頃には、「このクセ絵じゃなきゃ○○じゃない!」と、手の平を返して信者と化すチョロいタイプである。


 俺個人の嗜好と言われればそれまでだが、名作として支持されているギャルゲーの全ての絵が良いかといえば、必ずしもそうではないのも事実だ。イラストが良ければ有利になることは確かだが、それ以上にシナリオが大切だと考えているユーザーもかなりいるのではなかろうか。


 具体例は――失礼になるからやめておこう。


「ユウキがとっても良い子だってことはよくわかったわ。それでも、全くみんな平等に同じくらい好きってことはありえないでしょ? もしそうだとしたら、逆に冷たい人間よ。それ」


(結構痛い所をついてくるな。さすがメインヒロイン属性は鋭いね)


 芯を喰った質問に、俺は心臓に冷や水を浴びせかけられたような気分になる。


 確かに、俺はヒロインに、なるべく一定の距離感で接するように心がけている。


 シナリオ上、メインヒロインのぷひ子を優遇しなければならないという枷はあっても、出来る限り、ヒロインの扱いに差が出ないように努力しているつもりだ。


(だって、この身体は、借り物だしなあ)


 まず前提として、何で俺が成瀬祐樹に憑依させられているのかの原因も理屈も完全に不明な以上、また突然、元の世界のおっさんに戻る可能性も全く否定できない。


 もし、急にこの身体の意識が本来の成瀬祐樹に戻った時、俺が勝手にルートを確定させていたらかわいそうなので、なるべく恋愛の選択肢は多く残しておいてやりたいというのがある。


(それに、あらかじめ『正解』を知っている相手と恋愛関係になるのって、人としてアウトな気がするし)


 俺は、原作の攻略対象ではないアイちゃんは例外として、他のヒロインに関しては、あらかじめ落とせる手段を熟知している。


 そんな状況で、ヒロインたちと恋愛関係になるのは、なんていうか、ズルくね? と思ってしまうのだ。


 少なくとも俺が逆の立場だったら絶対に嫌だ。


 もし、俺がくもソラのヒロインに本気に恋をしたとして、結ばれたいと願ったとすれば、頭おかしいと思われたとしても、これまでの経緯を正直に開示してからのことになるだろう。


 無論、今は誰にも恋愛感情を抱いてはいないし、こんな綱渡りの状況で危険は冒せないから、現実的にはありえない選択肢だけどな。


「俺も人間だから、多分、つきつめていけば『好き』に順番はつけられるよ。でも、それはなるべく考えないようにしてる。無理だとしても、そう心掛けるのが正しいことだと思ってるから」


 まあ、俺はウキウキでヒロインの人気投票には参加するタイプですけどね。


 でも、マイナーヒロインにばっかり投票していたから、正直俺の票なんて誤差レベルだ。


 投票結果に対して、特別なイラストやキャラクターのコメントがつくのは、大体、3位くらいまで。


 例えば、8位のヒロインが、7位に上がったとしても、あんまり意味ないよね。


「でも、いつかは選ぶことになるわ。一生独身でいるつもりではないんでしょ?」


 いや、子どもにする質問かそれ?


 我小学生ぞ。


 アラサーの将来相談じゃないのよ。


「……そうだね。将来のことは、まだ遠すぎて想像できない。でも、結婚というものは、とても難しいものだっていう気がしてる。俺の父と母は愛し合っていたけれど、それでも別れなければならなかったから」


 俺は俯いて、憂い顔を作る。


 そして、視線を伏せて、これ以上突っ込むなオーラ全開にした。


「ま、親は親、ユウキはユウキでしょ! じゃ、まずは恋人にしたいランキングベスト3、考えてみて! 30秒以内!」


 ヘルメスちゃんはそう言って手を叩いた。


 流れ無視かよ!

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